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ベタベタにご注意!
「暇だなぁ〜……」
師匠の店の留守番を頼まれていたティレイラは、カウンターに頬杖を着いてボソッと呟く。
どうしてこの店は、ほとんど客が寄り付かないのか。
そもそも扱っている物が傍目から見れば怪しい物ばかりだから、と言ってもいいのかもしれない。
ぼんやりと外を眺めていたティレイラは、浅くため息を吐いて店の中を一瞥する。
ついこの前綺麗に掃除したばかりだと言うのに、なぜか店内はまるで泥棒が入ったかのように散らかっている。
「……も〜、師匠ったらどうして出しっぱなしにするのかしら」
嘆息を漏らしながら、重たい腰を上げてティレイラは店内の片付けに取り掛かった。
散らばった本を集め綺麗に本棚へ並べていく。雑に放り投げ出された書類は一まとめにしてファイルに挟んで種類ごとに並べ置き、埃にまみれた怪しげな置物ははたきで綺麗に汚れを落としていく。
黙々と店内の片づけに夢中になっていたティレイラは、ふと下に落ちている物を取ろうと身を屈めた時、お尻が背後の棚にぶつかって上に置いてあった魔法道具が床の上に転げ落ちてしまった。
「あ……」
慌ててティレイラがそちらを振り返り、床に落ちた物を拾おうとした瞬間。まるで意識を持っているかのように薄い膜が落とした箱から飛び出してティレイラを取り囲んだ。
「え? え? ええぇ??」
訳も分からずうろたえるティレイラは成す術もなく、すっぽりと大きな風船の中に閉じ込められてしまった。
「ど、どういう事? 何、これ?」
風船の中は淡いピンク色の世界。甘く良い香りが漂う中に閉じ込められたティレイラは、動揺しながらも風船に手を伸ばした。
「……ん?」
伸ばした手が膜を押し返すも、何やらベタつく感触に眉根を寄せた。
思わず離そうとして手を引くが、膜はべったりと手のひらに張り付いた状態で離れない。
「もしかしてこれって……ガム?」
苦笑いを浮かべながら、ティレイラは呟いた。
どう考えてもこれはガムだ。この甘い香りといい、このベタベタした感触といい、この伸びと言い、それしか考えられなかった。
手についたガムを取り除こうとして足を動かすと、足の裏にもやはりベッタリと張り付いていることに気が付き不快感を露にする。
「こうなったら、炎で焼いて穴を開けてやるわ」
ティレイラは空いている方の手を使い炎の魔法を呼び出そうとしたが、プスン……と黒くて細い煙が手のひらから上がるだけで魔法が作動しない。
何度試してみても結果は同じ。その事にティレイラは愕然とするのだった。
「魔力が集まらない……。じゃあどうしろって言うのよぉ〜」
盛大なため息を吐いて、むっと口を引き結ぶと覚悟を決めたかのように目の前のガムを睨みつけた。
「魔力が集まらないなら力で何とかしてやるわ!」
ティレイラは目の前のガムをむんずと掴み、力任せに引っ張ってみた。しかしガムの延びは相当な物で引いただけで裂く事はできない。
「引いてダメなら押すまでよっ!」
引いていた手をぐーっと前に突き出してみたが、やはり裂く事は出来ないどころか、思わず前のめりに倒れこみそうになってギリギリ踏ん張った。
押しても引いても裂く事はできない。力技がダメなら他に何があるだろうか。
ティレイラはふと何かを思い立って背中に翼を生やして思い切り飛び、突き破る作戦を試みてみることにした。
バサッと大きく翼をはためかせ飛び上がる。
足元に付いていたガムが大きく伸びて、ある程度延びるとベリベリと剥がれて行く。
ティレイラは勢いをつけてガムに突進した物の、体の半分以上の膜が延びるだけでなく体にまとわりついてしまった。
「も〜、何なのよぉ……。信じらんない、何なのこのガム。無駄に延びすぎよ」
半べそ状態になりながら、体中に張り付いたガムを剥ぎ取った。
手にまとわり付くガムを何とか引き離して肩で大きく息を吐き、目の前の膜を睨みつけた。
「こうなったら、最終手段よ!」
ティレイラはふっと瞳を閉じると本来の姿へと変わる。
綺麗に整った愛らしい顔は、威厳のあるものへと変わり体が大きく膨れ上がる。翼もごつごつとした物に変わり、風貌はこれまでの彼女とはまるで違う物へとなった。
フシュゥとため息のような息を吐き、竜の姿に変貌を遂げたティレイラは大きな体を利用して顔や翼、そして尾っぽを伸ばした。
先ほどまでとは違う規模でガムが延びていくが、ただ延びるばかりで小さな穴すら空く気配が無い。
(ここまでやってもダメだなんて、おかしい!)
伸ばせる限り体を伸ばしきったが、体中にまとわりつくだけで終わってしまう。
抵抗することに疲れたティレイラがふっと力を抜くと、それまで伸ばしていたガムの反動が起き、物凄い勢いで縮んでいく。
(ええぇぇぇええぇっ!?)
パニック状態になりながらも、どういうわけか体に張り付いたままのガムが急激に縮み上がり、あれよあれよと言う間に体が折り畳まれてしまい身動きが取れなくなってしまった。
体中をガムに包み込まれて身動きが取れない状況で、ティレイラはゴロンと床に転がった。
(いや〜ん! 助けてぇええぇ〜!)
声に出して泣くこともできないまま、ぎっちりと固められた体に身動きも取れず、なんとも情けない姿に成り果てた。
その後、師匠が店に戻ってくるまでの間、まるで石像のように転がったままの姿で時間が過ぎるのを待っていたのだった。
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