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<東京怪談ノベル(シングル)>


―夢の裏側・3―

 エンジニアの訪問があり、みなもが色々と事情を訊かれてから数日。彼女は知人の元を訪れていた。
「突然ごめんなさい、他に心当たりが無かったの」
「んー? 気にしなくて良いよ。あのゲームなら、あたしも知ってるし」
 そう答えるのは、みなもより一つ年上の瀬名雫。通う学校は違うが、オカルト的な話の相談相手として古くから交流を持つ、みなもにとっての『駆け込み寺』的な存在であった。
 雫はまず、みなもがエンジニアから聞いたという話を余さず頭に入れ、自分なりに咀嚼したのだろう。だが、どうやら専門外だったらしく、お手上げ! のポーズを取ってペロリと舌を出した。
「どう考えてもプログラムとか、技術的な話だけで説明できる問題じゃないよね、コレ」
「あたしもそう思うけど……でも、実際に体験してるんです。キャラそのものになって相手と戦ったり、フィールドマップ上で冒険したり……他の人とコミュニケーションしたり」
 最後の『コミュニケーション』の部分でポッと頬を紅潮させたのを、雫は見逃さなかった。そして、それほど良く出来た世界であれば、自分も体験してみたいと、逆にみなもに迫る有様であった。
「あたしはその『乗り移り』は出来ない部類だから、ゲームの事は単なるRPG要素を含んだ格闘シミュレーションとしか認識してない。けど、そんなに奥深い裏があったんだね」
「瀬名さんなら、鏡面世界や乗り移りも知ってると思ったのに……」
「残念、あたしは『選ばれなかった』みたいだね。でもその『案内役の魔女』さんについては興味あるなー。ね、此処に呼び出せないの?」
 呼び出せたとしても、あたしにしか見えませんよ……と、みなもは苦笑いを作る。それに、どういう訳か最近は彼女も姿を見せないのだ。土台、鏡面世界はアーケード版の筐体から催眠効果を出す為のシステムであり、誰にでも体験できるという物ではない。雫の言ではないが、『選ばれなかった』者には見えない世界なのだ。
 そしてその『彼女』であるが、どういう訳か最近は姿を見せないのだ。みなもが『魔界の楽園』から疎遠になった訳ではない、しかし例の幽閉事件があった後、パタリと音信が途絶えてしまったのだ。
「最近、会ってくれないって言うか……前はゲームにログインする時、必ず出迎えてくれたんですけど」
「じゃあ、今はインフォメーション役が居ないって事?」
「と云うか、あたしが特殊だったのかも知れないです。他の人は『鏡面世界』に入ってからじゃないと、彼女に会う事は出来なかった。でも、あたしはゲームの画面を覗き込むだけで彼女に会えていたから」
 実際、ゲーム画面を立ち上げてみると、3Dアニメーションで作られた魔女が出迎えて来る。だが、それはあの『帽子の彼女』ではない。一般のユーザーにも見る事が出来る、普通の案内役だ。
「ふぅーん……これが現状な訳ね」
「雫さんでも分からないかー、これは本当にお手上げっぽいですね」
「いや、知り合いにコレのヘビーユーザーが居るから、話を聞いた事はあるんだ。でも、今のみなもちゃんの話とは、ビミョーに食い違ってた。その人は『鏡面世界』なんて言葉は出さなかったし、『帽子の彼女』の事も知らなかった」
 つまり、その知り合いも、先日訪れたエンジニアと同じ『普通の人』だったのだ。乗り移りが出来る事も知らなければ、そのメカニズムがどうなっているかも分からない。だが、みなもはアッサリと『その上』を歩いていたのだ。
「みなもちゃん、あたしには『乗り移り』とか『鏡面世界』の事なんかは分からない。でも、さっきも言った通り、プログラム技術だけじゃ説明付かない話なんだよ、それは」
「技術的に説明できない、って……そう言えば、前に来たエンジニアの人は『オーバーテクノロジー』だって言ってましたけど」
 それを聞いて、雫は『テクノロジー? 胡散臭いね……どう考えたって技術的に云々できる問題じゃないでしょう』とポツリと呟いた。そして彼女の見解を聞いてみると……成る程、そう考えれば説明が付くかも、と思えて来るのだった。
「いい? 普通にVR技術だけを使って出来る事には限界がある。目の前のゲーム画面が立体投影されて、さも現実の光景のように見える……この程度が限界なんだよ」
「でも、あたしは2か月もサバイバルを体験して、捕まえたお魚やウサギを焼いて食べたり……仲間と助け合ったりした。その手は温かかったし、ウサギは美味しかった」
 そこよ、と雫は身を乗り出す。どうやら何かスイッチが入ったらしい。
「そのサバイバルを体験した時、または『乗り移り』を実行している時……みなもちゃん、アナタの意識は何処にあるの?」
「何処、って……その時はゲームに夢中に……あれ? 普通、どんなに夢中になったって、呼ばれれば気が散ってゲームの外に視界が戻るかな?」
「つまり『魔界の楽園』をプレイしているみなもちゃんは、体はここにあっても意識はゲームに取り込まれている……科学じゃない、これはオカルトの分野だよ」
 みなもが普段使っているゲーム機を見て、こんな物が人間の意識を取り込める訳がないでしょ? と、雫はそこで話を結んだ。そして、実際に『乗り移り』でログインしてみてくれないか? と彼女は頼んで来たのだ。
「い、いいですけど……ゲーム中、リアルの自分がどうなっているかにも興味ありますからね」
 相互の利害は一致した。そしてみなもはゲームを立ち上げ、パスコードを入力して『アミラ』を呼び出した。服が弾け飛び、全裸となった彼女の脚が次第に蛇の尾に変わって行き、胸には布製のブラが巻き付く。爪は長く鋭く伸び、犬歯は鋭い牙となる。これで変身は完了し、みなもはゲーム世界に飛び込んで行った……のだが、その光景は彼女以外の誰にも見る事は出来ず、実際はゲーム機を両手で構えたみなもが、スッと意識を失って、そのままの姿勢で眠ってしまったかのような……そうとしか見えなかったのだ。
「みなもちゃん、みなもちゃん!?」
 幾ら体をゆすっても、くすぐってみたりしても、みなもは反応しない。瞑目し、ゲーム機だけをしっかりと握って、彼女は動きを止めてしまっているのだ。
(やはりそうだ……VRでコレは在り得ない、精神体をゲーム世界に取り込んでいるんだ。そして本人は夢を見ている。敵と戦ったり、仲間と接したりしている夢を。プログラムは、プレイヤーが残した軌跡を記録しているに過ぎない)
 ふと、雫がゲーム画面を覗き込む。そこには普通にゲーム画面が映し出されているだけだった。恐らくみなもの視点に合わせて画面が動いているのだろう、目まぐるしく視界が変わって行く。ジッと見ていると酔ってしまいそうだった。
 やがて、ログアウトしたのだろう。みなもはスッと目を開き、『どうでした?』と元気に訪ねて来た。
「気絶してるみたいだったよ。触っても、くすぐっても反応しなかったし」
 えっ? とみなもは目を見開いて驚く。だが、意識そのものが『アミラ』と同化しているのだ。リアルの自分が空っぽになっていたとしても、不思議な話ではない。
「じゃあ、アーケード版の筐体でプレイしてる人は? 危ないじゃないですか」
「そのサポートをしているのが、『帽子の彼女』なんじゃないかな?」

 そう言えば、彼女は『交代する』って最初に言っていたな……と、みなもは初めてプレイした日の事を思い出していた。

<了>