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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


少年少女と怪しい洋館


 暦の上では春だというのに、少し冷たい風にまだ冬の匂いが残っている。
 デルタは学校帰りのティースと偶然出会い、一緒にリンゴをかじりながら並んで歩く。ティースは今から、古書店へ足を運ぶという。無論、それは魔法習得のためだが、自分の実力にあった書物を探すわけではない。新しい発見は自分の活力となり、その積み重ねがいずれ魔法使いへと近づけてくれると信じている。だから見つかる見つからないは二の次だと、ティースは語った。
「ティースさんは立派ですね」
「いえ、デルタさんも家族を大事にされてるじゃないですか。ご立派です」
 デルタは照れくさそうに「そうですか?」と笑うと、長く伸びたアホ毛も少し揺れた。

 その時だ。冬服を着込んだアリアが、向こうの道でボーっと立っている。
「あ、アリアさんだ。今日はお出かけなのかな?」
 デルタが声を掛けようとすると、アリアは不意にトコトコと歩き出した。どうやら何かにご執心のようだが、詳しいことはわからない。
「今日は氷菓の売り子、というわけでもなさそうですね」
 ティースは眼鏡に手をやり、その動作をよく観察する。魔法使いには分析力も必要だ。ここはひとつ、アリアの行動を予測することにした。
 アリアの道の曲がり角に来るとは立ち止まり、まるで「次はこっち」とばかりにまた歩き出す。大慌てというわけではないが、お散歩という雰囲気でもない。何か目的があって動いているように見えた。
 ここでデルタの脳裏に嫌な予感がよぎる。彼女が目的意識を持っている時は、だいたい騒動が起こるものだ。
「ちょ、ちょっと心配なので、このまま追い掛けませんか?」
 ティースは眉間に皺を寄せるも、「仕方ないですね」と同意。彼女の後を追う。

 そんな彼らの眼前には、いつの間にか霧の深い山が現れた。おそらく異界に紛れ込んだのだろう。
 それでもアリアの足は止まらない。少しの上り坂でもお構いなしに、どんどん前へ進む。彼女が興味を持った時は、だいたいこうなる。
 デルタとティースも、霧でアリアを見失わないよう慎重に追跡。そこでデルタが視界を前へ飛ばすと、意外なものを発見した。
「ティースさん、ストップ! アリアさんの行く先に洋館が……!」
 よく見ればテラスに蔦が絡まり、外壁も一部剥がれ落ちている、いかにも怪しい雰囲気の洋館が待ち受けていた。
「アリアさんのお家、じゃないですよね」
 ティースは確認するかのように呟く。そう、道中で彼女は何かを探すかのような素振りを見せていた。自宅に向かっているのなら、探す必要はない。いったいここに何があるのか……少年たちはそろそろ嫌な予感がしてきた。
 アリアも洋館の存在に気づくと、玄関から少し離れたところで小さな両手を前に出し、そこから強烈な冷気を放つ。
「うわっ! わわわっ! ア、アリアさん、何してるんでしょうか?!」
 デルタの問いに「わかりませんよ!」と答えるティース。次の瞬間、あの洋館は氷漬けにされてしまっていた。
 この所業を見たふたりは、慌ててアリアの元へ。相手はつけられているとは夢にも思わず、きょとんとした表情を浮かべている。
「あ、デルタちゃんに、ティースちゃん。どうしたの……?」
「どうもこうもないですよ。なんでいきなり、ここを氷漬けにしたんですか?」
 デルタはそう尋ねると、アリアは「見ればわかるよ」と言い、まるで自宅に帰ったかのような素振りで洋館の玄関を開いた。すべてを氷漬けにしたが、彼女は自在に能力を操ることができるので、散策も自由にできるというわけだ。
「仕方ないですね。ちょっとお邪魔しましょうか」
 もはや嫌な予感しかしないティースも腹を括り、洋館の中へ足を踏み入れる決心をした。

 洋館の中もアリアの力で凍り付いていたが、調度品や家具などは原型を留めている。
 デルタは入ってすぐのエントランスに飾ってあった女体の像を見て、思わず声を上げた。
「これはいい出来ですね。すごく高いんじゃないかな」
 アリアもじーっと見つめながら、「うん」とひとつ頷く。どうやらお眼鏡に叶うものだったらしい。しかし彼女はさっさと奥へ進む。
 奥の広い廊下には右側に等間隔で石像が並んでいた。今はアリアの力で氷像と化しているが。
「こんなところに黄金像……デルタさん、まさか」
 ティースが眼鏡の縁を上げつつ、ジト目でデルタを見るが、本人は大慌て。
「ち、違いますよっ! 僕は自分の力で作った像を売ったりしませんっ!」
「……しないの? じゃあ、私と一緒でコレクションするの?」
 アリアの無垢な視線が頬に刺さる。デルタは「しません!」と言い切り、空気を帰るべく隣の像を見た。
「うわ、これエメラルドで作られた像ですよ! 珍しいですね……」
 デルタも興味が先走っていたので、重要なことに気づくのが遅れたが、ティースはすでに洋館の怪しさに気づいていた。
「おかしいですよ、この館。入口からここまで、ずっと少年少女の像ばかり並んでて、装飾もただの石から黄金、果ては宝石までバラバラだなんて」
 それを聞いたアリアは「でも、素敵な館……」と呟くと、ふたりは盛大にズッコケた。
「アリアさん、違いますっ! この館はきっと……」
 デルタがツッコミを入れようとした瞬間、洋館を包む冷気が一瞬だけ鏡のように煌いた。するとすべての冷気は消え去り、元の館の姿を取り戻す。
「これは、強力な解除魔法! やはり家主がいたんだね」
 ティースがそう言うと、それに応えるかのように腰の曲がった魔女が姿を現した。
「おやまぁ、無断でご見学とは感心しないねぇ。皆は不法侵入という言葉を知らないのかい? イッヒッヒ……!」
 まるで「正義は我にあり」とでも言いたげな声で、魔女は嬉しそうに話す。
「人様の家に入った罰だ。しばらく私を楽しませな! なぁに、命までは取らないよ。飽きたらお家へ帰してあげる」
「ごめんなさいと言っても、すぐに帰してくれそうにないね……じゃあ、僕たちは失礼しますよ!」
 ティースは殺傷力の低い火球を魔女に向けて撃ち出し、ふたりの手を引いて廊下の奥へと逃げようとする。本来であれば玄関に向かいたいところだが、その道は魔女が塞いでいるから難しいと判断した。
「急がば回れ、か。若いのに勉強してるけど、魔法学はまだまだだねぇ」
「何っ?!」
 その言葉で身の危険を感じたティースだが、時すでに遅し。魔女に展開の先を読まれ、すでに彼の足元には罠が仕掛けられていた。少年の足元に白い皿のようなスイッチがあり、それを踏んだ瞬間、その身をすっぽり包む球状の蝋が飛び出す。
「う、うわっ!」
 ティースの驚いた表情は蝋によって固められ、そのまま並べられた像の仲間入りを果たしてしまう。
「ヒッヒッヒ、いい表情だねぇ!」
 嬌声を上げる魔女に対し、アリアは身を翻してじっと敵を見据えた。これは氷像にするか、蝋人形にされるかの勝負だ。老女の氷像は特に好みではないが、今は作らざるを得ない。
「……いくよ」
 アリアが意を決して手をかざそうとすると、その腕をデルタが必死の形相で掴んだ。
「うわぁ! こ、こ、怖いですよぉ、ふたりとも!」
「ちょっと、動きが取れな……」
 自分の攻めをデルタに阻まれるとは思わず、アリアは慌てる。魔女は子供が起こしがちな展開にほくそ笑み、ふたりの頭上に柔らかい蝋の塊を作り出し、それを落下させた。
「あっ」
「うわあぁぁーーーっ!!」
 こうして残り2体の蝋人形も完成し、魔女は勝ち誇ったかのように笑った。
「イッヒッヒ! 約束は約束だよ、飽きたら帰してあげるからねぇ〜」


 こうして3人は、しばしエントランスに飾られた。
 慌てふためくデルタ、それを引っ張って逃げようとするティース、そして攻めの邪魔をされて慌てるアリア。ひとつのストーリーが3体で描かれたため、魔女は長い間、観賞用に取っておいたという。

『もう。もしかしたら、逃げれたかもしれないのに……』
『ご、ごめんなさぁ〜い!!』
『な、なんで僕が最初に蝋人形にされたんだ?!』

 お互いの気持ちを吐露し合うには、まだ時間がかかりそうだ。