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<東京怪談ノベル(シングル)>


ガムガム球体からの脱出!


 ティレイラの今日のお仕事は、師匠の店のお留守番だ。
 とはいえ、この日はあまりお客の来ないそうなので、お世辞にも店番とは言い難い。だから、師匠も安心して店を預けたのだろうが。
「だったら、お掃除! 師匠が帰ったら驚くくらい、ピカピカにするんだから!」
 彼女はそう思い立ち、カウンターで清潔感のある白い手ぬぐいを見つけ、それを頭に装着。これにハンディモップを持てば、誰が見ても立派な店員さんだ。これで何もしてなくても店番してるように見えるところもポイントだが、ティレイラはそんなことするはずもない。商品棚をじーっと眺めては、埃のある場所をせっせと拭き取っていく。
「人面樹の木の皮? 何に使うんだろう……」
 まるで化石のように堅く、邪悪な笑みを浮かべる薄気味の悪いアイテムに向かって、彼女は優しくふっと息を吹きかける。すると皮の表面にある表情がわずかに微笑んだ。それを見たティレイラは「お構いなく」と答え、また別の商品を手にする。
 その隣にあるのは、毒々しい色に変化し続ける香水の瓶だ。彼女はとっさに身構える。
「うっ、こういうアイテムは気をつけないとね……」
 こういう露骨に怪しい商品は、例に漏れずイメージ通りの効果を発揮するものだ。ティレイラは慎重に瓶を持ち、そーっとお掃除を始める。片目を瞑り、さっきよりも落ち着いた動作でこなし、ゆっくりと元の場所へ戻す。
「よしっ、これで一安心!」
 そう思って瓶を置いたのだが、安堵が裏目に出たのか、隣にあったピエロのおもちゃに触れてしまう。しかもどこかにあるスイッチを押してしまったらしく、愛嬌のあるピエロは「キャハハハ!」と愉快に笑いながら、手にした箱からぷくーっと風船ガムのような球体を勝手に作り出す。
「あら? お菓子を作る道具かしら?」
 そんな風に顔を覗かせていると、球体はみるみるうちに巨大化。ついにはティレイラを包み込むほどに膨らんだ。そしてどんな原理かわからないが、彼女をすっぽり覆ってしまう。
「あれっ? え? ええーーーっ?!」
 驚くのも無理はない。いきなり閉じ込められたのだから。
 ティレイラは慌てるついでに、球体中でモップを振るったが、ベトベトの皮膜にあっさりと捕捉。手ぬぐいも動いた拍子に脱げてしまう。靴も接着されてしまったので、仕方なく裸足になるが、内部の感触がなかなかに気持ち悪い。
「うわぁ……このベタベタやだなぁ」
 とにかく、ここから脱出しなければ。ティレイラは得意とする炎の魔法で穴を開けようとするが、いくら呪文を詠唱しても魔力の集まる気配がない。いろんな意味で、外界から遮断されているようだ。
「そうすると、力で破くしかないわね」
 こうなってしまっては、もう気持ち悪いだのなんだの言ってられない。彼女は力いっぱい皮膜を押した。手のひらがくっつくので力は篭るのだが、相手はガムのような特性を持っているため、掴もうが叩こうが破壊するには至らない。圧倒的な弾力性の前に、ティレイラは「うーん」と唸る。
「じゃあ、これならどうかな?!」
 まだ奥の手はあるとばかりに、ティレイラは背中から翼を生やした。両足の束縛をそーっと剥がすと球体内でふわりと浮かび上がり、自慢の瞬発力を活かして束縛を打ち破らんとする。
「たああーーーっ!」
 圧倒的な突進力は、球体をこれまで以上に伸ばす。ところがある程度の時点まで伸びると、今度は次第に皮膜がティレイラの体に纏わりつき、体の前面にべっとりとくっついてしまった。
「……あ、あああっ、顔が、胸が……」
 これ以上のチャレンジは難しいと判断し、元の場所へと戻るが、くっついた皮膜はそのまんま。ティレイラは「気持ち悪いよぉ〜」と言いながらも懸命に剥がした。
 そう、泣き言を漏らしながら剥がしたということは、まだ彼女に手はある。とはいえ、これは奥の手。できれば使いたくなかったが……
「真の姿なら、きっと破れるわ!」
 彼女は意を決し、その身を竜へと変化させる。竜の角、竜の翼、そして竜の尾……それらを所狭しと伸ばし続け、球体の破壊を狙う。
 今までは一方向にしか掛からなかった力が、今回は全方位に掛かっている上、強大な力によって伸びに伸び切っている。これはもしかするともしかするかもしれない……そんな期待がティレイラの心中にはあった。
 しかし、今までにない膨張をしたガムは、なんと急速に収縮してしまう。それも凄い勢いで……その結果、ティレイラが気づく頃には全身にピッタリ貼りついて、まるで石像のように固まってしまった。
『ああっ、そんなまさか〜!!』
 せっかくお掃除もがんばったのに……こうしてティレイラは情けない姿で師匠の帰りを待ちわびることになった。