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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


ガラスのダンス・マカブル


「靴繋がり、なぁんて形になっちまったけど、1つよろしく頼むよ」
 あのアンティーク・ショップの女主人が、そんな事を言いながら押し付けてきた仕事である。
 どういう仕事であるのかは、しかし詳しく聞かせてもらえなかった。
 ただ、招待券を手渡されただけだ。
 あんたなら、行けばわかるよ。そんな事も言われた。
「で……久々におめかしして来たわけやけど」
 くるりと身を翻しながらセレシュ・ウィーラーは、着飾った己の身体を見下ろした。
 青いパーティードレスである。大きく開いた背中を、長い金髪がサラリと撫でている。
 こうして回ると、長いスカート部分がふんわりと広がりうねる。それが良い感じではあった。
 こんなものを着るとしかし、胸の膨らみが、普段にも増して心もとなく思えてしまう。
「まあ……そんな事よりも、や」
 さりげなく、セレシュは見回した。
 同じように着飾った紳士淑女が、会場のあちこちで和やかに穏やかに談笑していた。
 芸能人がいる。有名企業の社長など、経済界の大人物もいる。政治関係者も、いるかも知れない。
 そういった人々にのみ、招待券が贈られたようである。
 そんなものを、一介のアンティーク・ショップ経営者が、いかにして入手したのかは不明だ。
 東京湾に停泊中の、豪華客船の内部である。
「セレブなパーティーの真っ最中なんはええけど……問題は、あれやな」
 会場各所に品良く配置された、等身大のガラス像。
 きらびやかな芸能人や大富豪などよりも、セレシュは、それらの方が気になった。
 全て、女性像である。まるで生きているかのような、若く美しいガラス細工の娘たち。
 彼女たちの悲鳴が聞こえた、ようにセレシュは感じた。
 無論、気のせいであろう。実際に聞こえているのは、優雅な音楽だ。プロの楽団による生演奏。
 着飾った紳士淑女が、その音楽に合わせてペアを組み、踊っている。ダンスタイムである。
 ガラスの女性像を、もう少し調べてみたいところではある。だが今、そんな事をしたら怪しまれる。
 とりあえず自分も、適当な男を探して踊るべきか、とセレシュは思った。
「え……っと。女の方からダンス誘うのってNGやったかな」
「あ、あの」
 声をかけられた。若い、男の声。
「踊って、いただけませんでしょうか」
 今一つ、この場にそぐわない青年だった。
 黒いタキシードが、そこそこは様になっている。顔も悪くない。
 それでも場違いなのだ。
 金持ちの集まりに縁のある若者、とは思えない。
「って、まあ……うちも似たようなもんやけどな。それはそれとして、や」
 片手で眼鏡の位置を微調整しながらセレシュは、その若者をまじまじと見つめた。
「生まれて初めてナンパにチャレンジする男子中学生、みたくドギマギしながら話しかけてきたんは……フェイトさんやないか」
「せ……セレシュさん……!?」
 フェイトが青ざめ、息を呑んだ。
「何で、こんな所に……」
「それは、こっちの台詞なんやけどなあ」
 苦笑しつつセレシュは、フェイトの片手を取った。
「踊りながら話そか……どうせ、お仕事で来とるんやろ?」
「ま、まあね」
 固い動きでフェイトは、セレシュのエスコートに応じた。
「あんまり潜入任務の類は向いてないんちゃう? 派手にカチ込んでドンパチやる系のお仕事の方が、フェイトさん向きやと思うわ」
「……IO2も人手不足でね。仕事、選んでられないんだよ」
 小声で会話をしつつ、音楽に合わせて身体を揺らしながら、2人でさりげなくガラス像の1体に近付いて行く。
 まるで生きているかのような、ガラスの女性像。
 全身がガラス細工である。当然、両足も……左右の靴も、ガラス製だ。
「やっぱりフェイトさんも、コレが気になっとる?」
「微弱だけどね、何だかよくわからない力が感じられる……魔力の類、だと思うんだけど」
 フェイトは囁いた。
「お金持ちのパーティー……の皮を被った、人身売買」
 セレシュに引き回される感じに、踊りながらだ。
「そっ、そんなものが、この船の中で行われると。IO2に、そういう情報が入って来たんだ」
「なるほど」
 まるで今の自分たちの如く踊りながら、ガラス細工に変えられてしまったかのように、躍動感溢れる女性像たち。
 皆、ガラスと化して静止したまま踊っている。踊らされている。そして、無言の悲鳴を発している。
 セレシュは、そう感じた。
「人身売買なら、商品のお披露目があるはずやな……黒幕ちゃんも、一緒に出て来ると思うで。それまで、もう少し踊ってよか」
「踊ってる場合なのかなあ……」
 心配そうな声を出すフェイトを、セレシュはまたしても振り回した。
「ダンスパーティーやで。踊らな怪しまれるやろ」
「し、社交ダンスなんか、やった事なくて……セレシュさんは、慣れてる感じだね」
「まあ、一通りの事は出来るで」
 長生きしとるさかいな、という言葉を、セレシュは飲み込んだ。
 突然、凍り付くような寒気を感じたのだ。
 しなやかに露出した背中が、ゾクッと震える。
「……セレシュさん、どうかした?」
「見られとる……」
 としか表現し得ない感覚である。
「うち、見られとるわ……」
「え……まさか黒幕!?」
 フェイトが、いくらか童顔気味の顔を緊迫させ、周囲を見回す。
 セレシュを、まるで庇うように抱き寄せながらだ。
 寒気が、強くなった。
 とてつもなく冷たい眼光を、セレシュは感じていた。
「ちょう変な事訊くけど……フェイトさん、アメリカで何か拾って来はった?」
「え…………」
 フェイトが息を呑む。
 説明し難い感覚を、セレシュは無理矢理に説明した。
「何かが、フェイトさんの中から、うちの事じぃーっと見つめとる……そんな感じするんよ。わわわわ、あかんあかん。ごっついメンチ切っとる」
 澄んだ、冷たいほどに澄みきった、アイスブルーの瞳。
 そんなものをセレシュは、フェイトの内部に感じ取っていた。
「かっ堪忍や、ちょう踊っとるだけやんか。別に、フェイトさんを寝取ろうっちゅうんやないさかい……な?」
 この場にいない何者かに向かって、セレシュは必死に弁明をした。
 突然、音楽が変わった。
「はい。これより本日メインのダンスショーを始めさせていただきまぁす。レディースアンジェントルメン、さあご注目」
 燕尾服で男装した1人の女性が、マイク片手にそんなアナウンスをしながら軽やかに身を翻し、片手を掲げる。
 導かれるように会場の中央へと躍り出て来たのは、華やかに着飾った、若い女性の一団である。
 女子高生や女子大生、20代のOL。皆、美しく可愛らしいが、芸能人の類ではない。一般人の娘たちである。
 そんな彼女たちが、プロのダンサー顔負けの見事な踊りを披露していた。
 セレシュは、声を潜めた。
「始まったで……商品の、お披露目や」
「……そうみたいだね」
 フェイトの両眼が、淡いエメラルドグリーンの輝きを孕む。
 その眼光は、踊り続ける娘たちの足元に注がれている。
 彼女たちは全員、シンデレラさながらの、ガラスの靴を履いていた。
 踊りの素人を、プロ顔負けに美しく踊らせる、魔法の靴。
 そんなものを履かされ、有頂天になって踊り続ける娘たち。
 踊り狂った結果どのような事になるのかは、会場のあちこちに置かれたガラス像たちが、無言で明らかにしている。
「履いた人間を、ガラスの像に変える靴……」
「無抵抗のガラス細工に変えてから、オークションにでもかけるつもりやろ」
「本当……そういう事する奴らって、いなくならないよなっ。日本でもアメリカでも……!」
 フェイトの両眼が、緑色に燃え上がる。
 正義感が強い……と言うよりも、女性が被害者となるような事件を許せない少年だった。高校生・工藤勇太であった頃から、彼はそうだ。
 父親が母親に、日常的に暴力を振るう。そんな家庭環境によって作られた性格なのだろう。
「どうどう……割と切れやすい所は、あんまり変わってへんみたいやね。けど、もうちょっと我慢やで」
「べ、別に切れてないよ」
「どこぞのプロレスラーみたいな事言うとらんと、ほら敵はしっかり見極めなあかんで。あの男役気取りが多分、黒幕ちゃんや。ドス黒い魔力が、溢れ出しとるでえ」
 燕尾服姿の男装女性を、セレシュは眼鏡越しに見据えた。
 相手も、こちらを見据えている。目が合ってしまった。
「はい。お客様の中に、ネズミちゃんがいらっしゃいまぁあす……薄汚い、ドブネズミがねえ」
 男装の女が、そんな事を言いながら指を鳴らす。
 屈強な、とても堅気には見えないウェイターが2名、何かを引きずって来た。
 ぐるぐる巻きに縛り上げられた、1人の男。
 セレシュも、顔と名前は知っている。経済誌などで時折、偉そうな高説を垂れ流している、経営コンサルタントだ。
 このようなパーティーに招かれたとしても、まあ不思議ではない人物である。
 そう思いつつ、セレシュは気付いた。
「フェイトさんは……ここ、どうやって入ったん? 招待券は?」
「……持ってるよ。俺のじゃないけど」
 当て身か何かで気絶させ、縛り上げ、懐から奪い取った。そういう事であろう。
「やけに貧乏臭い奴が紛れ込んでるから、おっかしーなぁとは思ってたのよ」
 男装の女が、嘲笑いながら怒り狂う。
「貧乏人に招待券あげた覚えはなし……よくもまあ下ッ手くそなダンスで、私のパーティーに貧乏臭さ振りまいてくれたわねえええ」
 招待客たちが、悲鳴を上げた。
 芸能人が、企業経営者が、逃げ惑っている。
 何か凶暴なものたちが、彼らを追い立てるように会場を駆け回っていた。
 何匹もの四足獣、のようである。狼、いや猛犬か。
 ドーベルマン、シェパード、マスティフ……特に戦闘的な種の、犬たちであった。
 生身の犬ではない。ガラスで出来た、猛犬たち。
 鋭利なガラスの牙を剥いて駆け回り、跳躍し、そして襲いかかって来る。
「振りまくなら鮮血! 臓物! あんたたちみたいな貧乏人はねえぇ、派手にブチ殺されて私たちセレブを楽しませる! そこにしか存在意義がないのよッ!」
「……俺の知り合いにも1人、お金持ちがいる」
 フェイトの両手に、いつのまにか拳銃が握られている。
「一癖も二癖もある奴だけど、あんたみたいなのよりはマシな人間なのかな……おい逃げるんじゃない、全員そこを動くな!」
 グリップ部分ではなく銃身を、フェイトは握っていた。
 そして2丁の拳銃を、まるで手斧か棍棒のように振り回している。
「じきにIO2が来る! 人身売買とわかってて、こんなパーティーに参加したのなら……覚悟しておけよ」
 2丁拳銃のグリップが、ハンマーの如く、ガラスの猛犬たちを粉砕してゆく。
 凛々しく躍動するタキシード姿の周囲で、キラキラとガラスの破片が舞い散った。
「芸能人だろうが金持ちだろうが、まともな裁判なんか受けさせてもらえると思うなよ!」
「くっ……IO2が、こんなに早く動くとは……」
 男装の女が、逃げる体勢に入っている。
 その背後に、セレシュはすでに回り込んでいた。
「ああ、うちはIO2とちゃうで。ただの鍼灸医や」
「お前……!」
 男装の女が、振り向いた。
 燕尾服をまとう身体から、邪悪な魔力がセレシュに向かって溢れ出す……寸前で、止まった。
 男装の女の、何もかもが止まっていた。
 その細い首筋に、鍼が1本、突き刺さっている。
「安心せえ、死ぬ経穴とちゃう……そのドス黒い魔力、封じただけや」
 倒れ、痙攣している男装の魔女に、セレシュは微笑みかけた。
 会場のあちこちで、ガラス像が倒れていた。倒れながら、生身の女性に戻ってゆく。
 全員、意識は失っているが、命に別状はないようだ。
「さすがだねセレシュさん……俺、いらなかったかな」
「フェイトさんが雑魚のお掃除してくれはったおかげや」
 1対1なら、こんな2流の魔女に不覚を取ったりはしない。
 ちらり、とセレシュはフェイトの方を見た。
 彼は今、1流の魔女、などという表現すら生温い何かに、取り憑かれている。
 アイスブルーの瞳が相変わらず、フェイトの中からセレシュをじっと見つめていた。