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警察の特殊部隊の手によって、糸が切れたように大人しく連行されていく襲撃犯たち。
その姿をモニターでしばし眺めた後、上官はスイッチを切り、目の前に立つ琴美と向き合った。
警備室を占拠していた情報犯―亜麻色の髪の青年を捕え、背後に潜んでいる組織の情報を掴もうとした琴美だったが、手柄欲しさに躍起になった本部長の横やりが入り、連行不可能に追い詰められた。
だが、居合わせた特殊部隊隊長と駆けつけてくれていた特務機動課の上官が警察上層部に掛け合った結果、無事に引き渡された。
丸一日かけて取り調べが行われ、報告を今か、今かと待ちかねていた琴美は呼び出されるが早いか、上官の執務室に飛び込んだ。
あまりの機敏さに、呆れつつも、上官は務めて冷静に口を開いた。
「詳しい話は聞いた。お前の判断に救われたことに警察、殊に特殊部隊隊長殿が感謝していた……で、だ」
デスクの引き出しから、一枚のディスクを出し、無造作に琴美の前に置き、顔の前で上官は手を組んだ。
「情報部からの報告書だ。管理官自らが陣頭指揮を執って調べ上げてくれた結果、今回の襲撃事件は単なる実験、お前に言った通り、内外へのデモンストレーションを兼ねたものだったそうだ」
「随分と派手なデモンストレーションでしたね」
「ああ、もっとも、お前のお陰で大半がとん挫したがな……で、お前が捕まえてくれた襲撃犯の別働にいた男だが」
大きく肩を竦めて見せた琴美だったが、上官の一言に反応し、思わずデスクに手をついて身を乗り出す。
食いつくような琴美の反応に上官は大きく目を見開き―苦笑いを浮かべた。
「何か話しましたか?」
「ああ、全くとんでもない性格しているよ、あの坊主。投げやりって言うか、なんというか、完全に状況を楽しんでやがる」
「退廃的、というのでしょう。己自身をも危険にさらすのも意味はない、という感じでしたから……それで、他には何を?」
最近の若い奴にありがちな、と嘆く上官に少しばかり同情の念を寄せながらも、琴美は事件の背後に潜んでいる組織の正体を早く掴みたかった。
珍しく焦る琴美に、やや呆れながら、上官は居住まいを正す。
「表向きは中堅の会社だが、裏ではテロ組織や武装勢力に違法製薬や弾薬類を売りさばき、一大勢力となった製薬会社。その中核となっているのが、A市郊外の広大な敷地に建てられた製薬研究所―そこが事件の主犯であり、黒幕だ」
「そうですか……では、今回の任務は」
ほんのわずか瞳を鋭く光らせる琴美に上官は大きくうなずくと、窓を背にして椅子から立ち上がり、胸を張り、朗々とした声で告げた。
「国家に反逆し、一般市民に危害を加え、反抗勢力に加担する研究所に潜入。壊滅せよ!!」
「了解しました。速やかに任務に就きます」
温和だが、逆らうことを許さない声音に琴美は艶やかに微笑んでみせると、くるりと背を向け、執務室を後にした。
執務室を飛び出すように出た琴美が、その足で向かったのは、ロッカールーム。
慣れた手つきで割り当てられたロッカーを開け、戦闘服に手早く着替え始める。
特殊性の高いラバー素材で作られた全身を覆うスーツを着込むと、密着型のジッパーを首元まで引き上げた。
ぴったりとフィットしたスーツと漆黒が琴美の豊満な身体をくっきりとさせ、妖艶なラインを描き出す。
首にまとわりついた髪を両手で払うと、琴美はしなやかに鍛え上げた足を開発されたばかりの強化合革を編み上げたロングブーツで覆う。
ほどけないように、しっかりと締め上げると、円やかなラインを描く臀部を隠すようにスーツと同じ漆黒の―これも開発部で作られたばかりの特殊強化糸で作られた―ミニのプリーツスカートを履く。いつもよりも身軽だが、戦闘に支障はない。
柔らかく髪を跳ねのけ、ロッカールームを軽やかな足取りで後にすると、同時に琴美の通信機が鳴動した。
「水嶋です。何か」
『出撃準備が整いました。第7ハッチに来てください』
「了解。いつものフェラーリ……ではないですね?」
落ち着いたオペレーターの声に琴美は鮮やかに笑うと、優雅な足取りで第7ハッチへと向かった。
自衛隊特務機動課所属基地にある第7ハッチは空自と共有エリアで、戦闘機の発着ポイントになっている。
琴美がそこにたどり着くと、数十人のスタッフが入れ替わり立ち変わりに走り回り、時に怒号を上げて、指示を飛ばす。
ある意味、戦場と呼べる状態に、琴美はキリリと身を引き締め、発着ポートに着陸していた最新鋭の戦闘機に歩み寄る。
ステルス機能を搭載しているのか、機体全体をジャミング性の高い金属パネルで覆っているのに気づき、目を丸くする琴美に航空スタッフ長は、にやりと人を喰った笑みを浮かべて、その肩を叩いた。
「なんだ、なんだ、天下のトップエージェント様もこいつの前では度肝を抜かれたのか?しっかりしろや」
周りにダダ漏れの、口の悪さに、何人かのスタッフが足を止め、未だバシバシと肩を叩きまくるスタッフ長に悲鳴を上げかけるが、当人はお構いなしだ。
変わりのない、はっきりとした物言いをするスタッフ長に苦笑する琴美だったが、おい、と不機嫌極まりない女の声で我に戻る。
振り返ると、戦闘機専用のヘルメットを二つ抱えた女性パイロットがむすっとした表情を隠さずに立っていた。
「あら、お久しぶりですわね」
「バカやってないで、さっさと行くよ。おやっさんも、いつまでも水嶋をからかわない」
ふん、と鼻を鳴らし、琴美にヘルメットを押し付けると、女性パイロットは大げさに踵を鳴らして戦闘機に近寄ると、コックピットに飛び乗った。
「あっい変わらず可愛げねーな、お前は……ま、空自一の女性パイロットなんだけどな」
「ええ、だからこそ、お願いしましたの」
「ほら行くって言っていんだろ?!さっさとしないと、止めるぞ!」
にこやかに笑って見せる琴美にスタッフ長はえっ、と引きつり、その場に固まってしまうが、女性パイロットは声を張り上げて、苛立ちを露わにする。
本来なら別件の任務に着いていたはずなのに、いきなり水嶋を送り届けろ、などと横やり入れられて、相当機嫌が悪かった。
だが、相手が相手ということもあって、渋々引き受けたのに、いつまで待たせるのか、と無言で凄まれ始めると、琴美は急いでコックピットの後部座席に飛び乗った。
「ごめんなさい。お願いしますわ」
「全くだ。たかが民間研究所……と、言いたいとこだけど、かなりの武装した、ある種の要塞みたいなとこだっていう話じゃない。仕方ないから『上』まで送ってあげる」
皮肉をたっぷりと言って、気が済んだのか、女性パイロットはコックピットハッチを閉めるとエンジンをフル回転させ、操縦桿を引く。
ぐんっと浮かび上がる機体。素早くヘルメットを装着すると、琴美は後部座席の通信システムを立ち上げる。
小さな、低い駆動音が響き、モニターがオンになり、にこやかなオペレーターが映し出された。
「こちらブラックワン。通信システム、およびメインシステム、オールグリーン……発進許可をお願いします」
『進路確認、シグナルオールクリア。ブラックワン、発進どうぞ!』
「ブラックワン、takeoff!」
オペレーターの許可と同時に、女性パイロットは思い切り操縦桿を引き、戦闘機を離陸させ、高く澄んだ青空へと飛び込んでいった。
コンマ3秒で最高速度に達すると同時に上空5千メートルに到達し、そのまま水平飛行に機体を安定させ、大空を滑空する。
身体にかかる重圧に琴美は歯を食いしばり、モニター上の地図から視線を外さない。
目的ポイントまで5分。
パラシュートパックを背負い、琴美はシートベルトに手を掛けたまま、目的ポイントの発光点を待つ。
次の瞬間、軽い空気音とともにコックピットハッチがゆっくりと開き、猛烈な突風が吹き抜けて、さらなる重圧がかかる。
「あと30秒っ!いっけぇぇぇぇぇぇっ!!」
動きが鈍りそうになった瞬間、発光点が地図の端に見え、同時に女性パイロットが絶叫し、強制排除スイッチを押した。
ガコンという音ともに琴美はシートごと、空中に放り出され、激流に飲まれる木の葉のごとく翻弄されながら、ベルトを解除する。
空高く飛んでいくシートを見送り、琴美はスカイダイビングの要領で体勢を直すと、冷静に目的地である研究所を捕え、思い切りパラシュートパックの紐を引いた。
大きく開くパラシュート。
ゆっくりと速度を落として、地上に舞い降りると、琴美は太ももに括り付けていたナイフを両手に構え、左右から放たれた銃弾を叩き落とした。
同時に、ゴーグルをつけた全身スーツ姿の男たちが地面から、のそりと立ち上がり、琴美を取り囲んだ。
「派手な歓迎、感謝しますわ」
鮮やかに微笑みながら、琴美はナイフをきつく握りしめた。
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