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<東京怪談ノベル(シングル)>


―夢の裏側・4―

 あたしはあの日、夏の日差しに中てられて眩暈を起こした……そう思っていた。だけど、それは『魔界の楽園』があたしを誘う『鏡面世界』への入り口だった。そして、誘導されるがままに足を運ぶと、そこに奇妙なゲームの筐体があった……
 彼女はそこに居た。画面の中から、あたしの瞳を見据えて。
 彼女は言った。その身体を一時貸して欲しい、と。会いたい人が居るから、どうしてもお礼が言いたいから……と。
 彼女は自分もラミアであると名乗った。だが、今となってはその言葉も、本当かどうか分からない。事実、彼女がラミアの姿になるのは、プレイヤーがスタンドアローンプレイを選択し、相手にラミアを選んだ時だけ。
 本当はどのキャラにもなれる、オールマイティな存在。鏡面世界のガイド役であり、『中の人』。それが彼女の正体なのだ……あたしは今まで、そう思って来た。
 でも、その認識も否定される感じになって来た。だって、彼女はプログラマーさん達の思惑を超えて、ゲームの内外を自在に動き回れる不思議な存在だという事が、いろんな人の証言で分かったから。
 確かに、彼女はプログラムの一部なのかも知れない。この間訪ねてきたエンジニアさんが、彼女を創ったのは、自分たちだとその口でハッキリ言ったから。でも、彼女はいつしか『自我』を持ち、自由気ままに動き回るようになったのだ……プログラムと云う『枠』を乗り越えて。
 では、彼女にその力を与えたのは、一体だれ……?

***

「本当に、彼女はみなもちゃんにそう言ったの? 『体を貸して』って」
「ええ。そしてあたしは、気付いたらゲームの中で戦っていたんです。殴られたり斬られたりした時は、凄く痛かった。そして勝ったり、負けたり。でも、受けた傷は次のプレイの時には治っていたし……」
 当時の事を、みなもは改めて回想する。その証言を聞きながら、雫は自分の仮説が正しいと確信していた。
「痛かったんだよね? でも、実際にはダメージ受けてなかったんだよね? それ、VRじゃ絶対に無理だから。冗談抜きで、これはオカルトだよ。みなもちゃんは『戦っている夢』を見た、その記憶が残っているだけなんだよ」
 興奮気味に語る雫を、みなもはただ見つめる事だけしか出来なかった。本当は言いたい事がまだある、でもそれは言えない……
だって、それは大事なあの人の……あの人との思い出だから。それを『夢』で片付けられたくなかったから。
 あの肌の温もり、一緒に食べたお肉、眩しい笑顔……それは全て、みなもにとっては『本物』なのだから。
「……瀬名さん、仮にゲームの中で起こった事が夢だったとして。こう、リアルに感触として残っているモノは一体……?」
「それはアレよ、例えば片想いの相手が夢に出て来て、すっごい惜しいところで目が覚めたり。そういうのって、やけに鮮明に覚えているものでしょ? 夢なんて、目が覚めれば大抵の内容は忘れて、断片的にしか記憶に残らないのに」
「あー、おっきなケーキが出て来て、食べようとしたら目が冷めちゃったりっていう感じの、アレですか?」
「あー、ま、まぁ、そんなトコね」
 雫が『片想いの相手』と表現した部分を、みなもは『大きなケーキ』と言い換えた。それを聞いた雫が『しまった』と云う顔になり、視線を逸らしつつ、みなもの言を肯定する。言わんとする事は同じだよ、と云う事だろう。
「とにかく、かなりリアルな夢を見ている……いや、ゲームの中で起こっている事が、疑似的な記憶に摩り替えられているのは間違いなさそうね。そしてプログラムは、その中断地点を記録している。だって、体験した通りの結果がしっかり残っている訳だから。夢だけで終わるなら、その都度最初からやり直しになるでしょ?」
「プログラムとオカルトのコラボレーション……ですか?」
 ちょっと、あたしの常識だと在り得ないんだけどねー……と、雫は後ろ頭を掻きながら苦い顔になる。それはそうだ、実際にプログラムを作った技師たちでさえも、その正体が掴めず頭を抱えているのだ。一介の中学生がそれを解説できたら、それこそノーベル賞ものであろう。
「あれ、何か鳴ってるよ、みなもちゃんのケータイじゃない?」
「!! ……ちょ、ちょっと失礼します……もしもし? うん、あたし。うん、今お友達が遊びに来てて……え? 女の子だよ、あたし、そんなの居ないし……え? 証拠? えーと……電話、代われば良い?」
 なぬ? と、驚いた顔を見せるのは雫である。何故にあたしが、あんたのリア友と話さなくてはならないんだ? と。
「あのー、瀬名さん……どうしても、今日ここに居るのが女の子だという証拠を示せって……」
「相手、誰なの?」
「……あ、あたしの……戦友です」
「はぁ!? ……もしかして、あのゲームの……?」
 何かピンと閃くものがあったのだろう。雫は驚いた顔から急に冷静な面持ちになり、受話器を受け取る事にした。
「もしもし、はじめまして。みなもちゃんの友達で、瀬名雫といいます」
『あ、本当に女の子だったんだ……アハハ、疑ってゴメンって、彼女に謝っとかないとなぁ』
 受話器から聞こえて来たのは、男の声。それも、自分たちとそう変わらぬ年頃の男子だろう。そんな人が、みなもに直接連絡を入れて来る……見れば、みなもは耳まで赤くして俯いている。これはもしや……と、雫は咳払いを一つした後、電話の向こうの彼に問い掛けた。
「つかぬ事をお伺いしますが……ひょっとして、『魔界の楽園』で、みなもちゃんと冒険したのって、貴方ですか?」
『え? ……あぁ、彼女から聞いたんだね。そうだよ、ゲームの中で知り合って、仲良くなって……こ、こうしてアドレス交換も……』
「あー、皆まで言わなくて結構ですよ。馬に蹴られては堪りませんから。で? ゲームの中で知り合った二人が、現実の世界でも連絡を取り合える……普通のオンラインゲームなら有り得るけど、『乗り移り』で対峙した者同士がそれをやる……ゲームの中で起こった事が現実とリンクしているんですね、やはり」
『……俺も、単なるプログラムにしちゃあ出来過ぎだと思ってたんだよ。だって、相手に手を触れて、その手があったかいんだからね。リアルだ、で済む話じゃない』
 やはり『乗り移り』でログインできるユーザーは、ぼちぼち違和感を覚え始めている……雫の勘は当たっていたのだ。そしてふと見ると、みなもが『返してぇ』と言いたげな顔で、服の裾を引っ張っている。
「あー、ごめんなさい。彼女が泣きそうな顔であたしを睨んでるの……でも、機会があったらまたお話、聞かせて欲しいかな。じゃ、電話代わるから」
 ぷぅっ! と膨れ面を作り、みなもが『睨んでなんか無いですよぉ』と一言。それに対し、雫は『情報源ゲット!』と言わんばかりに嬉しそうな顔を見せている。
「あ、もしもし……ね? 女の子だったでしょ?」
『悪かったよ、謝る。でも……今の彼女、かなり深い所まで斬り込んで来てるね? ドキッとしたよ』
「うん。オカルトの世界に詳しいの。それで『乗り移り』の事も彼女なら分かるかな、って思って」
 そしてみなもは、今までの考察結果をウィザードに解いて聞かせた。すると彼は『成る程、そういう見解もあるのか』と納得していた。が、彼は『おっと、いけない』と、思い出したように切り出して来た。

『俺、さっき会ったよ……「帽子の彼女」に』 

<了>