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<東京怪談ノベル(シングル)>


Stay cool.

 ここは違うとわかっているのに。
 どうしても心がざわついてしまう。

 遠目であっても、白衣を羽織った人影が何処へともなく颯爽と歩き去って行くのを見ると。
 殺風景で無機的な、研究施設然とした建物や――それらしい機材が置かれている中を歩いていると。

 どうしても、幼少の頃を思い出す。
 反射的に、萎縮する。
 どうしようもなく不安になってしまう自分が居る。

 …本当に、ここは違うのだとわかっているのに。



 …フェイトとしては――いや、工藤勇太としては、かもしれないが――どうにも落ち着かないものがある。

 手の中の感触。銃把を握ってホルスターから拳銃を引き抜き、標的に向かって構えつつ安全装置を外す。そして良く狙い引き金を絞る――撃鉄が落ち、撃針が弾薬底部の雷管を叩く。その爆発する威力――圧力で、銃身を押し出され撃ち放たれた弾の行き先もその時点でわかる。撃ち放ったその手応え時点で、着弾点の標的がどうなったかも当然のように予測が付いている。

 が。

 日本に帰国して以来、その一連の動作と――それに伴う感覚がいまいちしっくり来ない。アメリカに居た頃の射撃と同様、一連の動作がスムーズに行えるよう努めてはいるのだが――何度やってみても何処かしらにあるその違和感は拭えない。具体的に何処がどう違うかまでははっきり言えないのだが――そう感じてしまう理由の方は、一応、わかっているつもりではある。

 …単純に、使っている拳銃が『違う』から。

 フェイトがアメリカで愛用していた拳銃は、帰国するに当たり返却している――私物では無くIO2アメリカ本部の備品になるので、日本にまで持っては来れない。…手続き次第では持って来る事も出来なくは無いのだが、用意する書類が面倒だし、愛用していたと言ってもそれ程拘りがある特別な種類の拳銃でも無い。業務上、日本支部でもまた別の装備品が――拳銃がきちんと用意されるのだから、それを使えばいい。
 そう思って、普通に返却して来た。…そもそもそうしておいた方が、再び渡米した際にはすぐそちらの銃が用意出来ると言う便利な面もある。…国際的な動き方をする事も多い業務な以上、そういう時の為に使い易い備品を現地に残しておいて悪い事は無い。
 即ち、日本に居る今現在は当時と同一の拳銃を使っている訳では無い。…ただそうは言っても、日本で今使っている拳銃も、当時使っていた拳銃と同社製で同形式の拳銃――をIO2の技術を以って少々カスタマイズしてある同シリーズの一丁であり、形としては全く『同じ』特殊な拳銃ではある。…それを使いたいと申請して、その申請が普通に通っている。使っていたものと完全に同一の品では無いにしろ、形自体が全く同じ以上はきっと使用感も同じだろう、と楽観的に思っていたその拳銃。…なのに、実際使ってみれば使用感がどうにも違って感じてしまう代物で。
 勿論、拳銃自体が不良品だったり不具合がある訳ではない。使用感が違うと言っても実用が適わない訳でも無い。事実、フェイトはこの拳銃を実際の捜査でももう何度も使っている。この『違和感』が理由で何か失敗をした訳でも無い。この拳銃を相棒にして、日本での捜査を行う事自体に慣れても来ている――日本での活動も幾らか落ち着いて来ている。客観的に見て、何も問題は無い。
 ただ、主観的にはどうしても何かがしっくり来ない。…それだけと言えばそれだけ。
 それだけなのだが。

 対霊弾を使う以上は、それで放置も出来ない。

 フェイトはIO2に於ける捜査に当たり、必要な際にはこの拳銃と弾薬を用いる事で対霊弾を使用している。フェイトの使う対霊弾は、自分の能力――『念』を通常の銃弾に宿す事で、対象に合わせて適宜銃撃の性質を変えると言うもの。即ち、『違和感』などと言うごく些細な要素もまた、心的なものである以上、色々と響いてくる可能性がある。…まぁ、そういった特別な事情が無くとも、解消する事が可能ならば事前に解消しておいた方が良い事ではある。
 何にしろ、例え「何かしっくり来ない」程度の些細な違和感があるだけであっても、銃が銃なので銃を扱う本人も含めて、確り調整しておく必要はあるもので。

 …実際、事ある毎にそう言われてもいる。特に、IO2内部にある開発研究室の心霊銃器を取り扱う者――特にフェイトの拳銃を調整している担当者辺りは、フェイトの顔を見るたびに、拳銃の調子はどうかと気さくに訊ねても来る。
 白衣姿の、その担当者。…研究者なのだから、それもIO2内に居ると言う事は仕事中なのだから――白衣姿なのはある意味当然ではある。
 あるが。
 その白衣姿の担当者に軽く声を掛けられるたび、フェイトは内心でびくりとしてしまう。…勿論、表には出さない。出さないが、それでも身体の奥に染み付いてしまった恐怖心、不安感、抵抗感は完全に消し切れるものでも無い。三つ子の魂百までとも言う――幼い頃の、それも負の感情を伴う強烈な記憶に由来する感覚ともなれば、余計に消し切る事は難しい。
 難しいが。
 …だからと言って、今の仕事を続けている以上は――白衣や研究室の類が完全に避け切れるものでも無い。
 心配して、気に掛けて貰えているのは有難いのだが、その相手の姿が白衣であるだけで――どうにも、きつく感じてしまう自分が居る。…声を掛けられる事自体が、正直嫌だ。そして、嫌だと思ってしまう事自体が、当の担当者にとても申し訳無くも思う。…そんな堂々巡りがいつまでも続く。

 こうなって来ると、アメリカで愛用していた銃をこっちに持って来た方が良かったか――と俄かに後悔さえしているところだが、もう遅い。と言うか、今更になってそんな事を言い出したら、それこそ上にはっきりした理由を伝えなければならない。今更晒したくもないこちらの弱みを晒してどうする――いや、そもそもそんな事は理由にならないだろう。むしろ今更そんな事を言い出したらIO2エージェントとしての資質を問われかねない――同時に、そんな事をしては今使っているこの拳銃の面倒を見てくれている――こまめにメンテナンスしてくれている担当者に駄目出ししているも同然になってしまう。それはさすがに担当者に悪い。
 理性では、理屈ではそうわかっている。
 けれど、感情の方はそう簡単には行かない。
 担当者の元へメンテナンスに行くたび、体が強張る思いがする。行きたくない、と反射的に思ってしまう自分が居る。行っても大丈夫だと、何の問題も無い――それどころか自分の助けになるのだとわかっているのに、どうしようもなく気が滅入る。…勿論、傍から見てそうは見られないように、内心の動揺を表に出さない術は心得ている。心得ているが――それでも。
 白衣や研究室の類――そういった場所は、どうしても苦手で。

 メンテナンスに向かう事自体が、酷く憂鬱になってしまうのは、仕方無い。



 そうは言っても、「しなければならない」以上は、当然、出向く。

 普段通りに、何でも無いように、傍から見る限りは毅然として見えるように努めつつ開発研究室に赴く。自分自身と拳銃との調整。標的を認識し拳銃を操作する事で――的を狙って引き金を絞る事で、弾薬に『念』を籠め撃ち放つのがフェイトの使う対霊弾の原理。その『念』の、己の手から拳銃、弾薬へと至るまでの伝導率をまずは計測。自分と拳銃とにセンサーを張り付けて、担当者の前で試射をして見せる事で、計測を行う。まずは『念』を籠めない普通の射撃に、それから『念』を籠めての対霊弾で。更には対霊弾は対霊弾でも属性を変えて、担当者の指定通りに数回試射を繰り返す。
 …それだけの事でも、酷く緊張する。自分の身体のあちこちに張り付けられたセンサー自体が、幼い頃の事を思い起こさせる――心ならずもぞっとしてしまう。背筋がチリチリする感じがどうしても来る。…潜在能力未知数なサイキックの能力があった事で狙われて、虚無の境界に近い研究施設で監禁されていた過去の時。何度も繰り返されていた筆舌に尽くし難い酷い実験――今俺の居るここは、これは、それとは違う。過去を思い起こしてしまうたびに、違うのだと何度も何度も心の内で反駁する――それでも、どうしても不安感が押し寄せる。…押し殺す。抑え込む。が、この動揺が、センサーの方で捉えられてしまわないかとまた不安になる――そう思う事自体が余計悪いのに、止まらない。

 試射を終えたところで、心を落ち着かせる為に静かに細く息を吐く。一応、傍から見れば平静に見えるだろう態度のままで。と、はいはーい、フェイトさんお疲れさまー、少々そのままお待ち下さいねー、と担当者のやけに軽い声がした。かと思うと、カタカタと慣れた手つきでキーボードを叩くような音――拳銃と繋いである機材の方で調整の操作をしているだろう音が暫し続き、程無く再び試射を頼まれる。言われた通り、再び撃つ。…相変わらず内心の葛藤がある中で、だが。

 が。

 …今度はさっきより、かなり撃ち易くなった気がした。

 と、思ったら。
 もういいですよー、とあっさり本日のメンテナンス終了を言い渡される。身体の方に張り付けられていたセンサーの方も、何やら速攻でべりっと全部外され――やけにあっさり解放された。
 フェイト、思わずきょとん。
「え、もう終わり?」
「はい。今日はここまでで大丈夫ですよ。こういう煩わしい事は短い間で済ませた方が良いですもんね。あ、かなり使い易くなってると思うんですけど、どうですか?」
「…ああ、うん…確かに」
 初めに試射した時より、調整後に試射した時の方が――しっくり来た。
 まだ完全――とまでは言えないが、良い方向に行っているのは、体感でわかる。何と言うか、惜しい、とでも言うところ。何かが足りない、でもあと少し。
 フェイトにしてみれば、ここまで上手い具合に銃が手に馴染んだ――気がしたのは、日本に帰国してからは初めてになる。
 改めて手の中の拳銃に意識を向けつつそう自覚すると、それを見て、担当者の方でも柔らかく頷いて来る。
「でしたら、多分、あと二、三回も来て頂ければ以前使ってらっしゃった銃と同様に使えるようになると思いますよ」
 それまでの辛抱ですからもうちょっとお付き合い下さいね。
「…」
 辛抱。
 それは確かにフェイトにとってはその通りなのだが、担当者からサラッとそう言われるのは少し意外でもある。…まさかこちらの内心に気付かれているのかと思うが、担当者の方は特にそれまでと様子が変わっている訳でも無い。カレンダーを見つつ、手許で書類に何やら書き入れている。何でも無いようなその様子を見ていると、こちらが疑心暗鬼になっているだけかとも思う。
 次のメンテナンスの予定。一週間後――と伝えられる。そのくらい間を置いた方が良いでしょう、と。…そんなものかと思っていると、ではまた一週間後に! とすぐさま研究室を追い出された。

 ?

 …いきなり追い出された事で、何か不興を買ったかと俄かに疑問に思いつつも、担当者の様子を見る限りは別にそんな態度では無かったなぁとも思う。ともあれ、追い出されたのなら――用が済んだのならこんなところに長居をする気は無い。自分の意志ではどうする事も出来ない苦手なものからは早く解放されたいのも本音。早々に解放されたこの状況は、有難い事は有難い。

 だが、何となく釈然としないのも確か。



 …思えば、この担当者は初めて会った時からメンテナンスの手際がいい。
 何と言うか、終わるのが速いのだ。…それも、回を重ねる毎にどんどん速くなっている。勿論、調整が合って来ているから――やるべき事が減って来ているから速くなっているのだろうが、それにしても――アメリカに居た頃の、以前愛用していた銃の調整はここまで速くは済まなかった気がする。

 フェイトはそう思っているのだが、たまたま同じ担当者に銃を見て貰っているとある同僚が――この担当者は雑談が好きで、すぐ話し込んでしまって時間が掛かるとか何とか嬉しそうに愚痴っていたのを聞いた事があったりもする。

 …自分とは正反対である。

 因みにこの同僚は、お喋りが好きで銃への拘りも強く、蘊蓄を語らせると止まらないタイプであったりする。
 翻って自分は――――――…





 …――――――まさかあの担当者、わざわざ相手に合わせてくれている、と言う事なのだろうか。
 もしそうだとしたら、こっちの内心は全部見抜かれている、と言う事にはならないか。
 …いや、まさか。
 担当者の前で、見抜かれるような態度は取っていない…筈だ。
 いや、だが。けれど。

 …。

 落ち着け、フェイト。

 それで何か問題があるのか。何も無い筈だ。
 むしろ、今の疑いは何も根拠の無いただの思い付きに過ぎない。担当者に何か改まった事を言われた訳でも無い。俺程の苦手意識がある者はまず居ないにしろ、細かいメンテナンスを煩わしく思うのは俺だけでは無い筈。あの程度の科白なら俺だけじゃなく誰にだって掛けておかしくない。ただの疑心暗鬼だ。その筈だ。

 この担当者について確実に言える事は、自分の銃の調整を手際良くしてくれている、それだけだ。





 ………………そういう事に、しておきたい。

【了】