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<東京怪談ノベル(シングル)>


―夢の裏側・5―

「か、彼女に会った、って……いつ!?」
『つい、さっきだよ。パスコード入力して鏡面世界に入った時、久々にね』
 その回答を聞いたみなもは、自分も今さっきログインしたが彼女は居なかったと証言した。これもログイン環境の差異による見え方の違いなのか、或いは出現タイミングを限定しているのか。それは分からないが、兎に角まだ存在している事が分かり、彼女は無意識のうちに胸を撫で下ろしていた。
『鏡面世界が見える奴って限定されるから、一人ひとり名前を憶えてるらしいんだよな。俺も「あら、久しぶり」とか言われて、そりゃあこっちの台詞だ、って思わずツッコミ入れちゃったからなぁ』
「それで、何か話をした?」
『そうそう、君のところに行こうとしているけど、ロックが掛かっていて君の居るエリアに入れない、って言ってたな』
 え? と、みなもは驚いた表情になる。自分では何も特別な操作はしていないし、第一そのような事が出来る程の知識も技量も無い。なのに何故? と。
『君、エンジニアに直接取材されたりしてたじゃない? もしかしたら開発サイドでマークされているのかも』
「そんな、あたしだけ仲間外れにされてるみたいで気分悪いよ」
 思わず憤慨するみなもを、ウィザードが宥める。プレイ自体は可能なのだし、何を調べているのかは分からないけど、調査が済めばロックとやらも外されるだろうから、と。
 考えてみれば、思い当たる節はある。あの暴走事故の際、いち早くログアウトして開発チームに事の次第を伝えたのは自分だったし、鏡面世界を介さずに『帽子の彼女』に会う事が出来ていたのも、どうやら自分だけらしい。この二点だけでも、かなり特殊な位置付けに居ないと出来ない事なのではないか……と、今までの状況を鑑みて、その点をウィザードに相談してみた。
『それは……うん、そうかも知れない。俺も鏡面世界が見える側のユーザーだけど、素で彼女に会う事は出来ないからね。増して、世間話をしたりなど……君から話を聞くまで、彼女がそういう側面を持っている事すら知らなかったから』
 やはり、そうなのかな……と、みなもは『自分だけ、周囲と何かが違う』事について考えるようになっていった。
 そして『今は客が来ているから、ログインはまた後で』と断りを入れ、みなもは通話を切った。その様子を見ていた雫は『あたしに遠慮する事ないのに』と申し訳なさそうな態度になったが、そうもいくまい。来客を放置してゲームに没頭するのは道徳に反するからと、ハッキリ言ってのけたのだ。
「それにしても、彼女から会いに来ようとしているのに、妨害されているとはね。コソコソして、何か気分悪いね」
「何故、あたしだけ特別視されているのか……いや、そもそも何で、あたしだけが彼女と『鏡面世界』の媒介なしで接する事が出来ていたのか。ここがハッキリしないと、気持ち悪いですよ」
 尤もだ、と雫も頷く。此処までの話で『帽子の彼女』がオフィシャル側が意図して配置したプログラムの産物である事は判明している。が、それは飽くまで『鏡面世界』によるマーキングをサポートする存在でしかないと云う事も分かっている。彼女が自由意思を持ってシステムの内外を自由に行き来できるようになるなど、開発陣としても想定していなかった事なのだ。
「そもそも、最初に『体を借りて』出て行った先が何処だったのか、此処がぼかされてるんだよね」
「あの時は『会えはしたけど、相手は自分に気付かなかった』と言ってましたけどね。お礼を言いたかった、という目的自体も今となっては本当かどうか分からないですし」
 どちらにせよ、彼女に会う事が出来なければ真相の追及も出来ないね、と二人は途方に暮れた。その後みなもは『魔界の楽園』を何度か起動して『鏡面世界』の発動を待ってみたが、やはりそのステップをスルーして『乗り移り』でログインしてしまうのだった。この状況だけでも、既におかしいのだ。
「ね、ちょっとあたしにもプレイさせてくれない?」
「え? あ、いいですよ、どうぞ」
 何を思ったが、不意に雫が『自分も試してみたい』と言い出したのだ。ゲームを起動、キャラを選択してプレイに掛かる。が、やはり何も起こりはしない。普通にフィールドマップを歩き、時折現われる他のプレイヤーと接触して、場合によっては戦闘になだれ込む。バージョンアップ前はこのフィールドマップを歩くギミックはまだ無く、対戦相手が自動選択されて、ひたすらにバトルを繰り返す、所謂『格ゲー』だったものが、改良されてRPGとサバイバルの要素が加えられた……が、それだけである。別段、VR要素が必要になる場面は無いし、戦闘シーンは普通に格ゲーのそれと変わりない。『乗り移り』が出来ない一般ユーザーの視点でプレイした場合、このような在り来たりのゲームとしてしか映らないのだ。
「んー、一般人のあたしだと、こんな感じなんだね。で、『鏡面世界』を見られる階層になると、初めてVRを駆使した特殊な画面を見る事が出来る……と、此処までがオフィシャルの想定していたスタイルなんだね、きっと」
「だと思います。そして、更に上……『乗り移り』が出来るユーザーになると、プレイ中の出来事を『現実』として体感する事が出来るようになり、それが記憶にも残る。これは、プログラマーさん達も知らなかった……と云う事になりますね」
 一つずつ、噛み砕くように事態を整理していく二人。ここでふと、ある事に気付いたのは雫の方だった。
「みなもちゃんに会いに来たエンジニアが言っていた『流れのプログラマー』って、何者なんだろうね」
「あ、それはあたしも気になってました。聞いた感じだと、本体がかなり完成に近づいてから派遣されてきた、外部の技術者だって事らしいんですけど」
「その人、今どうしてるのかな?」
「さぁ……でも、鏡面世界を実現させたのも、『帽子の彼女』の原型を作ったのもその人だった、と……」
 これは臭いなんてもんじゃない。どう考えても、その人物の干渉なしでこの環境が実現できたとは思えない。そしてもう一人、気になる人物が居る。そう、あの事件の際に追加ルーチンを実装しようとして失敗した、例のハッカーである。もしかしたら、この二人は同一人物なのではないだろうか……と、みなも達はそう考え至ったのだ。
「でも、『自分の生みの親はオフィシャルだ』って、彼女は自分で言ってましたよ?」
「そこよ。システムに実装された時点で彼女の記憶がスタートしたのだとしたら、自分を創ったのが自分をシステムに実装したプログラマーだと思い込んでも、不思議はないんじゃないかな?」
 成る程……それは考えられる、と、みなもはポンと手を打った。だが、腑に落ちない点が一つあった。それはハッカーが『君のような疑似人格が何故できてしまったのか』と云う疑問を口にしていた点である。それを加味すると、流れのプログラマーがハッカーと同一人物であるという仮説にクエスチョンが立つ。
「彼女が自分の思っていた通りの動作をしなかった、と云う意味になるのでは?」
「考えられるね。彼女の存在も、その正体が人工知能だという事も彼は知っていた訳でしょ?」
「何話してるの? 楽しそうね、私も混ぜて貰っていい?」

 突然掛けられた声に、思わずギクッとなる二人。その背後に立っていたのは……『帽子の彼女』その人だった。

<了>