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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


practical experience 2


「九字切りなんて出来るんですか?」
 驚きで思わず腰を浮かせた真衣に、向かいの席でフェイトはしれっとして応えた。
「出来ないよ」
「え? でも、今、九字切りしたらって…」
「だから見様見真似だよ。そんな力ないからね」
 自慢にもなりそうにないことに胸を張るフェイトに何だか拍子抜けして真衣は浮かせた腰をシートに戻す。
「……」
「例えばドラキュラ伯爵。彼が十字架を苦手な理由、知ってる?」
「いえ、知りません」
「彼の出身がカトリック圏だからだよ」
「はあ」
 真衣は曖昧に応えた。ドラキュラが九字切りと何の関係があるのか。だが、はぐらかされている、というわけでもないようだ。
「つまり怪異はその出身と信仰によって縛られる…とするなら、ある程度の出自を絞れるんじゃないかな、と思って鎌をかけてみた。まさかあんな全力で逃げられるとは思わなかったけどね。とりあえず西洋系ではなさそうだし逃げるとしたら国内かな?」
「……」
 言葉を失う真衣にフェイトは首を傾げて、それから何事か気づいたように付け加えた。
「毒ガス工場の実験体に捕虜が使われていたとしたら、その魂を解放しにきたのが連合国軍出身の可能性もあるだろ?」
「確かに、言われてみれば」
 そうだ。悪霊となってしまった哀れな霊魂を浄化し天へ還したいと望む者があってもおかしくない。勿論IO2でさえそれを出来ずに封印するのみに至っている現実を鑑みれば成功の可能性はかなり低いと言わざるを得ないが。相手が西洋系の怪異であるならアメリカにあるIO2本部に応援を依頼する必要も出てくるだろう。
 それで試してみた、という事か。しかし相手によく気づかれなかったな、とも思う。その種の力がないことに。「いやぁ、見様見真似でも何とかなるもんだねぇ」などとお気楽に笑うフェイトに真衣はただただ呆気にとられるばかりだ。
「それに黒幕が彼1人によるものなのか、それとも他に仲間がいるのかも気になるしね」
「!? まさか、それで彼を逃がしたとか!?」
 再び真衣は立ち上がる。狭いヘリで危うく天井に頭をぶつけかけたがシートベルトに引き戻された。
「まっさかー、目的も聞かないで逃がすわけないよ」
 大仰にフェイトは手を振ってみせたが。彼の実力が噂通りなら彼がたった1人の敵を逃がすなんて事あるだろうか。マーカーを付けておいたという用意周到さからみても計算だったのでは、という気がしてくる。
 フェイトは何手先までよんで鎌をかけたのか。
 相手は九字に反応し孤島から逃げた。訪れた時のボートはエンジンを壊してある。どうやって海を渡ったのか。それは相手が人外のモノというこ事を示していた。
「彼らが情報を流してくれると助かるんだけど」
「彼ら?」
「九字を使う人たち?」
 IO2と日本古来の対魔組織とは一部を除いて昔からあまり仲がよろしくないと聞く。確かに九字に反応したという事は、それを扱う対魔組織が何らかの情報を持っている可能性は高い。
「ま、今日のところはお疲れさま」
 そう言ってフェイトはサングラスの向こうで目を閉じたのかヘリの中で眠りについた。
 真衣はシートに疲れた体を沈めると窓の外に視線を移した。徹夜明けなのに睡魔は一向に襲ってこない。ただ、近づいてくる東京の街をずっと眺めていた。



 ▼▼▼



 孤島事件から11日後。
 早朝、一部の対魔組織によって便宜上、霊場ごとに区切られた東京13地区にて若い男2人の変死体が発見される。その死体の異様さからIO2へ出動要請。同時に13地区第6エリアには避難勧告が出され特別警戒区域となる。

 12時22分。IO2東京支部にて避難完了と同時に出動のための部隊編成が行われる。

 12時37分。同、給湯室にて、真衣はランチ後のお茶を淹れながら溜息を吐いた。
 孤島事件の“黒幕”とやらの情報は一切入ってこず、何となく悶々とした日々を送っている。フェイトが引き続き調査を続けているのだろう。手伝いたいとは思うがお呼びがかからない以上どうしようもない。
「…ちゃんとご飯、食べてるかなぁ」
 チェックのナプキンに包まれた自分のお弁当箱を見つめながらやかんのお茶をマグカップに注ぐ。いつか彼にもお弁当を作ってあげる事が出来たらな、なんて…と顔を赤らめていると。
「はわわっ!! 熱っ!! 熱っ!!」
 見事にお茶を溢れさせて慌てふためき、更にマグカップを倒して事態を悪化させた。

 12時38分。上司により、こぼれたお茶もやかんも弁当箱も放置のまま腕を捕まれ連行される真衣。このパターンは!! と期待に胸を膨らませて連れて行かれた先にフェイトの姿はなく奈落の底まで突き落とされて任務に就いた。

 13時02分。13地区第6エリアへ向かう真衣。先輩との4マンセルでチームを組む。携帯しているのは“原因”が判然としないため、実弾と対霊弾の撃ち分けがしやすいリボルバー。装弾数6発。

 13時16分。現着。避難が済んだその場所に人気はない。雑居ビルが立ち並ぶ路地を進む。悪意に満ちた気配もない。

 13時26分。先輩の背中を追いかけつつ殿を務める真衣。後方を意識しすぎて足下を見ていなかったのが敗因か地面がない事に気づいた時には穴の中へ。悲鳴もあげられぬまま。工事中に避難命令が出てそのままの状態で避難したのだろう、マンホールが開きっ放しになっていた。真衣の注意不足が生んだ事故。

 13時27分。最後尾の真衣が突然消えたことに動揺しながらも、その気持ちを押し殺し淡々と任務遂行に尽力する仲間達。

 そして。


▼▼▼



「はわわ〜っ!」
 不思議の国のアリスってすごいな、とかどうでもいいことを考え現実逃避。
 半ば死を覚悟してぎゅっと目を瞑りつつも、何とか受け身をとろうと距離を測るように腕を伸ばす。しかし地面の感触も痛みも一向に訪れない。減速しているような感覚に真衣は恐る恐る目を開けた。
「大丈夫?」
 聞き知った声を振り返る。残念ながら暗がりで顔はよく見えず。だが間違う筈がない声。
「は…はい!!」
 真衣は九死に一生を得て安堵したのと、どうやら助けてくれたのがフェイトらしいという嬉しい事実に、虚勢半分、元気よく応えた。
 彼のPKによるものだろうか、無事、地面に足をつけて人心地吐く。
「すみません、すみません、すみません。ありがとうございます!」
 声のする方に向けて何度も直角に頭を下げる。見えているだろうか。
「うん」
 応えてフェイトはペンライトを灯した。ぼんやりとだが明るくなって気持ちが落ち着いてくると、反比例するように真衣は自分のしでかしたことに気持ちが暗くなった。
「私…また、ドジを…」
 たまたまこの場に彼がいてくれたから助かったのだ。彼がもしいなかったらと思うとゾッとする。だが、フェイトは少しだけ首を傾げて言った。
「んー…そう落ち込む必要もないかもしれないよ」
「でも…」
「言っただろ。神無月のその天然さは武器になる、って」
 前回、孤島で“敵”に捕まった時も彼はそんな風に励ましてくれた。しかし自分にはこれが武器になるとはとても思えない。
「…どういうことですか?」
 半ば縋るような気持ちで、残りの半分は不審の眼差しでフェイトを見上げると彼は視線を天井へ向けて言った。
「上のチームはたった今全滅したみたいだ」
「え?」
 思わず真衣も天井を見上げる。真っ暗な天井には大きな水道管が何本も走っているだけだ。それ以上を見る術は真衣にはない。けれど彼には見えているというのか。
「落ちたから助かった。そして助かったからこそ増援や医療班を呼ぶことが出来る」
 彼はそう言って微笑んだ。
「!?」
「上の連中もまだ息はある。急いで連絡を」
 イヤフォンマイクは落としてない、壊れてもいない。本部直結の無線は生きている。
「はい!」





 天井の水道管についた水滴がポタリと垂れて落ちる。思わず鼻を塞ぐほどの激臭はないが重苦しい湿気とかび臭さが鼻をついた。深さはないが足下にも水が流れていて、脇に腰ほどの高さの人1人通れるくらいの通路がある。どうやらここは雨水排水路らしい。高さ、幅2mといったところか。
 増援と医療班の要請を終えて一段落し、出口まで送るというフェイトに促されてライトを手に歩き出したところで真衣が愚問と思いつつも声をかけた。
「フェイトさんはここで何を?」
「この前孤島から逃げた黒幕くんを追って、ね」
 やはり調査中だったのか。しかし彼の他に仲間がいる様子はない。誰かと連絡を取り合ってるような素振りもない、とすると1人で行っているのだろうか。
「マーカーははがされてたんだけど」
 やれやれと息を吐くフェイトだったが、真衣は「そうだったんですね」と相槌を打ちながら別の事を考えていた。
「上の事件と無関係ではなさそうだな」
 続ける彼に真衣が意を決したように声をかける。
「あの…」
「うん?」
「お礼、させてもらってもいいですか?」
「お礼?」
 前を歩くフェイトが、いきなり話が飛んだことに意表を突かれたような声で聞き返した。
「助けてもらったお礼です!」
 真衣が応える。
「別に気にしなくていいよ。たまたまだし」
 肩を竦める彼に、それでも真衣は食い下がる。
「でも、あの」
 本当は手伝いたい。だが自分がフェイトの仕事をサポートするにはまだ実力不足だろう。だから情報を何も貰えなかった。それでも出来ることがあるなら全部やりたい。例えば、コネクションも何にもないけど退魔組織から情報を貰ってくるとか、自分に出来ること。他にも。
「今度、お弁当作らせてください!」
 1人で任務に就くということは誰かと交代したりそれで休憩したりということも、ままならない筈だ。携帯食料で食い繋いでいるのだとしたら体にもいい筈がない。
「お弁当?」
「はい!!」
「…いいよ」
 真衣の勢いに半ば気圧されたようにフェイトが応えた。
「ありがとうございます!」
 見えないとわかっていても彼の背中に向けて頭を下げてしまう。
「お礼を言うのは俺の方じゃない?」
「いえ、私です。あ、嫌いなものとかありますか?」
「ピーマン」
「ぷっ」
 子供っぽいフェイトの即答に思わず真衣は吹き出していた。
「ってのは、ベタすぎたかな? 嘘々。大丈夫、何でも食べるよ」
 どこまでが冗談でどこまでが本気なのか。それでも暗闇を歩く緊張感がほんの少し和らいだのは確かだった。気づかず気負っていたらしい真衣の心もいつの間にか解れていた。
「じゃぁ、好きなものは?」
「うーん、何だろう?」


 ▼


「そういえばサングラスはしないんですか?」
 ふと気づいたように真衣が尋ねた。トレードマークともいえるそれを今、フェイトはしていない。
「孤島で壊されちゃったからね」
 フェイトは溜息を吐く。
「え? でも、帰りのヘリでしてましたよね?」
 真衣はその時の事を思い浮かべた。
「……」
 フェイトは後ろを振り返って真衣を見た。それからおもむろにウェストポーチからサングラスを取り出すと真衣にかけてみせる。
「はわわっ!? …え? あれ? 何にも見えない…」
 突然の事に驚き戸惑い、それからふと水路の闇を見つめて気が付いた。
「サングラスってどういうものか知ってる?」
 フェイトの問い。サングラスとは直射日光や紫外線から目を守るためのものだ。強い光を和らげる効果がある。
「すみません。そうですよね。暗闇でかけたらもっと真っ暗になりますよね。…あれ? でも、じゃぁ、あの時は」
 孤島には電気はなく窓から入る月明かりがせいぜいだった。その中を彼はサングラスを付けて動いていなかったか。
「あれは厳密にはサングラスじゃなくてスターグラス。星明かりほどの少ない光で周りが見えるようになる…暗視ゴーグルみたいなものだよ。ワンオフだったからまた新しく作ってもらってて。おかげで技術班にはどやされるし、踏んだり蹴ったりだよ」
 フェイトは肩を竦めてみせた。
「そうだったんですね。てっきりサングラスの予備を持ち歩いてるのかと…」
「そんな余裕があったらその分弾倉を持ち歩くよ」
「ですよね」
 真衣は苦笑を滲ませつつサングラスをはずしてフェイトに返した。
 その時だ。
 視界の片隅に何か動く黒い影が引っかかったのは。
 その影が、底光りするような赤い目で襲いかかる隙を伺うようにこちらを睨みつけている――錯覚に真衣は反射的にリボルバーを構えていた。全身に嫌悪感が染み渡る。それは脊椎反射に近かった。
「ヒィッ!?」
 この世で最も忌むべき存在ともいえるイニシャルGと台所でうっかり出くわしたような錯乱状態で、悲鳴をあげながら実弾を乱射する真衣の肩を後ろからフェイトが掴んだ。
「おい! 落ち着け!!」
 フェイトに揺さぶられてその声に我に返る。
「え…あ…フェイトさん…」
「鼠だ」
「す、すみません」
 何とか心を落ち着かせて真衣は拳銃をおろした。とはいえイニシャルGのような見た目に対する嫌悪感とは違い、野生の溝鼠は多くの病原菌を内包している危険動物だ。怪異に対するのとはまた別の緊張感が真衣を包んだ。
 と。
「いや、どうやら、ただの鼠じゃないらしいな」
 フェイトの低い呟きに真衣は彼の視線を追いかけた。
「え? 嘘…」
 いつの間に集まってきたのか、そこにいたのは1匹ではない。通路を埋め尽くすほどの夥しい数の鼠がこちらを睨めつけている。ただの鼠ではなく同じ意志によって動くようだ。何かが憑いているような操られているような。思えばあの暗がりで鼠をいち早く見つけたのは真衣の霊感の強さによるものだったのかもしれない。
 無意識に生唾を飲み込む真衣にフェイトが言った。
「走るよ!」
「はい!」
 真衣を先へ促し後ろにフェイトが続く。
 前を行く真衣は走りながら排莢し、対霊弾をこめた。既に彼女の後ろでは銃声が連なっている。真衣も上体だけ捻って援護射撃を行った。
 だが数が多すぎる。
「きりがないな」
 フェイトは走りながらコートを脱ぐと水の中へ降りた。ばしゃばしゃと水の中を駆けながらコートに水を染み込ませる。
「伏せて!」
 という声に真衣が減速して小さくしゃがみこむのと、フェイトがコートを盾のように広げ持つのはほぼ同時だったか。コートが凍り付いた瞬間、フェイトはウェストポーチから取り出した焼夷弾のピンを外し、それをコートの盾の向こう側へ投げ込んだ。
 火炎から逃れた数匹を銃で撃ち抜く。
 肉を焼く焦げた臭いが鼻腔を刺激するのに、真衣は咄嗟に顔を背けた。とはいえ臭気から逃れられるわけでもなく口元を手で覆う。
 鼠に憑いていたモノ――霊たちが死骸を動かす事はないらしい。安堵が戻った。


「まさか、鼠を媒介に使っているのか…」
 だとしたら厄介だ。フェイトはゆっくりと死骸の山に近づいた。
 地上の隊員を襲ったのがこの鼠だとして、排水路という狭い場所が幸いしたか。いや前後を塞がれる前に真衣が気づいた事もある。
 若い男の変死体。若いはずなのにまるで生気を吸われたように皺々の状態で見つかった、というその情報はフェイトの方にも入っていた。孤島の男のマーカーが外されていた場所に近いという事もあって繋がりを考えないでもない。
「操っている者の背後は同じか?」
 だとするなら、複数犯が濃厚か。鼠を操る悪霊の正体。孤島の男の消えた足取り。孤島で解放された悪霊の行方――。
「フェイトさん!」
 思考を遮る真衣の声。
 巨大な鼠が地下道を塞ぐように立っていた。鼠に憑いていたモノ達が仮の肉体を失い一つに融合したのか。
「神無月は下がってて」
「…はい」
 巨大な鼠。フェイトのテレパシーには何も引っかかってこない。思考せぬもの。
 フェイトが地を蹴る。フェイトのいた場所を巨大鼠の前足が薙払った。空を切った前足が排水路の壁を抉る。ただの悪霊の塊ではなく肉体があるということだ。フェイトはバックステップと同時に2発放っていた。巨大鼠から黒い影のようなものが2つ出て行く。あの巨体にはいくつの悪霊が入っているのやら。
 このために悪霊を集めていた? いや“これ”が目的ではないだろう。実験か、或いはデモンストレーションというやつか。その目的は…。
「危ない!」
 真衣の声に我に返る。殺気に対してフルオートにしている体が間合いをとるように後方へ飛んだ。後ろ足で立ち上がる巨大鼠の振り上げられた前足を真衣の弾が捉え、攻撃の軌道を狂わされた巨大鼠の前足が空を切る。その隙を見逃さず。
「ありがとう」
「いえ」
 一息に間合いを詰める。いくら撃ち込んでもその部分の魂を切り捨てられるだけだ。弾が尽きるのが先か、こめられた悪霊を昇華し尽くすのが先か。あの夥しいほどの鼠の数、削ぎ合いになれば分が悪い。
 巨大鼠が反転。尻尾攻撃をかわして壁を蹴りあがる。そのまま大きくジャンプして鼠の死角へ潜り込んだ。どこかに核となる部分があるはずだ。悪霊をつなぎ止めるための“種”が。そこに大きいのを一発叩き込む。だが。
「…!?」
 巨大鼠はフェイトを見失うと、フェイトを探す事はせず、その矛先を速やかに真衣に向けた。真衣は応戦すべくリボルバーの残弾4発を全部撃ち込むが焼け石に水で。
「神無月、逃げろ!」
 鼠が真衣に襲いかかる。
「フェイトさん!」
 まだ核の場所はわかっていない。だがとにかく鼠を止めるため一か八か、肉体があるなら。フェイトはその背中に腹まで撃ち抜くつもりでPKで威力をあげた一発をお見舞いした。
 鼠が固まる。フェイトは鼠の頭を蹴って真衣を背中に庇うように前に立った。
 鼠が4本の足をつく。そのままどうと倒れるのを確認してからフェイトは真衣に向き直った。
「大丈夫か?」
「フェイトさん!」
「!?」
 真衣がフェイトの前に出る。刹那、巨大鼠の最後の攻撃なのか何だったのか鼠が口から嘔吐した。その吐瀉物をフェイトを庇った真衣が全身で受け止める。
「神無月!?」
 吐瀉物でドロドロになった顔をフェイトに向けて、真衣は虚ろな笑みを浮かべた。
「大丈夫ですか、フェイトさん」
 鼠はその巨体の体積分を全部吐き出したのかみるみる縮んで普通のサイズに戻って死んだ。同時に悪霊の気配も消える。
 真衣がフェイトの姿を見つけて安堵したように頽れた。それを反射的に抱き留めて。
「神無月!!」
 フェイトは真衣の体を揺すったが真衣の反応はなく、完全に力も抜けていた。
「ふざけるな! 弁当作ってくれるんじゃなかったのか!?」
 怒鳴りつけたが真衣が応えることはなかった。







 ゆっくりと目を開けた。白い天井。ここは一体。自分はどうなったのか。記憶を反芻し真衣は布団の重さに視線をそちらへ向けた。
「フェイトさん?」
 そこには布団に突っ伏すフェイトがいた。
 腕に繋がる点滴の管。心電図。枕元に置かれたナースコールのボタン。周囲を見渡す限りここは病院らしい。フェイトが自分を運んできてくれたのだろうか。とりあえず、自分は生きているらしい。
 そっとフェイトの柔らかそうな髪に触れるとフェイトが顔をあげた。
「気が付いたのか…」
「あの、私…」
 思ったよりうまく喋れなかった。いろんな感情が胸に渦を巻く。何から話せばいいのか。
「無茶して」
 フェイトが優しい目で呆れたような、怒ってるような、ホッとしたようなそんな声で言った。
「すみません」
 すんなりと言葉が出た。
「よかった」
 優しい彼の笑みに真衣はホッとする。
「フェイトさんが運んでくれたんですか?」
「ああ」
 どうやって地下道からここまで彼は自分を運んだのだろう。
「そ、それって…っ!」
 も、もしかして姫抱っこ。
「神無月? 顔が赤いな。熱が?」
「ふあああ〜〜!!」
「ど、どうした?」
 真衣の悲鳴にフェイトが動揺する。
 真衣は、何で全然覚えていないのよ、と内心で大絶叫しながら応えた。
「な、何でもありません。だ、大丈夫です!」






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