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<東京怪談ノベル(シングル)>


―夢の裏側・6―

「やほー、久しぶりね。あれから彼とはどうよ?」
「そっ、そんな事より……今まで何処に居たんです? 探していたんですよ?」
 ヒラヒラと手を振りながら笑う『帽子の女』に対し、目を丸くしながら漸く質問するのは、みなもである。そして傍らの雫は暫し状況が把握しきれず、呆然とするしか無かった。
「例の事件の後ね、あのハッカーが逮捕されたって情報が流れたけど、あれウソだよ。奴はまだ巧みに身を隠しながら、攻撃の機会を覗ってるよ」
「攻撃の……機会?」
「そ。この『魔界の楽園』を破壊して、無かった事にする為にね」
 なッ……!? と、みなもは更に驚愕した顔になる。肯定論者が居れば否定論者も居ると云うのはどの事例に於いてもある事だが、破壊してまで……と云うのは些か度が過ぎていると思えたからだ。
「で、私はそれを追跡しながら中央……此処のオフィシャルに逐次状況を知らせてたんだけど、私の存在そのものがトップシークレット扱いでしょ? だから他の開発陣に見付からないよう追跡行動を禁止された上、動けないようにプロテクトを掛けられてたの。けど、所謂『武闘派』が動いて、私を開放してくれたって訳よ」
「……何と云う……」
 彼女が姿を見せなかった理由は分かった。だが、その開放理由を聞いて、驚きを通り越して呆れてしまった、と云う訳である。そして漸く我に返った雫が、言葉を失ったみなもに代わり、『帽子の女』に対峙していた。
「鏡面世界も、乗り移りも出来ないあたしが、噂の貴女に会えるとは……やはりVRじゃなく、オカルトだったのね!」
「んー? あぁ、元々私は鏡面世界を案内するガイド役として作られた人工知能だからね。そう思われても仕方ないかな。でもね、それは間違いだよ。だって私はプログラムによって造られた存在、これは間違いないんだから」
「ありえない! もうVRの域を遥かに超えてるでしょ! ただの立体映像が、人間と対話するなんて……」
「私の姿がチャット用カメラでモニターされて、マイクから集められた音声データベースを基にして会話パターンを自動生成し、モニターされたシチュエーションに合わせて選択され、固有名詞も相手の声紋から判別できるとしたら?」
「……!!」
 更に驚くべき事に、ゲーム機が稼働状態で、且つ『魔界の楽園』が起動していれば、彼女は何処へでも姿を現す事が出来ると云う事が分かった。オマケに彼女の声が精密なサンプリング技術によって生成された人工音声である事も語られ、彼女の構造の種明かしが為された上、実は何処にでも姿を現せるのだという事実も明白になった。では何故、自由意思を持って行動できるのかと云う事と、その姿はどうやって映し出しているのかと云う点が疑問として残る訳だが、此処が所謂オーバーテクノロジーのブラックボックスなのだという。しかし、彼女は言い切った。決してオカルトでは無いよ、と。推測の域を出ないから断言はしないが、自由意思もプログラムによる行動パターンデータの蓄積で実現できるし、この姿も立体映像では無く、あなた方の意識を麻痺させて見せている『幻覚』なのだろう、と。
「まぁ……ぶっちゃけた話、私みたいなのがフワフワ出歩いてたら、皆ビックリしちゃうでしょ? だから『鏡面世界』という幻覚を見せてから姿を現すと云うのがルールになった訳。でも、みなもちゃんは私を最初から受け容れてくれたし、ゲームの外に姿を現しても驚かなかったから、遠慮は必要ないかな、と思って」
「いや、だって……普通は『鏡面世界』を見た時点でパニックになっちゃいますよ。だから『選別』が必要になったんでしょ?」
 ご名答! と、帽子の女はパチパチと拍手する。そう、常人の感覚では、鏡面世界に誘い込まれた時点でパニックを起こす。これは語らずとも分かる事だ。更に、幽霊の如き半透明の女性が目の前に現れたら、下手をすれば精神崩壊すら起こしかねない。だから超常現象に耐性のある人間の選別が必要であり、リアル世界から視線を離してゲームに没頭させ、更に『あたかもゲームの中に入り込んだ』という錯覚を起こさせる為に『鏡面世界』が必要になったのだ。
「じゃ、じゃあ……『乗り移り』は!?」
「あぁ、アレはゲーム画面からマイクロウェーブ波を発射して、ユーザーを催眠効果の中に落とす訳。で、その時点でユーザーは気絶状態になってしまい、肉体の制御が出来なくなるから、私が代わりに肉体を預かるの。脳に直接働き掛ける電気パルスを利用してね。そして……」
 肝心の『乗り移り』の正体は、催眠状態になったユーザーの意識パターンをプログラムがトレースし、ゲーム内にインプットして、戦ったり、他者と交流したりと云ったゲーム内での『疑似体験』をインプットした記憶データに上書きして、ログアウトの際にユーザーの記憶に『上書き』すると云う仕組みらしい。先の長期幽閉事件は意識パターン誘導システムが誤動作した結果、眠る直前のユーザーに『電源をオフにした』という幻覚を見せ、ハードウェアを起動させたまま睡眠状態にして意識パターンを強引に取り込んでしまったと云うのが真相、という事だった。
「でも、これだけのシステムを実現する時点で、既にオーバーテクノロジーなんだよ。だから、この事実は一般人には伏せられ、一部のユーザーにだけ『コッソリ見せる』形になったの」
 そして、その為にアーケード版で『乗り移り』をするユーザー向けには、普通の3Dゲームに擬態した画面を表示させつつ、本人には幻覚を見せているという事であった。尤も、ダウンロード版ではコストが掛かり過ぎるから、そんな面倒なシステムはオミットしてるけどね、と彼女は付け加えた。
「……此処まで説明させておいて、今更だけど……と云う事は、貴女は一人では無い、と?」
「そうね。私に自覚は無いけれど、恐らく幾千・幾万の『私』が点在してると思うわね。だって、一人であちこちのユーザーをサポートしてられないもの」
 フッと苦笑いを浮かべながら、彼女は雫の言を肯定した。傍らのみなもも、尤もだと頷いている。しかし、成る程。そういうカラクリであるなら、リアルとヴァーチャルがごちゃ混ぜになっている今の状況にも説明が付くし、戦闘中に怪我をしても本物の肉体が無傷な事だって納得がいく。
 そして、オカルトだと思われた『乗り移り』が、このようなカラクリで造られたテクノロジーの塊であるなら、当然開発陣の中にも肯定派と否定派が生まれ、機密も発生するだろう。先日のハッカーにしても、そうした中の極端な自意識を持った開発者の一人に過ぎないんだと思えば、怖さも半減する。無論、何をしでかすか分からないという類の恐怖は残るが。
「で、結局、流れのプログラマーって誰だったんでしょうね?」
「さぁ? この世界、フッと現われてフッと消える人が多いからね。良くある事なんだよ」
 でも、彼の発想のお蔭で自分は生まれ、こうして談笑できるのだと、彼女は自覚していた。自分の生みの親の正体が分からないと云う事実は悲しさを誘うが、深追いしない方が良い事もある。彼女はそれを、充分に理解していた。

「何だかんだで、すったもんだしたけど……それも片が付いて、もうすぐ本稼働になるよ。これからも宜しくね!」
 そう言って彼女が帽子の鍔をピン! と跳ねると、そこには慈愛に満ちた、暖かな笑顔があったという。

<了>