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<東京怪談ノベル(シングル)>


強かな彼女は二文字を知らない(1)
 暖かな春の日差しが、女へと降り注いでいる。
 美しい体のラインを強調するスーツを身にまとった、いかにも仕事中といった出で立ちの彼女、水嶋・琴美は、黒く伸びた艶やかな髪を風に遊ばせながら道を歩いていた。
 タイトなミニスカートから覗く脚は美しく、人々の視線をさらう。その視線に気付いているのか、いないのか。彼女は振り向く事すらなく、ただじっと前を見つめている。毅然とした自信に溢れるその表情が、よりいっそう彼女の魅力を高めていた。
 仕事の所用を終えた琴美は、まっすぐと自身が普段勤めている商社へと向かって行く。
 けれど、その足を止める音が不意に彼女の耳へと届いた。慣れた手つきで、彼女は音の出処である通信機を操作する。
『水嶋くん』聞き慣れた声が、通信機越しに琴美の名を呼んだ。
 低く落ち着いたその男性の声は、琴美の返事も待たずに言葉を続ける。
『緊急の任務だ』
「わかりましたわ。司令、詳細を」
 声の主、司令に彼女は頷いた。
 普段は今のように普通の仕事をテキパキとこなしている琴美だが、その仕事はあくまでも彼女の表の顔に過ぎない。
 本来の彼女は、暗殺や情報収集、魑魅魍魎のせん滅等を担う自衛隊、特務統合機動課の一員であった。
 中でも飛び抜けて実力を持っている琴美に、こうやって緊急の任務が回ってくる事は少なくない。故に、彼女は冷静さを崩す事なく落ち着いた様子で話を促す。
 司令は、ゆっくりと今回の任務について語り始めた。
 任務内容は敵のせん滅。そして、そのせん滅対象とは――
「――武装団、でして?」
 司令がこぼした言葉に、彼女は訝しげに眉を寄せた。
 それもそのはず。本来なら、その程度の敵など琴美の領分ではない。
『君に頼む程の任務ではないとはわかっている。だが……』
 司令は、何やら思いあぐねているようだ。どうにも歯切れが悪い。
 普段は落ち着いている司令らしくないその態度に、琴美はその形の良い唇から一つ息を吐いた。
「何か事情がおありのようですわね」
『ああ。一見どこにでもいそうな武装団なのだが、どうにも裏がありそうなのだよ』
「了解いたしましたわ」
 あの司令にさえ、詳細が分からないとは……。今回の相手、どうやら一筋縄ではいかなそうだ。
 しかし、顔を上げまっすぐ前を向いた琴美の瞳に、迷いや憂いは全くない。
 あるのは、決意と自信だ。どんな相手であろうとも、自分は必ず任務を成功させてみせる。その思いを胸に、彼女は目的地の方を睨み据えた。

 ◆

 琴美は、星一つない夜のような黒く輝く瞳で眼前の建物を見やる。
 彼女の視線の先にあるのは、武装団が立てこもっている施設だ。
(おかしいですわね)
 違和感に、彼女は耳を研ぎ澄ませる。
 静か、だった。あまりにも……静かすぎる。
 人の気配というものを、感じられない。本当に、この施設に件の者達はいるのだろうか。そんな疑念さえ湧いてくる程、辺りはしんと静まりかえっていた。
 琴美は慎重に辺りへと注意を配りながら、施設へと足を踏み入れる。
 瞬間――銃撃音が辺りを支配した。
 室内を壊さんばかりの、音、音、音。銃弾と共に、無遠慮にばらまかれる銃声。
 武装団が、侵入者……琴美に一斉に攻撃を仕掛けたのだ。
 ようやく銃弾の雨がやんだ時、そこに、琴美の姿はなかった。
「挨拶もなしに、随分と忙しない方達ですわね」
 とある武装団の一人の背後から、その声はした。
 透きとおった、凛とした女の声。
 鮮血が舞う。琴美のナイフが、敵の体を切り裂き赤い花を咲かせた。
 琴美は、先程の攻撃を全て避け、彼らの後ろへと回りこんでいたのだ。
 常人離れしている彼女の実力を見せつけられても、武装団は動揺する事もなく次の一撃を構える。再び、琴美に襲いかかる銃弾。しかし、響くのは琴美の悲鳴ではなくナイフが銃弾を弾く甲高い音だけだ。
 琴美の反撃。彼女のしなやかな足が、近場にいた者達を絡めとるように蹴り飛ばす。そして息をつく間もない内に、女は跳躍。敵の反撃を華麗に危なげなく避けてみせた。
 無駄のない動作で、彼女は次のターゲットへと狙いを定める。手近にいた一人の体を、そのしなやかな腕が捕えた。そのまま流れるように背負い投げられた武装団の一人は、勢い良く床へと叩きつけられる。
 しかし、不気味な事に武装団は悲鳴一つあげる事すらない。
(随分と、静かな方達ですこと)
 何ものんきなお喋りを期待していたわけではないが、それにしたって彼らの持つ雰囲気は……。
(異様、ですわね)
 口数が少ないというよりも、言葉を発するという事自体を忘れてしまったかのようだ。
 寡黙な武装団は、その分動きに無駄がない。怯む事も油断する事もなく、琴美へと襲い掛かってくる。
「けれども……」
 武装団の一人が、琴美の蹴りをまともにくらい吹っ飛んだ。壁へと強く背をぶつけた彼は、床へと倒れ伏し沈黙を永遠へと変える。
「わたくしには関係ありませんわ」
 どんな相手であれ、自分の実力を信じ、倒せばいいだけだ。
 確かに、今回の相手である武装団は普通の武装団とは少し違う。その実力も、持っている武装も、段違いのものだ。しかし、それでも琴美にはまだ届かない。
 彼女は微笑む。畏怖すらも覚える程に、美しい仕草で。
 敗北の文字を知らぬ強かな女は、そうして再び武器を構えた。