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<東京怪談ノベル(シングル)>


新たなる戦いの中へ


 奇怪、としか言いようのない巨大な石像が、闇の中に整然と並んでいる。
 その闇の中で、無数のマズルフラッシュが閃き続ける。
 石像たちが見下ろす通路の真ん中で、2人の男は殺し合っていた。
 1人は、すらりと引き締まった身体を黒いスーツに包んだ、日本人の青年。童顔で、下手をすると高校生にも見えてしまう。
 相手を見据える両の瞳は、淡い緑色の輝きを発していた。
 左右の手にそれぞれ握られた拳銃が、間断なく火を噴きながらも銃撃の方向を逸らされ、眼前の標的を仕留められずにいる。
 もう1人は、いくらか年上の男であった。
 サングラスとロングコートが、いささか怪しげな感じに似合っている。
 コートの下には、プロテクター状の防具を着用しているようだ。
 右手にはリボルバー拳銃、左手にはコンバットナイフ。
 2つの得物で、相手の2丁拳銃を打ち弾き、銃撃の方向を逸らせながら、その男は言った。
「随分と派手にやってくれたな、フェイト……」
「派手になっちゃったんですよ。文句は虚無の境界の連中に言って下さい」
 アリゾナ州グランド・キャニオン大峡谷に、地震によって突如出現した神殿型ピラミッド。
 その内部通路でフェイトは今、上司の襲撃を受けているところであった。
「俺はただ、護衛の任務を遂行しただけですよ。犬の散歩中だろうがいつだろうが、あいつらは襲って来るんです。穏便に帰ってもらう事なんて出来ません、どうやったって派手になりますから!」
「わかっている……お前に落ち度がある、と言っているわけではないんだ」
 フェイトがぶっ放した拳銃を、上司がナイフで殴打する。銃口が、あらぬ方向に火を噴いた。
 その時には、リボルバーがフェイトに向けられている。
「ただ、な……今はまだ、お前にはあまり派手な事をして欲しくない」
「病み上がりだから、ですか?」
 引き金を引かれる寸前。フェイトはもう片方の拳銃を鈍器のように振るい、そのリボルバーを打ち払った。
「あんたなら、今の俺がどういう状態なのかはご存じでしょう。確かに心身共に健康とは言い難いですけどね、こうやってディテクターさんを相手にやり合う事くらいは出来ます。お気遣いは無用ですよ」
「魂が根付いている最中、か……確かにそれも気になるが、俺が言っているのはその事ではないんだ」
 フェイトは、喉元の辺りに冷たいものを感じた。とっさに、身を反らせた。
 上司……ディテクターのナイフが、顎の辺りをかすめるように一閃していた。
「お前があまり大暴れをすると、奴らが気付いてしまう。お前という存在を、知られてしまう」
「わけわかんない事を……!」
 ナイフをかわしながら、フェイトは引き金を引いた。
 同時に。ディテクターのリボルバー拳銃が、こちらに向かって火を噴いていた。
 フェイトは吹っ飛んだ。ディテクターも、吹っ飛んでいた。
「うぐっ……!」
 床に倒れ込み、どうにか受け身を取りながら、フェイトは起き上がった。そして拳銃を構える。
 否、拳銃などない。最初から、持っていなかった。
 見回してみる。
 奇怪な石像が立ち並ぶピラミッド内……ではなく、IO2日本支部の戦闘実技練成場であった。
「サイコネクション……だったか。お前の能力、やはり大したものだ」
 少し離れた所で、ディテクターが身を起こしている。
「限りなく実戦に近いイメージトレーニングが出来る。重宝なものだ。これからも度々、付き合ってもらうぞ」
「俺……今日は、休みなんですけどね」
「何か予定でもあるのか?」
「……ありません」
 任務のない日は、する事がない。
 アメリカでも日本でも自分は同じだ、とフェイトは思った。
 今日も漫然と筋力トレーニングをこなしていたところ、ディテクターに呼び出され、戦闘訓練に付き合わされたのだ。
「……まあ、それはいいんですけどね。それよりディテクターさん、思わせぶりな事言いっぱなしってのは勘弁ですよ。俺の存在を知られたら困る相手ってのは一体、誰なんですか」
「お前をな、御本尊として崇め奉っている連中がいるのさ」
 意味不明な冗談を言いながら、ディテクターが背を向けた。
「いずれわかる。仕事がなくて、やきもきしているようだが……安心しろ。そいつらがお前を、嫌でも忙しくしてくれる」
「ちょっと、待って下さいよ……」
 結局、思わせぶりな事を言いっぱなしで立ち去ろうとするディテクターを、フェイトは追おうとした。
 何かが、飛んで来た。
 ディテクターが背を向けたまま、さながら忍者の手裏剣の如く投げてよこしたもの。
 それをフェイトは、パシッと受け取った。
 カード、と言うより名刺であろうか。
「そこの店主から、依頼が来ている」
 歩み去りながら振り向きもせず,ディテクターは言った。
「依頼の内容までは知らんが、あの女が簡単な仕事を投げてくるわけはない。とりあえず、それを片付けて見せろ」
「このお店……」
 フェイトは名刺を見つめた。
 店の名前も,店主の名前も,懐かしい。
 アメリカへ行く前,工藤勇太であった頃に、いくらか縁を持った事がある。
「ここ……まだ、やってたんだ……」


 古代中国の玉彫工芸品、と思われる置物である。
 祭壇のような横長の台座の上で,2匹の竜が向かい合っている。
 つい先日まで,右側の竜が失われている状態であったらしい。
「びっくりしたよ。まさか、あの坊やが……IO2エージェントなんてね」
 このアンティーク・ショップの女店主が、2匹の竜を撫でながら感心している。
「いい仕事してくれたよ……アメリカへ行くなんて聞いた時には、どうなる事かと思ったけど」
「あいつがアメリカにいる間、虚無の境界の方でも色々とあってな」
 ディテクターは言った。
「真っ二つに,割れようとしている……その片方が,フェイトの身柄を狙っているのさ」
 正確には,今はまだ工藤勇太の研究実験データを血眼になって探し求めている段階だ。
 だがいずれ、フェイト本人の身柄を狙うようになるだろう。
「難儀な目に遭ってばっかりだね,あの子も」
 女店主が、溜め息をついた。
「あたしがしてあげられる事なんて,何にもないんだろうけど」
「俺にもない。あいつに何かしてやれる奴なんて,誰もいない」
 無論,フェイトにも仲間はいる。
 だが最後の最後で、自身を取り巻く難儀な状況を切り抜けるためには、自分自身の力を振り絞らなければならない。
 それは,フェイトに限った話ではなかった。