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<東京怪談ノベル(シングル)>


強かな彼女は二文字を知らない(2)
 古びた施設。そこを舞台代わりにし舞うのは、場違いな程に美しい女だ。
 その背中に羽でもはえているかと思うほど自由に、彼女は戦場を駆ける。琴美のナイフが、一人また一人と敵の命を刈り取っていった。
 相手は相変わらず無口であった。装備も、本来なら出回っていないようなものを持っている。明らかに、ただの武装団ではない。
 琴美は戦いながらも、彼らの正体について考えていた。どのような男でも虜にしてしまいそうな黒真珠の如く輝く黒い瞳で、彼らの事を射抜く。どんな些細な手がかりであろうとも、見過ごさないように。
 武装団といっても、金銭や何かを奪取した形跡はなかった。彼らの目的は、恐らく別にあるのだろう。その目的とはいったい……。聡明な琴美は、戦いながらも思考を巡らせる。
 繰り出される彼女の拳に、また一人、敵が倒れ伏していった。
 次いで、タイトなミニスカートから覗く扇情的な足が、近くにいた者の体へと叩き込まれる。悲鳴をあげる事なく倒れた武装団に目をやる事もなく、彼女は次の攻撃に備えた。見事な格闘術とナイフさばきで、敵を翻弄していく。
 武装団の反撃も鋭い。瞬時に近接武器に持ち替えた者が、琴美へと斬りかかる。
 危なげなくその一撃をナイフで受け止めた琴美だが、その力強さに目を見張った。
(重い……普通の人間では、ありえない程に)
 胸の奥から沸き上がる嫌な予感に、彼女は整った眉をしかめた。
 しかれども、戦況は変わらない。琴美の前では、異常な力と武器を持った武装団であろうとも倒れ伏すしかない。数多くいた武装団も、残り僅かになっていた。
 人の動きには、何かしら感情というものが乗る。戦闘中、琴美が敵から感じる感情は怒りや恐怖、或いは美しすぎる琴美を前にした戸惑いが多かった。
 しかし、今対峙している彼らの動きからは、それらの類は一切感じない。
 何も、ない。ただ黙々と、体を動かしているだけだ。彼らはロボットのように無機質で冷たく、それ故動きに迷いがなかった。
 しかし、生への執着すらない彼らの動きに、琴美は危うさと寂しさを感じる。傷を負っても怯む事なく向かってくる彼ら。痛ましさに、優しい琴美の心はちりりと痛んだ。
 けれども、だからといって琴美が手を抜く事はない。哀れみを感じるからこそ、せめて少しでも早くこの悲惨な宴が終わるよう彼女は全力を尽くす。
 機械のようでありながらも、彼らの事を切り裂いた刃先から伝わってくる感触は肉のそれなのでたちが悪い。
 すでに体は限界を超えているだろうに、武装団は何度でも立ち上がりこちらに向かってこようとする。琴美は寂しげに笑い、彼らに告げた。
「そろそろ、終わりにいたしましょう」
 ずん、と彼女の周囲の空気が重くなる。琴美の手により、フィールドが展開されたのだ。その範囲内の重力は、もはや彼女の思うがままであった。
 重力に囚われた彼らの動きが鈍る。そこに撃ちこまれる、重力弾。
 その攻撃に命を喰らわれた彼らは倒れ、二度と立ち上がってくる事はなかった。

 ◆

 任務を終えた琴美は、乱れかけた髪を整える。その仕草すらも人を誘うように美麗で、彼女に近づこうとしていた一つの影は息を呑んだ。
 その音に、琴美は振り返る。そして、立っていた者が見知った相手である事を確認すると、絵画の如き美しき笑みを浮かべた。
「今終わったところですわ。ナイスタイミングですわね」
「お疲れ様です。後の事は私達にお任せください」
 相手は、後始末の為にやってきた部下の一人だった。その後ろに衛生班の姿もあったが、彼らは琴美に挨拶をするだけで治療道具を取り出す素振りは見せない。
 あれ程の力を持つ者達を相手にしたというのに、琴美はその体に傷一つ負っていなかったからだ。部下は、思わず感嘆するように息を吐いた。
「さすが水嶋さんですね。しかし、何故水嶋さんにこの任務が……? 武装団の相手だなんて……」
 長く伸びた黒い髪が、揺れる。不思議そうな顔をしている部下に、琴美は首を横に振ってみせた。
「いえ、彼らは普通の武装団ではありませんわ」
「え?」
 感情の感じない瞳に、不明瞭な目的。
 それに……人間の限界を、はるかに超えていたあの力。
「彼らは恐らく――」
 物言わぬ死体を見下ろし、黒の髪の女は告げる。複雑げに、目を細めながら。
「――強化人間、ですわね」