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<東京怪談ノベル(シングル)>


風に潜む色は、鮮やかな緑
「書類は堅苦しくって、何度してもやっぱり肩が凝りますね」
 水嶋・琴美(8036)は、パソコンの電源を切り、うーんと背を伸ばす。
 琴美の体重を支えた背もたれが、ギシっと音を立てる。
 昨夜、その圧倒的な力を以ってとあるテロ組織の黒幕を暗殺し、壊滅させたばかりの琴美。
 同一人物と思えない程、毒気がない。

「まあ、本部まで行かなくてすむのは助かりますけど……」

 暗殺から魑魅魍魎の掃討まで行う特務統合機動課の存在は、自衛隊の中でも特殊だ。
 存在がシークレットであるが故、一般自衛官のように本部や防衛省に出向く事は、非常にマレである。
 行動中は会話を記録できる録音機を携帯している事も多く、報告など殆どお飾りでリアルタイムのTV会議かメールで済む。
 作戦が完了してしまえばターゲットは、過去の遺物でしかない。
 それでも報告は、作戦参加者が己の行動を再確認する場として慣例的に必要とされていたが、
 任務を離れれば琴美も何処にでもいる今時の女の子だ。

「折角のお休みです。何をしましょう?」


 ***


 ──とはいうものの、急な休みに付き合ってくれる友人と言うのは中々居ないものである。
 それに”もしも”の電話があった時の為、行動はなるべく都内に出やすい首都圏である。
 必然的に一人の方が気楽である。

 世間は、春である。
 楽しげに歩くカップルを微笑ましく見る琴美。
 人知れず琴美が守っているのは、こういう小さな幸せである。

「勘違いされては困ります。私は、自分のペースで楽しむ為に一人なんですよ」

 下心見え見えの、琴美を軟派してきたチャラ男の腕にねじ上げながら、にっこりと女神の微笑みで答える琴美。
 このような不心得者が出てくるのも平和な印ではあるが、
 折角素敵なカフェでお茶を楽しみ、新しいワンピースを手に入れて上がった気持ちも急下降である。

「時間も時間ですし、このモヤモヤ解消は、やはりトレーニングですか。
 そして最後に大きなお風呂でのんびりしてマッサージ。
 このフルコースが、一番ですね」

 このままスポーツクラブで汗を流すか、それともボクシングジムで想いっきりサンドバッグを叩くか思案する琴美。

「ああ、そうです。今日は、太田一佐がトレーニング場においでになる筈です」
 ぽん、と手を叩く琴美。
 同じ班になる事は少ないが、特務統合機動課の同僚 太田は琴美と異なる戦闘スタイルの武闘派である。
「太田一佐にお手合わせいただきましょう」


 ***


 琴美が予想したとおり、太田はトレーニング場で汗を流していた。

「手合わせ? 勿論、それは構わんが」
「お願いできませんでしょうか?
 先日の任務で一佐と同じ位の体型の敵がいましたので」
「川嶋の程の技量があっても体重差は、如何しがたいか」
「はい」

 太田は、琴美より頭2つ大きく横幅も厚み、体重も倍近い。
 複数の敵を相手にする場合、一撃で倒せなかった場合、後々に影響する可能性もある。
 それに体は、怠ければ怠けるだけ能力が低下する。
 どんなジャンルでも一流と言われる者程、日々のトレーニングを大事にする。
 琴美が他を圧倒する能力をキープしているのも、そのトレーニングの賜物である。
「身体を動かさないと気持ち悪いのもありますが、動かさないと女性ですので太ってしまいます」
 男と違い、子を生む為、身体に脂肪を溜め込むようにできている。
 その為、琴美の身体も重い筋肉の鎧を纏うことなく人が羨むセクシーな日本人離れしたボディサイズを保っていた。
 若い隊員ならば女と言うだけで手加減しようとするが、ベテランの太田には関係ない。
 逆にこれ位の毒気を抜く逆セクハラは構わないだろう。
 敵との会話は、相手の気を逸らす為に時には必要となる。
 圧倒的な戦闘力を持ち、一瞬で敵を倒してしまう琴美はその機会に遭遇する事がなかなかないが、強い太田相手に練習してもいいだろう。


 ***


 琴美が太田と向き合い、礼をする。
 いよいよ訓練開始である。
 琴美がナイフ、太田が150cm位の棒を構える。
(こうやって棒を構えているのをみると太田一佐って山伏みたいですね)
 腕の長さと武器の長さで太田が優位である。
(どうやって接近しましょう?)
 普通、大柄の者や長物の武器ならば琴美の機動性を持って一気に懐に飛び込み急所を突く事ができる。
 だが太田は棒術に長けており、自在な棒捌きで死角をカバーしている。
 銃に頼る敵が多い中、任務では遭遇する事が少ないタイプである。
 通常は先に仕掛ける琴美であるが、じっくり太田の動きを観察する琴美。

(突いて良し、薙いで良し、叩いて良し、引いて良し……厄介ですね)
「水嶋、来んならこちらから行くぞ!」
「お先にどうぞ」

 振り回される棒を飛んで避ける琴美。
(それに、この体型なのに鋭く素早い)
 どこかワクワクとする琴美。

 特殊コーティングをされているナイフではあるが、圧縮された棒をまともに受ければ刃こぼれするだろう。
 時には手で払い、柔軟な上半身を使って、太田との間合いを詰める琴美。
 太田の弱点は、その巨体故の足である。
 だが、足払いを狙っていると判れば頭上から棒が叩きつけられるだろう。
(狙い所がばれないようにしなくてはいけませんね)
 棒を振り回す腕を狙っているように見せながら更に接近する琴美。
 万が一、刃先が当たって血が出れば太田も気を逸らすかもしれない。
 だが本命は、あくまでも足である。
(今です!)

 一撃必中──。
 風の力で太田の足を拘束し、身体を沈ませた琴美は素早く重い回し蹴りを足に放った。
 大きな音を立て、太田が横転した。
 太田の上にのしかかり、ナイフを高く翳す琴美。
 太田の喉に向かって振り下ろされた琴美のナイフが──

 ──ぴたりと止まった。
「どうした? 止めを刺さんと反撃を食らうぞ」
「どうやら休暇は、終ったようですので」
 琴美の視線の先にある小さなポーチの中でスマートフォンが震えていた──。


 ***


 トレーニングウェアから戦闘服に着替えた琴美。
 首から全身を黒のラバースーツが包む。
 ピッタリとしたスーツが、琴美の肉感的で魅力的なボディラインを浮き出させる。
 豊かな蜜を湛えた桃のような乳、小ぶりだがしっかりとした弾力があるハリのある尻。
 スーツと共に着用している同色のミニのプリーツスカートが、殺伐とした戦闘服に女性らしさを象徴していた。
 琴美の新しい任務は、とある企業の非合法アンドロイド開発阻止である。

 膝下までの編み上げロングブーツを履いている琴美に、太田が声をかけた。
「油断するなよ」
「はい。ありがとうございます」
 前回のホテルとは違う最新鋭の防衛システムに守られた要塞のような場所だ。
 それに攻撃を得意とするテロリストとは違い、守る為に訓練された警備員も多数いるだろう。
「気をつけて行ってこい」
 続きをしようと太田が言った。
「はい、行ってきます」
 戻ったらまた続きをしましょうと琴美も答えた。

 短く太田に頭を下げると迎えの車に乗り込む琴美。
 さあ、仕事の時間だ──






 了