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<東京怪談ノベル(シングル)>


―幻想の蒼き獅子(解決編)―

「さぁ、知らないねぇ」
 サーカスの団員は、眼前の男が見せている写真を一瞥し、さも面倒臭そうに吐き捨てた。
「おっかしいなぁ、確かに此処でこの子を見た、ってタレ込みがあったんだけど」
 男は惚けた風に答えるが、『嘘を吐け、嬢ちゃんが此処に居る事は把握済みなんだよ』という、確固たる自信を持っていた。男の名は、草間武彦。私立探偵である。
「さぁ、客じゃないなら帰ってくれ! こっちは忙しいんだ」
「そういう態度は良くないねぇ、もしかしたら俺だって客になるかも知れないだろ?」
 バチッ! と視線上で火花を散らし、不敵な笑みを残して草間は去っていく。今はスタッフが目まぐるしく動いている、だから潜入は難しい。狙うは開演中、しかもターゲットが舞台裏に下げられた時だ……と計算していた。敢えてスタッフに顔を見せたのは、ターゲット……行方不明と云う扱いになっている少女・海原みなもの捜索が大規模に行われているという事をアピールし、スタッフを動揺させる為だ。
(青いライオンなんて、見間違える筈がないからな。隙を見て連れ出せば、後は何とでもなる)
 草間は自信たっぷりに開園時刻の迫ったサーカステントを睨み、『待ってろよ、嬢ちゃん』と呟くのだった。

***

 今日はうまく出来た……だから叩かれなくて済む。叩かれると痛い、火に触っても熱くて痛い。痛くないのは、うまく出来た時だけ。だから、頑張るしかない。明日も、その次の日もずっと……
「……よーし、誰もいねぇな……何処だ、嬢ちゃん」
 あれっ? 今日は叩かれずに済む筈なのに、なんで人の声がするの? ああっ、こっちに歩いて来る……おしおきは嫌、痛いのは嫌い……あら? いつもの人と違う……この人は誰?
「怖がらなくて良い、ここから逃げるんだ」
 逃げる? そんな事をしたら大変……それに、この檻はとても丈夫なの。男の人の力でも壊せないの。扉を開けられるのは、あの人だけ……えっ!? どうして扉が開くの!? この人、何なの……?
「声を出すなよ、ただでさえ目立つんだ。こっちだ、こっち……よしよし、いい子だ」
 ……逃げていいの? でも、逃げてどうするの? あたしはライオン。外に出たら捕まって、殺されてしまう。殺されないのは、ここで芸をして、お客が喜ぶとお金がたくさん手に入るから。だからあたしは生きていられるの。なのに……何故?
 この人は、あたしを何処へ連れて行こうとしているの……?

***

 気が付くと、あたしは見覚えのある部屋で寝ていた。
 どうして此処で寝ているのか、それは分からない。確かあたしは、演劇部の帰りにチラシを見付けて、それに導かれて……
 そうだ、あたしはサーカスのお手伝いをしに行って、そこで意識を失ったんだ……
「おっ、目が覚めたか」
「……草間さん?」
 思い出せない。確か、着ぐるみの中に入ったら体が熱くなって……それからどうなったのか、覚えていない。
「苦労したぜ、完全に『取り込まれて』いやがったからな。まさか解除の手掛かりが、手首にあるとは思わなかった」
「解除……? あたし、どうなってたんですか?」
「覚えていないのか……完璧なマインドコントロールだ、人間の姿になった時にも脱走できなくて当然だな」
 そう言って、草間は主を失った着ぐるみを指差す。それは鮮やかな青さが際立つ、不思議なライオンの毛皮だった。聞けば、あれを身に着けると完全に意識をコントロールされ、毛皮がそのまま外皮となってしまうのだという。だが、そのような仕掛けが発動するなら、それを停止させる手段が何処かにある筈。先程の『解除』とはそういう意味だったのだ。この着ぐるみの場合、最後に手首までを覆う前脚の部分を装着した時点で、ロックが掛かる仕掛けになっていたらしい。だが、自らの手でそれを外す事は出来ないが、第三者が外から手首の部分を外せばロックは解除されるようだ。
「あたし、どのぐらいあの中に入っていたんですか?」
「最後に連絡が途絶えてから、二週間経過している。警察にも捜索願が出ていたし、街中にお前さんの顔写真入りポスターが貼られているぜ」
 草間は更に、『そういう訳なんで、サクッと家に帰してやりたかったんだが、あんな強力な呪いが解けた直後だからな、何が起こるか分からねぇ。だから意識が戻るまでは此処で保護する事にしてたのさ』と付け加え、『尤も? 着ぐるみを脱がせてから2日も目が覚めないとは思わなかったがな』と結んで苦笑いを浮かべた。
 二週間……それだけ行方を晦ませていたら、普通なら大騒ぎになっている筈。だが草間が色々と手を回し、大事にならぬよう手筈を整えていてくれたようだ。そしてみなもは、何事も無かったかのように元の生活に戻って行った。

***

「それ、どうするんですか?」
「おっかねぇシロモノだからな、呪いを完全に解いてから焼却する」
「綺麗なんですけどねぇ」
「またライオンになりてぇか?」
 ……流石にそれは御免被りたい。みなもはそう思っていた。だが、流石の草間も呪いを消し去る方法を見付けるのに手間取っているようで、その着ぐるみは暫く草間興信所の事務室に安置されていた。
 そうして数日が経過し、みなもは何時ものように学校に通い、普通に日々を過ごしていた。のだが……
「あれっ? 何でこんな処に……?」
 学校から帰ったみなもは、自室にあの着ぐるみを見付けていた。怪訝に思い、即座に草間に連絡を取って、回収して貰った。しかしその後も、学校帰りの路地裏やガード下、学校の廊下の隅にそれが置かれていた事もあった。
(何なの……? あたしが追われている? この着ぐるみに!?)
 何時も、気が付くとそこに在る……そんな不思議な着ぐるみに、みなもは恐怖を覚えるようになった。そしてその度に草間に相談するのだが、彼の手によって金庫に入れておいても何故か忽然と消えており、みなもからの連絡で在り処を知って回収しに行く……それの繰り返しとなっていた。
「いいか、何処でコレを見付けても絶対に触るなよ。コレはどうやら、宿り主の事を覚える性質を持ってるみたいなんだ」
 つまり、今の時点ではみなもが『宿り主』であり、他の者が手を触れても何も起こらない。しかし、みなもが手を触れれば、その時点で融合が始まり、彼女は再び蒼き獅子となってしまう。
 無論、その都度救出する事は可能である。だが、万が一それに取り込まれたままサーカスが移転したりすれば、助け出す事は困難になってしまう。だから絶対に手を触れるなと、草間は何度も繰り返し、みなもに言って聞かせた。

***

 その日は雨が降っていた。学校からの帰り道、みなもは傘を差しながら何時もの通学路を通り、自宅に向かっていた。
(……何故、アナタはそこに居るの? 魂が抜けてしまって、寂しいの?)
 道路脇の小さな空地。そこに、蒼き獅子の抜け殻は鎮座していた。
(アナタの、本当の魂は何処にあるの……? そう、遠い処に行ってしまったのね……? だから、新しい魂が欲しいのね……)
 フラフラと、魅入られたように……彼女は蒼き獅子の抜け殻に近付いて行く。手を触れることは禁じられている、しかし体が言う事をきかない……

 その日を最後に、みなもは姿を消してしまった。
 そして次第に、誰も彼女の事を思い出す事は無くなっていった。彼女はこの空の下の何処かに居る、それなのに……

<了>