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<東京怪談ノベル(シングル)>


強かな彼女は二文字を知らない(4)
 水たまりにぽたりと一粒の雨粒が落ちるかのように、司令の声が静まり返った司令室に落とされる。
「水嶋くん」
 彼の低く落ち着いた声が呼ぶのは、琴美の名だ。琴美の胸の内で波紋のように期待が広がっていくのを、彼女は感じる。何故なら、次に司令の口が紡ぐ言葉には今までの経験から予想がついたからだ。
「任務だ」
 任務。特務統合機動課の琴美にとって、これほど心踊らせる言葉はない。
「ええ」
 故に彼女は、迷う事もなく頷く。彼女は冷静に佇みながら、彼の言葉の続きを待った。
「先日の武装団の件は覚えているね? あの時はご苦労だった。君のおかげで、裏にあるのがあの新興企業だという時が分かった」
 司令からの褒め言葉に、「いえ、私は私のすべき事をしたまでですわ」と琴美は返す。
 人ならざる力を人為的に与えられた武装団は強く、彼らを監視していたチームも優秀だった。琴美でなければ、きっと先日の任務を成功させる事は難しかった事だろう。
 少ない情報の中から違和感を感じ取り、琴美にこの任務をあてがった司令の采配こそ礼賛すべき事だ、と琴美は眼前に座る上司への敬意を深めた。
「あれから調べてみたのだが、件の企業では非合法の人体実験、及び人体兵器の開発が行われている事が判明した」
 司令が口にした言葉に、琴美のはその整った眉を少しだけ不愉快げに寄せた。彼らが人体実験を行っているという琴美の予測は当たっていたが、むしろそれは外れていてほしかった事柄であった。今こうしている間にも、非人道的な研究が進められているのかと思うと、胸の奥がキリリと痛む。
 強くも優しい彼女の事を、司令はよく理解している。だからこそ、彼もまた悲痛げに顔をしかめていた。
「司令。でしたら、今日の任務というのは……」
 今宵の任務がどのような内容かは、もう予想がついている。話を促す彼女に司令は頷き、彼女が予想した通りの言葉を口にした。
「その新興企業の秘密研究所、及び研究者のせん滅だ」
 敵の本部へと乗り込むのだ。難しさは、先日の任務の比ではないだろう。
「危険な任務になる。……頼めるかね?」
 しかし、それは琴美にとって愚問であった。臆する事もなく彼女は笑みを浮かべ、頷く。
「必ずや、勝利を手に帰って参りますわ。安心してお待ちくださいませ、司令」

 ◆

 琴美が自室のワードローブから取り出したのは、黒色のラバースーツだ。
 上質な衣服が少しだけ名残惜しそうにしながらも、するりと彼女の肌の上を滑り落ちる。代わりに彼女の身を包み込むのは、先程取り出したラバースーツ。スーツはピタリと張り付くように琴美の体に寄り添い、彼女の魅力的なボディラインを浮き立たせる。慣れ親しんだスーツのひんやりとした心地よさに、琴美の緊張が和らいだ。
 次いで彼女が手にとったのは、礼儀正しい折り目のついたミニのプリーツスカートだ。慣れた手つきで琴美はそれを身につけていく。ラバースーツ、そして彼女の夜のような色をした髪や瞳と同じ黒色に染まったそれが、彼女の動きに合わせて揺れた。
 膝下までの編上げブーツが、彼女のしなやかな足を包み込む。曲がる事なくきっちりと結ばれた靴紐は、琴美のまっすぐな性格を表しているかのようだ。
 きめ細かく長い指を持つ琴美の手が、あるものに向かい伸ばされる。彼女が最後に手に取ったのは、鋭く尖った……ナイフ。琴美愛用のそれは何人もの敵を屠ってきたあまりにも物騒な代物であったけれど、不思議と女によく似合い、彼女の魔性のような美しさを引き立たせた。
 ワードローブを閉じる音が室内に響く。一度深呼吸をし、顔をあげた女の瞳には覚悟が宿っていた。戦場へと向かう、戦士の瞳だ。

 ブーツが床を叩く小気味の良い音を響かせながら、琴美は廊下を歩いて行く。まっすぐと、戦場へと向かう。
 彼女とすれ違った部下は思わず、ほおっと息を吐いた。琴美の横顔は凛々しく堂々としていて……そして、思わず見惚れてしまうほどに美しかった。