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<東京怪談・PCゲームノベル>


DIVE:02 -Tree of hope-

「一人、って言われたけど、せっかくだから皆で行こうよ。俺が守ってあげるから!」
 得意気にそう言ったのは、勇太であった。
「まぁ、いいんじゃねーの」
 と返すのはナギだ。
 彼は勇太の言葉を苦笑しつつ受け止めて肩を竦めてみせた。
 勇太はそれに少し不思議そうな顔をするが、ナギは敢えて答えずに「じゃあ行こうぜ」と言いながら、腰掛けていたカウンターを軽々と飛び降りていつものケーブルを2つ手にした。
 一つは隣の勇太に差し出し、彼は自分のこめかみにケーブルを押し当てる。
 勇太も同じようにして、遅れを取らずにケーブルを自分へと向けた。
 ビリっと身体に電流が走る。
 ある意味これがダイブの象徴でもあるが、あまり気持の良いものでもないと勇太はこっそり思った。
「……あー、この感覚が嫌なんだよなぁ」
「!」
 電脳世界へと降りた先で、ナギがダルそうにそう言う。
 心を読まれたのかと思うタイミングだったので、勇太の肩が小さく震える。
「なんかさ、ゾワっとするだろ?」
「うん……ちょっと、気持ちが悪いっていうか……」
「それでいい。思ったことは素直に吐き出せ、勇太」
 ポンポン、と頭を軽く叩かれた。
 自分とさほど年端は変わらないと思う彼も、その実はずっと年上だ。
 勇太はそう感じながら、辺りを見回した。
「あれ、そう言えばミカゲさんとホカゲさんは?」
 傍に居るはずの小さな影二人を、感じない。
「あー、なんかエラー出たから修復に当たるってよ」
 ナギはそう言いながら、おもむろに手を伸ばして何もない空間に立体マップを呼び出した。半透明の画面に浮かぶ2つの赤と青の点灯する小さな光が見える。2つは別方向に移動中であった。
「赤いほうがホカゲ、青がミカゲ。まぁ色は属性で成り立ってるってことだな。管理者って立場上、コイツらは常にこうやってフィールド内を飛び回ってる。……ん、ほら、二人から通信だ。右下にちっさい画面出るからそこ見ておけ」
 マップを眺めながらナギの話を聞いていると、ジジ、と電子がわずかに動くような気配があった。
 そしてナギというとおりに、マップの右下に正方形の小さな画面が新たに生まれる。
『……お久しぶりです、勇太さま。今日はこのような形でのご挨拶となってしまい、申し訳ございません……』
 画面に写ったのはミカゲの顔であった。そして彼女の言葉が続き、勇太がそれに反応する。
「ミカゲさん、久しぶり。なんか、大変そうだね。こっちはナギさんと一緒に進んでみるよ」
『どうか、お気をつけて』
『まぁ無理はしないことね! 次に私がちゃんとアンタに挨拶出来る時が来るその時まで、五体満足でいなさい!』
 ミカゲの言葉の後に、そんな言葉が続いた。声音は似ているが勢いがあり喋り方も違うので、すぐにそれがミカゲではなくホカゲなのだと感じることが出来た。
 画像も直後に切り替わり、ミカゲと同じ顔でありながら金髪と紫の瞳を持つ少女が映し出される。
「えーと、ホカゲさん?」
『そうよ、よーく覚えておきなさい! くれぐれも間違えないでよね!』
 植え付けられた印象は、強烈そのもの。
 ただひたすらに大人しく控えめであったミカゲとは正反対のホカゲには、赤の色がピッタリだと思った。ミカゲとは間違えようもない、とも思う。
「ギャップがすげぇだろ、この二人」
 ナギがそう言った。
 勇太は彼をチラリと見て、素直に頷く。
 ややこしいのは名前だけって思っておけば良い、とナギは続けた。
「ミカゲは漢字で水影、ホカゲは火影。こうすると解りやすいだろ?」
「あ、ほんとだ……」
 マップをスワイプさせると別画面が浮かび上がる。そこには双子のデータがあり、漢字も記されていて、目で確認できた勇太は感心しつつまた頷いた。
「さーて、進むかぁ」
「うん、そうだね」
 マップ画面に戻して、二人はくるりと踵を返す。
 眼前に広がるのは広大な大地――だが、その色は決して綺麗なものではなかった。枯色でしかないそのエリアは、本当に新しい世界なのかと疑ってしまうほどの光景である。
 立体物といえばゴツゴツした岩と葉のついていない木々のみだ。
「なんか……寂しいところだね」
 埃っぽい風を感じつつ、勇太がぽつりと本音を零す。
 電脳世界にもこんな所があるのかと改めて感じて、表情を曇らせた。
「クインツァイトが何を思ってるのかは知らねぇけど、あの双子が意味もなく何もないエリアを作る事は無いんだぜ」
「それって……?」
「まぁ、全ては勇太次第って事だな」
 ナギは遠くを眺めつつそう言った。
 彼の言葉の意味を理解する前に、前方で何かの気配を感じ取り、視線を動かす。
 グルル……という明らかによろしくない唸り声が聞こえてきた。
「……ねぇナギさん。犬と猫って言ってたよね?」
「んー、あれもイヌ科とネコ科だぞ」
「どう見たって大きいじゃん!! っていうかあれ狼と虎だよね!?」
 2つの影に震えた指先を向けつつ、勇太の語気が強まった。
 クインツァイトが言っていた犬と猫とは全く違う姿形が、二人の前に立ち塞がる。勇太が指摘するように、一つは狼、もう一つは虎のそれである。
「ほらほら、勇太が守ってくれるんだろ?」
 隣に立つナギがそんな事を言ってきた。
 自分より僅かにだが背が高い彼をチラリと見やれば、口元に楽しそうな笑みを浮かべている。
 勇太はそれを確認して、うう、と返事に困った。
「いや、だってほら……犬猫だったらさ、俺にも何とか出来ると思ったからさ……」
「そうだよなぁ。って、うわ、来るぞ!」
「!」
 狼が地を蹴る音がした。
 虎もそれに釣られるようにして、駆け出す。
 2つの影が勇太とナギに覆い被さるように伸び、想像通りの展開になる。
 数秒の迷いの後、勇太が自身の能力を発動させようとしたが、それを止めたのは隣のナギであった。
 左手で彼を制した後、右手を差し出し得意のシールドを生み出す。
 物体が弾かれる音が、大きく響いた。
 狼も虎も跳ね返り、地面に転がる。
「ナ、ナギさん」
「元はと言えば、モンスターの詳細を言わなかったクインツァイトが悪い。それから、お前がわざわざ体力消耗させる事もねぇよ」
 ダルそうに手首を鳴らしながら、ナギはそう言った。
 彼はどうやらクインツァイトにあまり良い感情を抱いていないようでもあり、勇太はそれが気になったが今は敢えて聞かずにいた。
「……ナギさんって、実は凄く優しいよね」
「なんだよ、俺は元から、優しいぜっ!?」
 勇太の言葉に、ナギは前方を見たままでそう返事をした。
 シールド展開から風を操り攻撃のそれに変えた彼の能力は、大きな一歩を踏み込んだ後に二体を吹き飛ばす。
 クリティカルを表す文字が浮かんだ後、モンスター達は地面に叩きつけられ消えていった。
「うん、システム甘いなぁ。こんな攻撃程度でクリティカル出たらマズイだろ」
「俺から見たら凄かったけど……」
「バカ言え、俺はこれでも非戦闘員だぞ」
「えー……」
 パンパン、と手を払いながら言うナギに対して、勇太は素直な感情を吐露してみせた。
 あっさりと戦いモンスターを退けたのにも関わらず、ナギはそれを否定する。
 それが勇太には納得出来ないようであった。当然といえば当然である。
「お前と似たようなもんだよ。俺の『風』は元々防御だけに特化してる。だから攻撃に切り替えるとすげー体力消耗すんだ」
「え、じゃあ、無理させた?」
「今日はちょいとチート使ったから大丈夫だ。今回はあくまでデバックと植樹が目的だからな」
 彼はそう言いながら目の前に小さな画面を呼び出した。そして指先で何かを操作して、「クインツァイト、問題有り過ぎだ」と告げて、また画面を閉じる。便利機能の一つだが、勇太はそれを知らなかった。
「ん、これ珍しいか? お前も呼び出せるんだぜ」
 マップ、って言ってみろ。とナギに言われて、勇太はそれに釣られて同じように言葉を続けた。
 すると、目の前に小さな画面が出てくる。先ほどナギが出したものと同じで、立体マップであった。
「わ、本当だ……俺の名前で、アイテムボックスとかもある」
「それがデータってもんだからな。基本はゲームだし、ステータスなんかも全部コレで見れるんだぜ」
 勇太は「へぇ……」と言いながら画面に人差し指を当てて、アイテムボックスの中身を徐ろに確認した。『希望の木(苗木)』と書かれたものが一つ収まっている。今回の最大の目的の『アイテム』であった。
「なるほど、こうやって収納されてたんだ」
「面白いだろ。きっとそのうち色んな操作も出来る様になるんだろうなぁ。……お、矢印出たな。進めるみたいだぜ」
 ナギの言うとおりに、マップ上に一つの矢印が浮かび出た。北の方角に進むと良いらしい。
「モンスターは?」
「もう出ねぇよ。危ねぇし、やめさせた」
 そんなことも出来るのか、と思いつつ勇太は前を見た。ナギが先に進み始めたからだ。
 相変わらずの寂しい色だけが広がる大地。
 数メートルを歩いた後、大きな岩場を登って降りて、枯れ木並木を抜けた先に、丘と呼ぶにはあまりにも低すぎる場所に辿り着く。
「これって、それでも丘なの?」
「まぁ、マップにそう書いてある以上、丘なんだろうさ」
 二人が見るマップの中には確かに『丘』と記されていた。
 膝下までの高さのものをそう言いはめても良いのかとも思うが、ここで考えても仕方がない。勇太はそう思いながら苗木を取り出して、一番高いと思われる位置にそれを設置した。
 自分の手で土を掘るのかと思っていたが、やはりそこはゲームなので、割愛される。
「なんか、不思議だね」
「だなぁ。俺達は確かにこの場に立って、吹いてる風も感じてるのにな」
 膝を折って言う勇太に対して、ナギはその場に立ったままで返事をした。
 彼はこの世界のことは勇太より少しだけ知っているだけで、詳細となると解らないことが多いらしい。双子たちとは違い、ナギも勇太と同じ世界で生きる存在だという何よりの証でもあったが、それでも彼は『こちら側』に近い存在のはずである。
 だが今は、それを思案する事を敢えてやめた。
「えっと……そう言えば幸せになるような話、だっけ。……俺の話は、そういう風に繋がるのかは分かんないけど……」
 勇太は咳払いを一つしてから、話を改める。
 植えた苗木を育てるまでが今回のミッションだからだ。
 ナギは黙ったままで居る。
「……俺は、この『力』を持って生まれたことで、色んな体験をしてきた。たくさん酷い目にもあったし、辛いことばかりだった。だから、俺にとっての幸せや未来って、『普通』で……平凡に暮らすことが夢だった」
 勇太は自分の両手を自然と組んで、それを膝の上に置いてぽつぽつと話を始めた。
 途中で言葉を止めたのは、過去を思い出しているからなのかもしれない。
 ナギはそれを視線だけで確認して、彼の様子を見守る。
 そして、続きを待った。
「だから、当然この先も普通に大学に行って、普通に就職して……って、思ってたんだけど、最近は少し考えが変わってきたんだ。この力を……別の方向で、人の役に立てるような何かに活かせないかって」
 サァ、と風が吹き抜けた。
 穏やかな空気の流れだと感じる。
 勇太の目の前にある苗木の葉が、微かに揺れたようにも思えた。
「まだね、迷ってはいるんだ。でもきっと、俺はそっちを選ぶんだと思う」
 この力を活かせる道を。
 続けた勇太の表情には、迷いや曇りの色はどこにも無かった。
「!」
 一泊置いて、強い光が生まれた。
 勇太もナギも、思わず自分の手の甲を眼前に持って行き、その光を避ける。
 光は四方に広がり暫く輝き続けて、その後は静かに収束していく。
「あれ?」
 勇太がそんな声を漏らした。
 光のために両目を閉じていたナギは、彼の声に釣られるようにしてゆっくりと目を開く。
「……うおっ、動いてる」
「こ、これって、成長……?」
 何かが軋むような音が間近で聴こえた。
 それは目の前の苗木から発せられていた。
 驚きの声を漏らす二人をよそに、それはどんどん大きくなっていき、あっという間に彼らの背丈を超えて立派な樹へと育っていった。
 二人が見上げるまでになった樹は、そこで綿毛のような淡紅色の花をつけて、桃のような甘い芳香を放ち始める。
 すると、勇太の足元辺りから芝のような草が生えて一気に広がり、小さな草花が混じった草原と青空が展開された。
 ほぼモノクロでしか無かった景色が、一気に緑豊かな色合いに変わった瞬間でもあった。
 降り注ぐ陽光が珠のように宙を舞う。生命の喜びの証だ。
「…………」
「…………」
 二人揃って、ぽかん、と口を開いていた。
 そして、言葉を失いつつ互いに辺りを見回す。
 ナギもこうなるとは予想していなかったようで、明らかに動揺はしていたが、口元には笑みが浮かんでいた。
「はは、すげぇな。……これが、勇太の希望か」
「え、俺?」
「言ったろ、希望の木だって。苗木を植えてそれをどうするかは各自で決まる仕組みなんだよ」
 サワサワ、と木々が風を受ける音が聞こえる。
 葉が揺れると当然花も同じように揺れて、甘い香りが再び鼻孔をくすぐった。
「……希望」
 勇太がポツリとそう零す。
 数歩下がって、改めて樹を見上げた。
 小さく頼りなかった苗木が、立派に花をつけている。その姿は誇らしげでもあった。
「俺も、こんなふうに誇れるように、前を見て歩いて行くよ」
 決意にも似た響きだった。
 ナギはそれを受け止めて、嬉しそうに口元を緩める。そして徐ろに右腕を上げて、勇太の髪をわしゃわしゃと撫で回しつつ「お前なら大丈夫だ」と言いながら笑った。
 ナギはいつでも、ヒトの生き方を体感することが好きであった。
 だからこの瞬間も、彼にとっては思い出深いものになるのだろう。

 このエリアがこれからどのように使われていくのかは、今はまだわからない。
 『ただの丘』でしかなかった場所は、いつの間にか『希望の丘』という名称に変更されていたが、勇太がそれに気づくのは現実世界に戻ってからの事になるのだった。



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           登場人物          
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【整理番号 : PC名 : 性別 : 年齢 : 職業】

【1122:工藤・勇太 : 男性 : 17歳 : 超能力高校生】

【NPC:ナギ】

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          ライター通信          
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 ライターの紗生です。この度はありがとうございました。

 工藤・勇太さま

 いつもご参加有難うございます。
 何だかんだと、ナギは勇太くんに優しいなと思いつつ。
 外見はヤンキーみたいですが、彼はきっと非情にはなれないタイプです。
 今回の敵である犬猫(笑)は完全にモブ扱いでした。
 目的が木を育てることに有りましたのでそちらに重点を置いてあります。
 少しでも楽しんで頂けましたら幸いです。

 またお会いできたらと思っております。