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とある日常風景 − お花見延期警報中 −
1.
春なのに桜が咲かない。そんな事がこの街で起こっていた。
宴会好きの誰かが言った。
『こんなおかしなことが起こるのは、きっと妖k‥‥オカルトに違いない』
オカルトと言えば草間興信所。そうして草間興信所に集められたメンバー。
『どうにかしてこの原因を追究して、桜を咲かせて欲しい』というのが所長である草間からの頼みだった。
「桜が咲かない‥‥それは問題だね‥‥。龍兄はどう思う?」
八瀬葵(やせ・あおい)は無表情のまま、そう言った。
「さぁな、歌えばいいんじゃないのか」
八瀬に話題を振られて面倒くさそうに答えたのは龍臣(たつおみ)・ロートシルト。
「!? そう言えば、今年は桜がまだ咲いていないなぁ‥‥」
今通ってきたであろう道を窓から見下ろして千影(ちかげ)は納得顔である。
「時期も時期やからね。早いとこ咲いてもらわんと困るな」
セレシュ・ウィーラーは頷いてそう言った。
「俺、タイミングのいい時に来ちゃったな‥‥まぁ、俺でよければ力貸すよ」
たまたま寄っただけのフェイトとそのフェイトを追っかけてきたルージュ・紅蓮(ぐれん)。
「困りごと? 困ってる人は助けてあげる。お礼はスイーツでいいわよ」
「無事桜が咲いたら‥‥報酬は、わかってんな?」とニヤリと草間。
「お弁当作って待ってますね」とニコリとその妹・草間零が微笑む。
藤堂皐(とうどう・さつき)はバーから持ってきた品を零に差し出しながら言った。
「試作品のおつまみですが、よければその時にでも一緒に食べましょうか」
そうして、各自が桜のために動き出す‥‥!
2.
外に出て、四方に散っていくメンバーたち。八瀬は龍臣と行動を共にする。
「‥‥そう言えば、どこかの木の傍で泣き声っぽいものは聴いた気がするよ」
ぽつりと八瀬がそう言うと、龍臣は少し考えて「どこで? いつ?」と訊いた。
「今も微かに聞こえてはいるんだけど‥‥どこだったかな? 近くに行けばわかると思うけど‥‥何の歌なのかな?」
曖昧な情報と疑問符の山。八瀬は耳を澄ませてその音を聴く。
ずっと響き続ける歌。そうか、これは人間の歌じゃなかったのか。
八瀬はもう一度龍臣に聞く。
「龍兄はどう思う?」
「さぁ? 歌えばいいんじゃないのか」
やっぱり答えは一緒だ。そして、龍臣の答えに対する八瀬の答えも。
「‥‥無理だよ。俺の歌は相手を不幸にする」
思い出そうとするたびに、深い闇を覗き込む感覚に襲われる。
黒い。暗い。怖い。痛い。引きずり込まれる。
それが入り混じって八瀬の心を苛む。コントロールの効かぬ歌は凶器にしかならない。
少しの時間を置いて、龍臣は口を開いた。
「俺は別に影響を受けない。なら俺にだけ向けて歌えばいい」
龍臣の言葉に八瀬は祖父を思い出す。優しい歌をいつも奏でる祖父。そのそばにいた龍臣。
「‥‥信用してないわけじゃないけど、できれば耳塞いでてよ」
歌いたくないわけじゃない。けれど、2度と同じことは繰り返したくない。
ハミングのような微かな歌声。耳を傾けなければ掻き消えてしまう程の旋律。でも、それでいい。誰の耳にも聞こえない方が。誰も死なないでいてくれる方が。
頭をもたげる不安に、ふと音を感じ八瀬は振り向いた。隣を歩く龍臣だった。先ほどまでの面倒くさそうな音とは少し違う優しい音がする。
祖父の音とも違う。けれど、とても優しい音だ。
誰かを不幸にする歌。それは経験から学んだ悲しい事実。
でも、この音が俺の歌を聴いたからひびいたのだとしたら、少しだけ歌ってみてもいいのだろうか?
3.
八瀬の歌は桜並木へと2人を導いた。
「ここか?」
「‥‥続いている。この先だって」
何がこの先なのかはわからない。けれど、桜は固い蕾で2人をとある方向へと導いていく。
桜並木沿いに歩いていくと、さらにその先に先ほど草間興信所で別れた人影を見た。
「あれっ、偶然だね♪」
「おまえたちもコイツに行きついたのか」
千影と草間の近くには小さな女の子が泣いている。
「‥‥泣かせたの?」
八瀬がそう訊くと草間は全身全霊を込めて否定した。
「俺が!? まさか!」
「武彦ちゃんは泣かせてないよ。むしろ、泣きやませに来たんだよ。チカとね」
可愛らしくエッヘンと胸を張った千影に嘘偽りの音はない。どうやら本当のようだ。
千影曰く『情報網を駆使して見つけた春の妖精』らしい。
「春の妖精‥‥なぁ?」
龍臣がうさん臭そうな眼差しを女の子に向ける。
『あのっ‥‥玉を‥‥隠したの』
女の子はそう言ってまた泣き出した。
「‥‥同じ音だね」
八瀬は耳を澄ませる。ふたつの同じ音が聞こえる。ひとつは目の前の女の子から。そしてもう1つはこの並木道のもっと先。
「あの音楽がまだ続いてるのか?」
「‥‥ずっと先から聞こえている」
八瀬と龍臣の会話に、千影は草間の腕を引っ張る。
「行こう! 春は近いよ!」
「わっ! 待て! けもの道はもう嫌だぞ!?」
八瀬はもう歌うのはやめ、龍臣と女の子と共に並木道を行く。段々と近くなる音。
少し開けた桜の広場。そこにセレシュとフェイト、ルージュと藤堂がいた。
「うわっ、ビックリした!」
土まみれになったフェイトが八瀬と龍臣を見て、声を上げた。何故土まみれ?
「なんやの? その女の子」
セレシュがそう言って振り向いた時、セレシュの持っていた物が強烈な光を放った。
『見つけた‥‥!』
女の子の姿と光が消えていき、2つの音楽は混じりあい1つになって最大音量になる。
そうだ。これは聞き覚えがあって当然だ。
これは‥‥春の歌だ。
『ありがとう!』
そう言って消えた女の子の代わりに、桜の花がやっとその身を開かせたのだった。
4.
桜の花は各地であっという間に満開になった。
夜桜の下、草間零はお弁当を持って草間たちと合流した。
「ししゃも〜♪ し・しゃ・も〜♪」
ししゃもの焼ける良い匂いにうずうずと待ちきれない千影。
「お酒やら足りとる? ジュース飲む人は言うてね。あ、お酌するわ」
セレシュが零の手伝いをしながら色々と気を配りながら用意を進める。
「ルージュはこう見えて小学生だから、ジュースなのよ。あ、乾き物は用意してあるから遠慮せずに食べてね」
各種取り揃えたおつまみやらをどこから出したのか広げるルージュ。
「小学生だった君とお酒を飲む時が来るなんて思いませんでしたよ」
フェイトにお酒を注ぎながら藤堂は少し懐かしそうに笑う。と、フェイトが一口お酒を飲んだところで慌てる。
「お、俺こう見えて小学生じゃないですからね! ちゃんと成人してますから!」
真っ赤になって否定するフェイトに、草間やルージュ、藤堂が笑う。
「‥‥フェイトさんは相変わらず暇人なの?」
八瀬の言葉にフェイトは頭を横に振りすぎてクラクラしている。どうやら程よく酒がまわっているようだ。
「お前は少し言葉を選ぶことを覚えろ」
龍臣は八瀬を軽く小突いてそれを窘める。しかし、八瀬は何故窘められたのかわかっていない。
「お酒は大丈夫ですか? お口に合うかわかりませんが、おつまみもいかがですか?」
藤堂は八瀬にお酒とバーで作ってきた試作品のおつまみを差し出した。
「‥‥? 女性‥‥じゃない?」
「え?」
八瀬は藤堂の顔を見て考え込む。知り合いの女性に似ている‥‥ような、気がする。音がよく似ている。もう1人、その女性と近しい男性とも似ているような‥‥?
「‥‥女装‥‥でもない?」
「えぇ!?」
「お前、また思ってることをすぐに口に出す!」
龍臣に小突かれ、八瀬は強制的に頭を下げさせられた。
「いえ、知ってる方の誰かに似ていたんですね。俺」
藤堂は柔らかく笑ってそれを許した。
一通り食べ、飲んで話に花を咲かせた。
「日本の桜は綺麗だな」
龍臣は静かにそう言って酒を傾ける。
「‥‥賑やかな花見になったな」
桜の木に背を預け、セレシュも桜を見上げる。
ライトアップされた夜の桜は圧倒的な美しさでありながら、儚さも持ち合わせている。こんな夜も悪くない。
桜の花の時は短い。
その短い時をたくさんの人と過ごせた夜に‥‥。
『ありがとう』
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■□ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) □■
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
8757 / 八瀬・葵(やせ・あおい) / 男性 / 20歳 / フリーター
8774 / 龍臣・ロートシルト(たつおみ・ろーとしると) / 男性 / 26歳 / 護衛/スナイパー
3689 / 千影・ー(ちかげ・ー) / 女性 / 14歳 / Zodiac Beast
8636 / フェイト・−(フェイト・ー) / 男性 / 22歳 /IO2エージェント
8538 / セレシュ・ウィーラー(セレシュ・ウィーラー) / 女性 / 21歳 / 鍼灸マッサージ師
8700 / ルージュ・紅蓮(るーじゅ・ぐれん) / 女性 / 500歳 / 魔女っ子小学生
8577 / 藤堂・皐(とうどう・さつき) / 男性 / 24歳 / 観測者
■□ ライター通信 □■
八瀬・葵 様
こんにちは、三咲都李です。
この度は【お花見企画】へのご参加ありがとうございます。
大変遅くなりましたことをお詫び申し上げます。
桜の咲く季節からだいぶ遅くなってしまいましたが少しでもお楽しみいただけたら幸いです。
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