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<東京怪談・PCゲームノベル>


不実者は誰か


 大規模連続人体発火事件。それが今回、”フェイト”の追う事件を表す単語である。まぁ読んで字の如くそのままの事件だ。一度目はとある一家が「焼失」。――僅かに残った炭化した欠片からかろうじて分かったのは、染みのようになってしまった「それ」が元は人体であったらしい、ということだけだ。不思議なことに、家屋には家具や壁、カーテンにすら火の痕跡は残されていなかった。
 二件目は学校。中学のクラスがひとつまるごと「焼失」。
 三件目は商店街。目撃者が多くなり、隠蔽が難しくなったことでIO2は事件対応の優先度を跳ね上げた。即刻犯人を補足、必要に応じて捕縛もしくは――。

 今現在、彼は深夜の埠頭、倉庫のひとつで息を潜めているところである。薄闇に人の気配は殆ど無かった。「亡くなった」と表現すべきかもしれない。さっきまではあちらこちらに蠢いていた人々の気配は、先程、炎の音の後で悲鳴も無く消えてそれきりだ。
(…どうする)
 埠頭にはたった独り。髑髏を抱えた少女がぼんやりと、歩いているばかりである。
 未だ桜の蕾も硬い春先の夜更けだ。IO2支給のスーツを纏っても肌寒い空気の中、潮風に吹かれる女は薄手のワンピースしか着ておらず、足元も裸足であった。彼女を囲む様に時折ぽっ、と鬼火が灯されては堕ちる様も含め、幽鬼のような佇まいである。その手にしているものが髑髏であれば尚のこと。
『一度退くぞ、勇太』
 歯噛みする彼の傍で、通信機から、そんな指示が飛んだのは、”フェイト”が逡巡に沈んでいたその合間であった。その声は鋭く、そしてあっさりと、”フェイト”というコードネームではなく、彼の本名を呼ぶ。
「だけど、藤代さん」
 思わず反駁し、”フェイト”――改め、本名工藤勇太はマイクに口を寄せた。
「彼女を、このままにはしておけないです」
 勇太は知っていた。潮風に煽られた長い髪で今は見えないが、IO2で渡された資料が確かであれば、彼女はただただ、あの魔道具を手にしてしまったが為に緩やかに狂った被害者のはずだ。極普通の、反抗期らしく家族に対して僅かな反感や苛立ちを抱いていただけの、至極普通の女子高生だったはずなのだ。
 しかし、その魔道具は彼女のほんの些細なその反感をくべられて燃え上がり、彼女の家族を焼いた。次にクラスメイトを。恐らくその時点で彼女の精神はまっとうな状態ではなくなっていたのだろう。商店街で起きた「事件」も、恐らくほんの些細なことが契機になったのだろうことは想像に難くなかった。
 感情をくべられて燃え上がり、無尽蔵にその対象を焼く。
 それが、あの少女の持つ魔道具の力。
『さっき言っただろうが。あの魔道具は、一度火を熾したら最後だ。以後、いかなる感情であろうとも”燃料”になるからな。あの娘が感情を動かされる限り、火は消えない――』
 だから、と”フェイト”の顔になって、その声を聞きながら勇太は内心だけで反駁する。自分にはどうにか出来るかもしれない。精神への干渉も、彼の力なら可能な筈だった。



 そもそもこの場所に”フェイト”と、そして今、現場の流れで協力者となってくれている人物、藤代鈴生が遭遇したのはほんの偶然からだった。
 「焼失」事件を追うにも手がかりは少なく、異能者の仕業なのか、あるいは別箇の何かの仕業なのかすら判然としない状況で、”フェイト”の下にこの埠頭で何やら大がかりな取引があるらしい、という情報が飛び込んできた。藁をも縋る気持ちで駆け付けた訳だが、そこは既に惨事の現場と化してしまっていた。
 燃え上がる男達の真ん中で、少女はぼんやりと空を見ていた。彼女の視界に入らない内に物陰に隠れられたのは幸運と言う他にない。と言うよりも、勇太よりも先に事態に気が付いて、彼を物陰に引っ張り込んだ人物の功績である。
 その功労者は、勇太の隣で蹲っていたのだが。
 ――幼く見られがちな勇太と比してもすらりと華奢な長身、女と見紛う美貌の持ち主である彼は、その正体を「人喰い鬼の末裔」。名を、東雲名鳴、と言う。藤代鈴生の商売の協力者、という立ち位置の人物だ。今は埠頭から離れた位置で車の中に待機している鈴生に代わって現場に駆けつけていた、いわば実働担当、といったところか。
「…名鳴君、大丈夫?」
「おう…悪いな…」
「いや、俺も助かったからお礼言わないと」
 鬼の末裔の中でも先祖がえりを起こしている名鳴は、殆ど「鬼」に近い体質を持つ。人より遥かに鋭い五感でもって異常を早々に察知し、勇太を庇ってこの倉庫に彼を引っ張り込むことも出来た訳だが、その鋭敏さ故に、余計なものを感知しやすい。
 ――ひとのこげるにおいがする。
 そう呻いて彼が蹲ってしまってからは、かなり時間が経過していた。
「…流石にもう、大丈夫だ」
 眉を顰めて名鳴はそう宣言し、顔を上げた。勇太の表情を見遣り、溜息をつく。
「スズ。勇太は頑固だぞ。ここであの女、どうにか仕留める方法無いか」
「仕留めちゃ駄目だよ。彼女も被害者だ」
「はいはい。勇太は馬鹿真面目だよな」
 彼は嘆息し、眉を寄せた。「生き残ったって、きっと辛いだけだよ」と呟いたのが勇太にも聞こえた。確かに――生き延びたとて、果たして彼女に救いがあろうか。
 それでも、と思ってしまうのは、エゴなのかもしれない。
 一方、名鳴の持っている通信機の向うからは酷く渋る声が聞こえた。
『…さっきも言ったが、あの持ち主の感情が動く限りは際限なく燃えるぞ。撤退しろ』
「でも、やっと見つけたんです。どこかの組織に利用されない内に何とか…」
『それをIO2のエージェントが言うのは皮肉だと思うがね俺はよ』
 斜に構えた物言いはいつもの鈴生のそれと大差ないが、勇太はただ苦笑するだけでその言葉にコメントは差し控えることにした。そんな余裕がなくなった、ともいえる。
 最初に名鳴が顔を上げて、勇太を強引に引っ張りながら飛びずさる。次いで勇太にも分かった。引っ張られているので肩越しに振り返った先、――女と、目が、合った。
 彼女の唇が微かに動く。
 ――たすけて。
「…!!」
 咄嗟の反応で、思わず、勇太は名鳴の手を振り払って足を止めた。目を覗く様に視線を逸らさず、彼は己の異能を駆使する。一時的にでも彼女の精神に干渉し、その感情を止めてしまうことが出来れば。
 だが、間に合わない。彼女の心が揺れるのが、見える。見えてしまう。
 助けて――
 悲鳴のようなそれは火にくべられて、燃え上がる。
「…しま、」
 思った以上の感情の奔流に触れてしまい、飲まれる、と思った一瞬。目の前を炎が過り、勇太は強烈な熱と衝撃に見舞われた。あの魔道具がこちらに向けて炎の手を伸ばしたのだと悟り、とにかく、繋がってしまったこの感情の激流を止めなければとテレパシーの糸を伸ばす。熱と、強い感情が脳内に渦巻き、勇太は気付けば、己の意識を手放してしまっていた。


 冷たい夜風に目を覚ますと同時に跳ね起きる。当たりを見渡すと薄暗い埠頭の片隅、コンテナの影のようだった。勇太は”フェイト”として思考を一気に巡らせ、己の現状を確認しようとする。時間はそれほど、経過していないようだ。
(あ、通信機)
 連絡を取ろうにも、懐にあった通信機は壊れている。ついでに身体に触れる自分自身の指先が負った火傷に顔を顰める羽目になった。とはいえ致命傷には至っていないようだ。咽喉がひりつくのは何かの拍子に熱を帯びた空気を吸い込んだためか。呼吸困難になる程ではなくて幸いだったと思うべきなのだろう。
 そこまで考えて視線を上げる。コンテナとコンテナの間に彼は転がっていたのだが、彼のもたれるコンテナの向かい側に、女が一人頬杖をついて体育座りをしていた。その顔に見覚えがあり、彼は知らず「工藤勇太」の表情で呟いていた。
「…藤代響名さん」
「ん、今度は間違えなかったわね。よろしい」
 にやり、と口を歪めるように笑って、呼ばれた女は立ち上がる。
 藤代、という苗字が示す通り、彼女は先程まで勇太が連絡を取り合っていたあの魔道具の作成者、錬金術師である「藤代鈴生」の、戸籍上の妻、その人であった。勇太と年齢は左程変わらないくらいのはずだ。明るい色の瞳と、肩までで切り揃えた茶色がかった髪の毛が活発そうな印象を見る者に与える。
 ついでに言えば、彼女は東雲名鳴の双子の片割れでもある。が、彼とはあまり似ていない。
 だがそんなことよりも、勇太には言うべきことがあった。痛む咽喉を抑えながら呻く。
「何で、ここに…?」
 ――彼女は現在、「行方不明」という扱いである。その彼女が何故この場所、この現場に。勇太は、藤代鈴生が待機していると言っていた駐車場の場所を思い描く。通信機を失くしているのが痛恨であった。今すぐにでも彼に連絡を取れれば。
 焦る彼の内心など知ったことではない様子で、彼女は肩を竦める。
「せんせーには内緒にしてよ。こっそり見守る積りがあんたが危なっかしいから飛び出しちゃっただけ」
「あ、俺の事、助けてくれたんだ。…ありがとう」
「どーいたしまして。まだ咽喉痛む?」
「ん…いや、気になるほどじゃ」
「無理しないの。気管をヤラれてたら洒落になんないわ。これでも飲んで」
 勇太は受け取った小瓶の中身を見遣った。ただの水、に見える。匂いを嗅いでも、矢張りただの水のようだ。が、不審そうな勇太の様子に気付いたのだろう、響名が補足して曰く。
「”命の水”ってやつね。って言っても、あたしの作った中途半端な贋作だけど…多少の傷ならそれ飲めば治るわ」
「ふぅん。じゃあ、有難く」
 瓶の中身を一気に煽る。舌に触れてもそれは矢張り、ただの水のようだった。だが確かに飲んですぐに、指先や皮膚のあちこちに感じていた痛みが軽減していくのを感じる。目を瞠って目の前の女を見遣れば、彼女は自慢げに腰に手を当てて胸を張っていた。
「んふふ。凄いでしょ」
「うん、凄いね。ありがとう」
 素直な勇太の称賛の言葉に、しかし彼女は目をぱちりと瞬いて、それからまじまじと勇太を見直した。
「…そういえばどっかで会った?」
 今更だなぁ、と勇太は苦笑した。飲み干した小瓶を彼女に返しながら、
「随分前だけどね。すれ違ったことがあるよ。――神様の夢の、入り口で」
 非現実的なその言葉に、響名は思案気に一度視線を彷徨わせ、それから「ああ」と思い出した様子で手を打った。
「あたしが作って暴走した『夢魔』の件か! あの時の人!?」
「うん。思い出してくれた?」
「そっかそっか、あの時の人かー。何か雰囲気変わったねぇ」
 そんあ和やかなやり取りは一瞬だった。コンテナの向う側からひたひたと足音が近づいてくるのだ。それと察したのは、勇太の方が先だ。人差し指を口に当て、「静かに」とジェスチュアで示す。
 まだつながったままになっていたテレパシーのチャンネルから、じりじりと、封じ込められた感情が今にも揺れそうな均衡を保っているのが分かってしまう。
「あの子を助けたいの?」
「…うん」
「ホント、とんだお人好しの大馬鹿野郎ね。気に入ったわ。――古代魔導書”レシピ”の契約者、藤代響名が手を貸しましょう」
 ところで気に入った、と言いながら人を「馬鹿」と呼ぶのは彼女の夫、あるいは双子の兄弟も含め、習慣か何かなのだろうか。
 複雑な表情になりつつ、勇太は頷いた。今は助力が素直に有難いのは、事実だ。
「とにかく彼女に攻撃をされずに近付きたいんだけど。出来るかな」
 近くまで行って、とにかく集中して彼女と精神を繋ぎ、あとは一時的にでも彼女の感情の揺れを抑え込むこと。それなら何とか、勇太のテレパス能力でも可能だろう。
「お安い御用」
 勇太の言葉に応じて、響名が何かを取り出した。肩掛けの鞄からごそりと出て来たのは――残念ながら勇太には何も見えなかった。
 そういえば、と勇太はその様子を見て思いだす。
 先日彼女と出会った時、確か彼女は、他人の気配に人一倍鋭敏な勇太にすら殆ど気配を悟らせない程、完全に気配を隠しきっていた。その時にも、同じように何か、透明な布を抱えていたような。
「これ被って」
 案の定、彼女は「それ」を勇太に差し出す。恐る恐る手を伸ばせば、確かにそこに布の感触があった。手探りにここが端かな、と思う位置を手に取り、頭から被ってみる。そうして己の身体を見下ろしてみて彼はぎょっとした。自分の姿が、見えない。予想はしていたが、実際にそうなってみると心許ない。
「ところで、どうやってあの子を止める積り?」
「…感情が動くことがトリガーになるなら、一時的に感情を止めて、それで魔道具を引きはがそうかなと」
「魔道具引きはがすだけだと、多分、駄目ね。せんせーの道具はその辺が厄介。あの髑髏を壊しちゃうのが一番いいんだけど、勇太はそういうの出来る?」
「そういうの、って?」
「要するに、魔術的な結界ぶっ壊したりとか、そういう事が出来るかどうかってこと」
「…対霊用の術をかけてもらってる銃弾ならあるよ」
 多少の霊的・術的存在に対しては有用なはずだ。が、響名はふふん、と、何故か自慢げな表情になった。
「IO2の御用達の奴? 駄目駄目、そんなのでせんせーの防壁なんて突破できる訳ないじゃない。あの人を誰だと思ってんの、私の旦那様よ」
「うわ」
 惚気なのだろうか今のは。
「まぁいいわ。はいこれ、追加サービス」
 次いで響名は、鞄からナイフを取り出した。
「これは?」
「防壁破壊用のナイフ。効果は保証するわ」
 いってらっしゃい、と響名はあっさりとそう言って手を振る。少し逡巡したものの、近付いてくる足音に猶予の無さを察して、勇太は――響名には見えていないだろうが――こくりと頷いた。ただ、コンテナの影から飛び出す寸前、釘を刺しておくのは忘れない。
「しばらくそこに居てね!」
 できれば、せめて名鳴くらいは連れて来たい。余計なお節介だと彼女には怒られるかもしれなかったが。



 薄闇を、茫洋とした様子で少女が歩く。両手で抱いた髑髏が時折鬼火を吐き出しているのを見ながら、”フェイト”は足音を殺して背後に忍んだ。先程彼女に合わせたテレパシーのチャンネルが、焦げ付いたように、彼女の感情を伝えてきた。努めて己の精神を冷たく保ち、影を駆け抜ける。5年前の自分であれば、呑まれる程の強い感情の奔流だった。
 逆にその奔流を手繰り寄せ、”フェイト”は強いイメージを送り込む。別段、彼女の精神を支配してしまう必要はない。ただ氷のように、巌のように、彼女の心の「揺れ」を全て封じ込める。
 手応えがあって、”フェイト”は内心だけで快哉をあげた。うまくいくかもしれない。だが、そう思った矢先、彼女の胸中で大きな「揺れ」が起きた。それまでの流れからすると不自然なそれはもしかすると、彼女の手にしている魔道具からの干渉であったのかもしれない。
(っ!!)
 まだ、”フェイト”の姿を彼女は認識していない筈だ。だが、少女の唇が微かに戦慄くのと同時、それまで時折零れ落ちる程度だった鬼火が明らかに勢いと頻度を増した。恐らく、「対象が見えない」為に無差別に焔が放たれているのだ。身を引こうにも、意識はまだ、彼女の感情を抑え込む方向に過度の集中を傾けており、咄嗟には反応が出来ない。硬直している間に、彼を隠している「布」にも火がついたのが分かった。端の方から自らの輪郭が見え始める――。
 火が燃え広がるまでの一瞬の間に、目まぐるしく思考が駆ける。その視界の端に、映りこむ影があった。近場にあったコンテナの上から飛び込んできたのだろう、薄闇の夜空を背景に跳ぶ華奢な影。
 判断までは1秒も無かったはずだ。
「名鳴君!」
 勇太は叫んだ。己の姿が露わになるのを厭わず被った布を振り捨てて、懐にあった、響名に渡されたナイフを投げる。念動力も加えて放たれた金属は過たず真っ直ぐに、地面へ飛び降りようとしている名鳴の手の中へ吸い込まれた。彼は危なげなくそれを掴むと、意図を察したのだろう。
 掠める鬼火に頬や髪先を焼かれながら、名鳴は地面に降りると同時に、少女の懐に入り込んでいた。逆手に構えたナイフで彼女が抱き締めている髑髏を殴る様に叩く。少女の手の中で髑髏が、まるで幾重にも束ねた鈴を鳴らすような――そうとしか言いようのない音を立てて。
 砕けた。



 糸が切れたように倒れ伏す少女の額を撫で、勇太は改めて、背後を見遣った。コンテナの影から出てきた響名と、コンテナから飛び降りてきた名鳴。似ていない双子は、互いに目も合わせずにそこに立っている。勇太は口を開きかけ、結局、無難な言葉に留めた。
「…響名さん。助かったよ」
「どーいたしまして」
 それきり、しばし、沈黙が落ちる。遠くで汽笛が聞こえた。
(き、気まずい…!)
 勇太が立ち去るべきかどうするか、と思案し始めた頃だった。
「…ヒビ。腹は決まったのか」
 ぽつりと、名鳴がそんなことを言う。
「まだ、かな。…せんせー、あたしに幻滅してない?」
「直接訊け」
 名鳴は手にした通信機を指してそんなことを言う。響名は通信機をひと睨みしてから、大きな声でこう言った。
「愛してるわよ、旦那様」
 それだけ言って、彼女は地面を蹴る。――殆ど血が発現していないとはいえ、彼女も一応は鬼の末裔だ。身体能力はそれなりに高い。そのまま高い位置で宙返りをした彼女の下へ、まっすぐに飛んできた物体があった。巨大な鳥だ。
 その鳥の背に乗り、彼女はそのまま去っていく。夜空を羽ばたきの音がひとつ打った、と思った時には、あっという間にその姿は遠くへ小さく消え去って行った。
『おうよ、俺も愛してるぜ可愛い奥さん。…あいつもう行ったのか、ヘタレだな』
 通信機からは、酷く呑気で今更な、そんな応答が聞こえていた。


 事後の処理については、色々な悶着があった。とりあえずのところ、どうやら保護された少女は一時的にでも勇太の能力で感情を抑え込まれた後、己の犯した罪の記憶に耐えかねたか、記憶を喪ってしまったようである。
 IO2の息のかかった組織に預けられることになったようなので、一先ず、彼女が平穏に過ごしてくれることを勇太は遠くから願うばかりだ。

「…で、結局のところ――」
 そんな事後の報告を、現場で行きがかり上「協力者」となって貰った二人に報告し、工藤勇太は改めて、事の発端になっている人物を睨み遣った。
「響名さんが出て行った理由って、何なんですか?」
 彼は眼帯に覆われている左眼にそっと触れて、苦く笑った。

「俺の残った右目が欲しいんだとよ、あいつ」
 それを平然と語る彼の口調に、しかしどんな種類の感情が滲んでいる物か。
 勇太には、分からなかった。



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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【8636 / フェイト / IO2エージェント】



▼ライターより
納品が遅くなってしまい申し訳ありませんでした。
少しでも楽しんでいただけたら幸いです。