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<東京怪談ノベル(シングル)>


無理なものは無理でした。

 師匠のお店のお留守番。

 それが、本日のファルス・ティレイラのお仕事。別世界から異空間転移してこの東京のある世界にまで来た紫色の翼を持つ竜族――である彼女も、通常は人間の姿を取り、この世界に馴染んだ姿で、自分に出来る事をして日々暮らしている。
 …だから、お店の留守番、なんて仕事もする。
 ティレイラにしてみれば勝手知ったる師匠のお店。ここの留守番ならば慣れている。…それはまぁ、お店には様々な魔法的な道具があるので――これまでの留守番中にも、それらに関わる事で多少の「失敗」をした事が無いとは言わない。…まぁ、「失敗」した事があるのは留守番中の事だけでも無いのだが。誰が居ようと何を言われようと、何だかんだで毎度の如くコトは起きてしまう。このティレイラ、好奇心が強い事に加えてどうにも粗忽なようで――その辺の理由もあってか、やっぱり何だかんだで色々な目にあった事がある。
 …主に、それら「失敗」の結果として――自身がオブジェとかレリーフ的な鑑賞物にされる方向で。

 まぁ、何にしても、ティレイラにしてみれば師匠のお店の留守番ならば良く任される事、ではある。勿論、妙な失敗などしないに越した事は無い。平穏無事に過ごせるならばその方が絶対にいい。…目の保養を「する方」ならばいい――と言うかむしろ大歓迎なのだが、目の保養に「される方」にはなるべくなりたくない。そう、今日は絶対に「失敗」しない。周囲にあるモノには気を付ける。今度こそ、何の「失敗」もしないでかっちり留守番を!

 と、別に今日に限らず――常々そうは思っているのだが。
 何故かいつも、上手く行かない。



 ともあれ。
 お店で留守番となると、客でも来ない限りは暇でもある。

 …あんまり暇なので、ティレイラとしては何か師匠の役に立てそうな自主的な仕事の一環として、片付けものでもしておこうか、と言う気になった。…元々、このお店にある魔法道具はティレイラにとっても興味深い代物ばかりになる。その上に、気が付くと新たな見覚えの無い代物が追加されている事も多い。結果、ディスプレイや所蔵が間に合わず、結構無造作に――少なくともティレイラから見てそう見えるような感じで――それら魔法道具がその辺に置かれている事も少なくない。
 だからこそ、それらを出来る範囲できちんと片付けておこう、と言う事である。勿論、魔法道具のみならず、他のものも同じように片付けておきたい。

 …勿論、良かれと思っての事。が、独断でその手の余計な事をするからこそ、ティレイラは事ある毎に「失敗」をしてしまっている訳でもあって――…





 …――ティレイラ自身にその自覚があるかどうかは、謎である。



 そして今回ティレイラは。
 …何故か、魔法ガム風船の中にばっちり閉じ込められる羽目になっていた。

 どうしてこうなったか、とかもう考えたくもない。ただ、何にしても取り敢えずは外に出なければ――と思い直して結構本気で試みてみる。
 と、試みた事自体がある意味で更なる失敗の始まりでもあった。…内側からベタベタの膜に触った時点でまず手指が膜から離れなくなった。…仕方無いのでそのまま膜を掴んでどうにかしようと色々動かしてみるが、押しても引いても横に引っ張っても全然ダメ。幾ら力尽くでやっても同じ。ただ、びよーんぐにゃーんとひたすらに伸びるだけ。くっついたそのまま、気合いを入れて引っ張るどころか爪を立てて裂いて破ろうとしても手指に余計にべったり貼り付くだけ。…押したり引いたり裂こうとしたりするその動きで足も踏ん張るから、それで力を入れた足元とかまで――何だかべったりと膜が余計にくっついてまで来る。
 …手指どころか腕にも付いた。髪にも付いた。服にも付いた。…気付いた時点で、うにゃあああ!? と変な絶叫を上げてしまう。髪にベタベタが付くのは普通に嫌。動き方によっては髪が引っ張られて痛い時まであるし――スカートの襞がベタベタにくっついてしまうのも、動くのに色々困る。それら諸々の不都合を極力避けようとしつつも、何とかならないかと魔法ガム風船の中でティレイラは孤軍奮闘するが――むしろ、時が経てば経つ程、(ティレイラなりの)努力をすればする程、閉じ込められた当初より色々どうしようもなくなって来る。
 とにかく、動けば動く程余計に貼り付いて来るベタベタの膜。…それでもやっぱりティレイラは何とかしようと膜を力一杯引っ張るが――力を入れ過ぎて転んで尻餅付いたらそこがまたくっついた。…もう埒が明かない。

 …事の成り行きを考えると、やっぱり片付けものでもしようかと思い立ったのが原因だった気がする、とティレイラは後悔する。…とは言え、片付けもの自体は悪い事では無い筈、とも思う。実際、今日も片付けものの最中に偶然魔法道具を誤作動させてしまっただけ…だと思うし。見慣れない魔法道具で、そもそも魔法道具だと気付かず普通に触って――何だろうと持ち前の好奇心が疼いて、少し弄ってしまったのが誤作動させてしまった原因で。
 決して、片付けをしていた事自体が悪かった訳では無い。…無い筈である。

 が。

 幾ら何を思い返そうと、魔法ガム風船の中に閉じ込められている現状が変わる訳でも無い。…成り行きを思い返しても解決方法の見当も付かない。…あの魔法道具をどうにかすれば何とかなるかも、と思いはしても、魔法ガム風船に閉じ込められたままではそもそも原因の魔法道具を手に取る事すら出来ない。
 む〜、と暫し考え込んでから、ティレイラは、それなら、とばかりに何かを心に決めたように頷く。幾ら引っ張っても伸びるだけ――それは人間の姿のままだから単純に力が足りないのかも知れない。もっと強い力を込めて引っ張れば、同時に鋭い爪でも使ったならばさすがに膜も保たないんじゃなかろうか。そう思い立ったティレイラは、本性でもある力の強い紫竜の姿に戻る事を考えた。

 そして、実行。



 竜の姿に戻れば、必然的に人間の姿の時より体積も表面積も増える。その流れで、人一人閉じ込めていた分の魔法風船ガムの膜は――当然、大きな竜一体分にまで強引に引き伸ばされる。同時に、その勢いに乗じて、ええいっ、とばかりに力一杯顔や翼や尻尾を伸ばしてみた。…そう、これならきっとこの魔法ガム風船の膜も破れて弾け飛んでくれる――!

 と。
 そんな思惑だったのだが。





 …破れなかった。





 魔法ガム風船の柔軟かつしなやかな伸縮性は、想像以上だった。力一杯伸ばした顔や翼、尻尾にも手にも脚にも隙間が無い程にべっとりと膜が貼り付き、その膜がまるで新たな皮膚ででもあるかのように全身が覆い尽くされてしまって破れる気配はゼロ。ついでに人間の姿から竜の姿になった時点で膜はただでさえそれまで以上に伸びている訳で――そこから新たに手や脚を広げたり動かそうとしても、碌に動かせない。
 その時点でティレイラは青褪める。がーん、と頭の中で絶望の鐘が鳴り響く。…竜姿になった事でむしろ事態は更に悪化。手や脚を無理に動かそうとしても、ぴっちり伸びた被膜に動きが阻害される。動かした僅かな空間――手脚と膜の隙間分、水掻きか何かのように少しだけ膜が伸びはするが、それだけ。

 ――――――わーん助けて下さいお姉さま〜!

 ティレイラは思わずそんな風に助けを求めてしまう。が、そんな泣き声を上げたところで――どうしようもない事は変わりない。助けを求めた相手は今留守である。…それどころか。
 今鳴き声を上げたその口にまで、ぴっちりと膜が被さって来てしまって…何やら口すら満足に動かせなくなり。



 …そしてティレイラの、魔法ガム風船への抵抗手段がほぼ尽きた頃。

 ちょいといいかい? と何処か蓮っ葉な声と共に、チャイナドレスに身を包んだちょっときつめな美貌のお姉さんがひょっこりお店に顔を出して来た。…お姉さんと言ってもティレイラが待ち望んだお姉さまではなく、この彼女はアンティークショップ・レンを営む碧摩蓮。
 彼女としては、この店にちょっとした野暮用があった為に立ち寄っていただけで、それがティレイラが留守番をしていた今、と言うタイミングになったのはただの偶然…だったのだが。
 当の店の中に入って――入りかけて様子を一目見るなり、反射的に沈黙。
 中に居るティレイラの方でも、何も言わない。…と言うか、魔法ガム風船の膜のせいで物理的に何も言えない。
 そのままの状態で、暫し互いに見つめ合う。

「…」
「…何やってんだい、あんた」
「…」

 竜姿なティレイラは、蓮の問いに反応するようにして微妙にもがいているが、それ以上の反応は何も無し。
 蓮の方はと言うと、そんなティレイラの――言わずとしれた何かの「失敗」の結果であるのだろう情けない様子を見て、呆れたように嘆息。
 …何と言うか、色々酷い。

「〜〜〜!!!」
「…」

 その酷い状態なティレイラが何か言いたげなのはわかるのだが、蓮としては何が言いたいのかわからない。
 ただ、取り敢えず野暮用の方は後回しにせざるを得ないか、とだけはわかる。

 相変わらず微妙にもがいているティレイラの姿は変化無し。
 …偶然来訪した蓮に助けてと頼みたいのか、はたまたこの情けない事態になっている事について蓮に言い訳しようとしているのか、それともまだ頑張って何とか魔法ガム風船から逃れようとしているのか――もしくは蓮の前でこの姿は恥ずかしくて「穴があったら入りたい」的ななけなしの努力をしているのか、いやひょっとするとそれら全てであるのかもしれないが…結局、どれも実現しそうにない。

 …無理なものは、無理でした。

【了】