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<東京怪談ノベル(シングル)>


人魚の石像を令嬢はお気に召す

1.
「いない!? どうなっているの!?」
 目的の場についた魔女は驚きを隠せなかった。
 シーメデューサが支配する人魚の集落。人魚たちが定期的に生贄をシーメデューサに献上することで生まれていた人魚の石像が全く届かなくなっておかしいとようやく重い腰をあげたのが間違いだった。
 もっと早くに動くべきだった!
 人魚の集落は跡形もなく消え去り、海底神殿のシーメデューサは絶命して久しかった。
 何があった? 何があったというの!?
 シーメデューサに統治を任せていたとはいえ、それは魔女たちがすべての制圧を終え反逆の余地を与えぬようにしてからの話。今更なぜシーメデューサが倒され、人魚たちが去るというのか。
 ‥‥何故人魚たちは去った? 石化した人魚姫を置いて人魚たちは去ったというの?
 人魚姫に呪いをかけ、人魚たちは逃げられなかった。けれど、今ここに人魚たちがいないということは‥‥。
 魔女は難破船に括り付けた筈の人魚姫を確認に急ぐ。あの呪いがそう簡単に解ける訳がないのだ。誰かが身代わりにならなければ‥‥。
 遠目に難破船を捉える。船首に人魚姫は括りつけられているように見える。魔女は急ぐ。その目で確かめるために。

 石像はあった。

 数年分の穢れをその身に纏い、絶望をその表情いっぱいに刻んだ‥‥イアル・ミラールの姿。
「‥‥ふ‥‥うふふふふ‥‥」
 魔女の口から思わず笑いがこぼれる。まさか‥‥まさかこんなことになっていたなんて。
 思い出されるのはもう幾月も前のこと。美しく強大な魔力を秘めた女性の像があった。その強大な力に惹かれ、嫉妬し、恋焦がれ、穢した。
 イアルを覚えてないはずがない。忘れることなどけしてない。
「そう、それならいいわ。人魚のことなど忘れてあげる」
 イアルの穢れ具合から見て人魚姫の呪いを肩代わりしたことは明白だった。
 逃がした人魚は多勢だが、イアルが手に入るならチャラにすることにした。まさかこんなものが手に入るなんて‥‥大きな誤算だった。これが手に入るのなら、ペットや人魚などとるに足らない存在だ。
 満足げな顔で魔女はイアルを難破船から外すと、魔女結社へと帰還する。
 高笑いをあげながら。


2.
 イアルは東京都内のとある高級ホテルへと運び込まれた。
 ホテル、とはいっても魔女たちはその地下にある巨大な空間にいた。
「まぁ! これは‥‥」
 持ち帰ったイアルを見て、同輩の魔女たちは目の色を変える。
「ふふっ、いいでしょう? ひょんなことから手に入れたの。羨ましい? 羨ましいわよねぇ?」
 ふくよかな胸元、引き締まった腹部。穢された体からは悪臭が放たれる。苦しんだままの表情で石化したイアルを、魔女たちは嘗め回すように眺め、嘲笑し、愛おしむ。
「運命なのね。この娘が我々魔女の手元に来ることは」
 美しいものをいかに穢すか、それは魔女たちの楽しみであり快感でもある。
「折角の石像だもの。みんなで楽しみましょう」
 魔女たちは各々の方法でイアルの体の穢れをさらに増やしていく。
 ある者は工場の廃液をその手に召喚し、イアルになすりつける。ある者は魔女の秘薬の原料となる虫やゲテモノをイアルに捧げ、ある者は腐りきった何かを魔女の体を使ってイアルに巻きつける。
 ぬるぬるとした艶がイアルの体を包み、それはろうそくの明かりの下怪しく照らしだされる。逃げ出したくても逃げ出せぬイアルの姿は哀れであり、しかし美しく神々しくも感じる。どろりとした黒い油を苦しげなイアルの唇に塗ると、その口元からタラリと油は流れ落ちる。
 なんて素敵なのかしら?
 穢しても穢しても穢したりないほど湧き上がる快感。苦痛な顔のイアルを見るたびに、あの手この手でもっと穢したくなる。
 前にこのイアルを見たときに感じたどうしようもない衝動。あの時ももっと穢しておけばよかったと後悔した。
「もっと、もっと‥‥」
 美しい胸の谷間に生贄の血を注ぎ込めば一本まっすぐに流れ、臍に流れ込み、内腿を伝って落ちていく。
 綺麗。頭の芯がぼぅっとするような最高の快楽を味わいながら、イアルを穢す魔女たちの宴は三日三晩続いた。

 魔女はそうしてイアルを弄んだ挙句、イアルを好事家たちのためのオークションへとイアルを出品した。
 物理的な穢れのみならず、世俗の穢れが心身ともにイアルを地の底までも突き落すように。
 どんどんその身を穢すがいい。
 おまえが穢れれば穢れるほど、快楽は大きく、強く、最高の頂点にまで上り詰めるのだから‥‥。


3.
 オークションにかけられた物言わぬイアルの石像は異彩を放ち、高級な好事家たちのどよめきを誘った。
 普段は高値で取引される人魚の石像。しかし、イアルの石像は違った。好事家といえど、限度がある。イアルの石像は魔女たちの手によって好事家の限度を超えるほどに汚らしく、異様な人魚像となっていた。
「あなたがお買いになったら‥‥」
「いや、あれは‥‥ちょっと‥‥」
 それぞれの理由からイアルの購入を押し付け合う客たちをよそに、1人の少女が手を挙げた。
「それ、買いますわよ。1億? 2億でもいいのよ? 他に手を挙げる方はいませんくて?」
 黒髪の日本人形のような少女は優しげな笑みを浮かべながらそう言った。
「お嬢様。あのような物をお買いになるのは‥‥」
「うるさいですわ。私が欲しいと言ったら欲しいの。つべこべ言わずにお支払いを済ませてきなさい。‥‥キャッシュでね」
 少女に仕えるのは、こちらも美しい西洋人形のようなメイド。
「‥‥ちっ。本当にわがままなお嬢様め」
 メイドは吐き捨てるように少女には聞こえぬ毒を吐くと、イアルの代金を払いに行く。
 受け取りの魔女とメイドはなぜか親しげに見えた。
「あんたも大変ね。あんなわがままな人間についていなきゃいけないなんて」
「これも仕事だもん‥‥しょうがないじゃん」
 どうやらこのメイド、元々がこの魔女結社の魔女のようだ。どういう因果で少女に付き従っているのかはわからないが、訳がありそうだ。
「支払いは済んで? ‥‥よろしくてよ。これでこの石像は私のものね。さぁ、屋敷に帰るわよ」
 悪臭漂うイアルの石像に、少女は軽くキスをする。
 魔女ではない少女のキスは石像のイアルの呪いを解くわけではない。けれど、そのキスはこれからのイアルの行く先を決定づけるキスだった。


4.
「これを‥‥」
 茂枝萌(しげえだ・もえ)は人魚たちを海底神殿から遠ざける役を買って出ていた。
 人魚たちにも苦悩はあった。それでもかけがえのない人魚姫のために、全てを飲み込んでいた。
 人魚姫が戻った今、人魚たちは人魚姫を救ったイアルと萌にとあるものを託した。
 それは人魚たちの贖罪の証。
「私たちのしたことを、許してほしいとは言えません。けれど、あの方がどうか無事に戻られることを祈ります」
 人魚姫はそう言う。
「取り戻すよ。絶対。それが約束だから」
 萌は人魚姫が差し出した『人魚の霊薬』を受け取った。
 イアルに付けた発信機は、萌にとっても懐かしい場所を差している。
 魔女の秘密結社がある場所‥‥。
 この先、どうなるのか萌にもわからない。
 けれど全てが終わる時はきっと来るのだと、萌は信じている。

 イアルの笑顔をもう一度見たいから‥‥。