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<東京怪談ノベル(シングル)>


―桜・咲き乱れて―

「桜も満開、今が一番きれいな時期ですね」
 今日もアシスタントとして草間興信所を訪れていた海原みなもは、往路で見た桜並木の感想を述べていた。が、此処の主である草間武彦は浮かぬ顔で一枚の書面に目を落としている。
「……どうかしたんですか?」
「ん? あー……確かに綺麗なんだがよ、その桜が不自然に増え続けてるってぇタレ込みがあったんだよ」
 誰かがコッソリと植えているのでは? とみなもは答えたが、あんな大木をコッソリ植えられるバケモンが居たら大変だろうと、草間はその言を否定した。
 場所は花見の名所として名高い、都内随一の花見名所・千本桜のある自然公園だ。公園自体が巨大な国有地であり、文字通り自然に群生した樹木のみで埋め尽くされている事で有名な公園である為、故意に人工植林をしたりする事は原則として禁じられている。草間は通報を受けてから間もなく、調査に赴き実際に桜並木を見て来たと云う事だったが、これと言って怪しい処は見受けられず、首を傾げながら帰って来たとの事だった。しかし、公園管理事務局からは『前日までは無かった桜が、何時の間にか増えている』という続報が届いている。草間が先刻から読んでいた書類はそれだったのだ。
「確かに、人力で植えるには無理がありますね。でも機械を持ち込んだ跡も無いし、植えた直後にしては根元付近の草が自然に生えている。気味が悪いですね」
「だから俺は、こういう魑魅魍魎の匂いがする話は嫌いなんだよ」
 書面に添付されていた『増えた桜』の写真を見て、みなもは小さく唸っていた。そして更に悪い事があるんだよと、草間は眉間に皺を寄せながら語った。
「桜が増えた後、必ず失踪届けが警察に届くんだと。しかも、その数はピタリと一致している。怪しいなんてもんじゃねぇぜ」
 話を聞いて、みなもは思わず身震いした。そして草間は『これから、また調査に行く』と言って身支度を整えていた。当然、
みなもも助手として同行する事になる。これは嫌なタイミングで来てしまったなと、彼女は密かに悔いていた。

***

 休日と云う事もあり、公園内は花見客で賑わっていた。この平和そのものにしか見えない公園で、謎の怪奇現象が起きている。ミスマッチと相まって、ますます不気味さが募る。
「桜が増えるのと、人が失踪するのと……どういう関係があるんですかね?」
「そいつを調べんのが、俺の仕事なんだよ」
 草間が、カップ酒にチビチビと口をつけながら、怠そうに返事をする。こんなバカげた依頼、酒でも飲まなきゃやってられねぇよと愚痴を吐きながら。そんな草間を、みなもは『オトナって、建前と本音を使い分けなくてはいけないから大変なんだな』と、生暖かい視線で見守っていた。
「ふぅん……コイツだな? 新しく生えた桜ってなぁ」
「植樹の跡は……ありませんね。根元の土もしっかりと定着して、草もしっかりと根を下ろしていますよ」
「国有林だし、穴掘っちゃまずいだろうしなぁ。さーて、どうやって調べっかな」
 等と、やはり怠そうに後ろ頭を掻きながら、草間はジロジロとその桜と、周囲の桜を見比べていた。が、外見を幾ら調べたところで、手掛かりが見付かろう筈もない。
 逆にみなもは、広く周囲を見回して、増えた桜と元からあった桜との位置関係などに着目していた。そして、ある事に気が付いた。桜……なかんずく、このソメイヨシノと云う品種はほぼ全てが接ぎ木によって作られた、人造品種である。依って台木となる樹は人工的に植樹されるが、その際には不自然にならぬよう、適当な間隔をあけてバラけるように植えるのが普通である。なのに、此処の一帯だけは桜並木のように、規則的な距離を保って一直線に並んでいるのだ。
(おかしい……生え方が不自然だ。人工的に植えて増やすものでも、こんなに規則的な並べ方はしない筈。やはり、何か……)
 と、そこまで考えた時。彼女は足許に違和感を覚えた。何者かに足を掴まれているような感触が靴を通じて伝わり、瞬く間に足を地面に固定されてしまったのだ。彼女の足を地面に固定したもの……その正体は、土中から伸びる木の根のような糸状のものだった。
(な、何これ! 足が……足が動かない!!)
 異変に気付いた時、彼女は咄嗟に回避しようとした。だが、根が伸びるスピードの方が速く、しかもそれは強固であり、逃れる事は既に不可能となっていた。
「く、草間さん!!」
「あー? ……!! おい! 大丈夫か、嬢ちゃん!」
「足が……足が動かないの!」
「クソっ、この野郎!! ……駄目だ、硬くて千切れない!!」
 みなもの悲鳴を聞き付けて、急行した草間が救助に掛かる。だが時既に遅く、足許を覆う根は徐々にその高さを上げ、足首から膝、腿と、その身を包み込んでいった。そしてその高さが腰に至り下半身を完全に覆われた時点で、みなもは思考能力を奪われ、その意識を完全に『乗っ取られる』恰好になっていた。が、薄れゆく意識の中で、彼女は懸命に自分を支配する者と対話をしようと試みていた。
(アナタは誰!? こうやって、仲間を増やしていたの!?)
 しかし、相手は答えない。いや、元々意思疎通の出来る相手では無かったのだ。地下を伝って伸び続ける茎から根毛が地表に出て、そこに在る生命体を取り込んでは自身の規模を拡大していく、魔性の植物だったのだ。
(……!! あ、貴方達は!?)
(無駄だよ、私たちもこうして取り込まれたんだ。こうなっては、逃げる事は出来ない……諦めな)
 みなもの心は先に取り込まれた人間たちの意志とリンクして、互いの姿を見る事が出来るようになっていた。ズラリと並んだその並木は、実は千本桜に取り込まれた人垣だったのだ。見ると、かなり前に取り込まれたのか、質素な着物に身を包んだ幼い娘の姿もある。
(アンタも、お仲間になっちゃったね……)
(あたし、樹になったおかげで、ずぅっと生きてられるようになったんだ。おとうも、おかあも空に行っちゃったけど、あたしはこうして生きてるんだ)
(……!! 冗談じゃない、こんな形で心だけが生き残っても、意味なんか無い!)
 それは、みなもが未だ人間としての生に執着していたから出た言葉であった。が、その身体は次第に桜の木と同化して、完全に変化してしまった。手指は枝となり、見事な花を咲かせている。このまま、樹としてずっと此処に立っていなくてはならないのか……そう考え至った時、彼女は号泣していた。

***

「お酒が嫌いだったなんて、意外過ぎる弱点でしたね」
「だから、俺は取り込まれなかったって訳だ。まさか、手に持っていたカップ酒を零したら元に戻るなんてな」
 怪奇現象を振り返り、言葉を交わす草間とみなも。無論、過去に取り込まれた者たちも、その時点で解放されていた。千本桜は『物の怪』としては若い部類に入る新参で、百年ほど前に意思を持った桜の化け物だったようだ。
「寂しかった……んですかね?」
「傍迷惑な話ではあるが、草木が意志を持ったなら……まぁ、分からん話では無いな」
 物の怪に同情は不要……そう考える草間をしてそう思わせてしまう、孤独な桜の叫び。それが、人を取り込んで仲間にするという結果を生んでいたのだ。
 その後、不自然に空いてしまった空間には新たに桜が植樹されたという事であるが、意思を持ち、物の怪となる桜が出ないという保証は、何処にも無いのだった。

<了>