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<東京怪談ノベル(シングル)>


銀の旋風 紫苑の刃5

闇の中で鮮やかに舞う銀の光。
襲い来るゴーグルスーツ姿の男たちの中を駆け抜け、打ち倒す。
柔らかく微笑を浮かべ、その身に似合わぬ大ぶりのナイフを軽々と振う。
琴美は男たちが守る先にある灰色の壁に覆われた巨大な箱―研究所をその瞳に捉え、小さく微笑んだ。

「ちっ、情報通り、危険極まりない女だ」
「第4次防衛ラインが突破。ターゲット、依然健在です」
「警備をイエローからレッドまで引き上げろっ!!これ以上、一歩も通すなっ」
「最終防衛ラインを見直せ。最悪、所内への侵入されても、セントラルは守れ」
「5、7、16の防衛隔壁閉鎖。対人警備ロボット部隊の配置完了しました」
「よしっ!!後は……」

メインコントロールルームに飛び交う怒号に主任研究員はため息を零すと、司令席に両手を組んで座る男の方に振り向いた。
頬に大きな傷を持ったその男―ボスは呆れつつも、得物をいたぶって楽しむような眼差しで、研究所内を全てを映し出す防犯モニターに大きく映し出された琴美を見た。

「こいつが、噂の『水嶋琴美』か……まさか、こんな色っぽい女だとはな」
「笑い事じゃないですよ、ボス。警察にケンカ売ったのは構いませんが、『特機』のエースを引きずり出すなんて、計算外ですよ」

お陰でこちらの被害は甚大だ、とぼやく主任だが、その目はボスと変わりはなく、モニターの中で躍動する琴美に見入った。
艶めかしくも、悩ましい肢体を覆う漆黒のラバースーツ。そして、男たちを引き付けてやまないヒップを隠す黒いミニスカートに目を奪う太腿から下を保護するかのごとき特殊な革を編み上げたロングブーツ。
これだけのスタイルを持つ女が自衛隊特務機動課、通称『特機』所属のエースだというのだから、ある意味で勿体ない気がしないでもない。
だが、魅惑の肢体とは裏腹に、襲い来る数十人の警備隊を笑顔でなぎ倒す様はシャレにならない。
任務成功率は100パーセント。崩壊させた組織は数知れず。目をつけられた組織は確実に消していく。自衛隊の誇る最強隊員。
それが水嶋琴美、と、裏社会でまことしやかにささやかれていた。
聞いた時、そんな馬鹿なことあるか、と笑い飛ばしていたが、実際に目にすると本当にシャレにならんな、と心底思う主任だったが、のんびりとやられるのを待っている場合ではない。
どうにか撃退するか、それとも目を眩ませて逃亡するか、どちらかを選ばざるしかない。

「おいおい、あんまり思い込むなよ? 相手が相手だからって、あんまり過剰評価するとろくな結果にならんだろう?」
「だからといって、過小評価もできないですし、楽観視もできないでしょうがっ!!大体、外縁防衛部隊が壊滅寸前なんですよ?! その時点で予想外でしょうがっ」
「予想外というよりも、想定内なんじゃないですか? 今まで水嶋琴美が壊滅してきた組織って、こんな感じで外堀埋められて、侵入されて、精鋭投入したら、ハイお終いだったらしいですよ」
「そこで突っ込んでくるなっ!! こいつの血圧上がるだろっ?!!」

あまりに能天気すぎるボスを締め上げん勢いで反論を展開する主任。
そんな2人の姿に、しれっとした顔でツッコミを入れたのは次席研究員に一瞬、メインコントロールルームの空気が凍りつき、ふざけ口調だったボスも慌てふためいて、文句を言うも、遅かった。

「ほぉぉぉぉぉぉぉぉお、よぉぉぉぉぉぉっく御存じでいらっしゃるなら、馬鹿な真似しないで手を考えてください。私は第3次防衛部隊に指示を出しておきますので、その間にどうすべきか、決断をお願いします」
「だぁぁぁぁ、そこまでの状況考えろと?!」
「当然ですね。元を正せば、ボスが悪いんですよ? あんなお遊び、いきなしやるから主任がお怒りなんじゃないですか」

容赦のない次席の言葉に絶叫するボスを残して、痛むこめかみを抑えて主任はメインコントロールルームから外に出た。
これまで大きな問題もなく、リスクも避けて、組織の規模を大きくし、研究で得た結果を表向きに設立した『企業』を使って、世の中に還元することで目を眩ませてきた。
なのに、先日のボスが立てた計画―警察の特殊部隊を相手にし、開発したばかりの強化人間がどこまで通用するかを売り出す手段に、組織のナンバー2である自分とナンバー3の次席は最初から難色を示した。
デモンストレーションをやるのは別にいい。
だが、相手が公権力、というのが問題だ。下手を打てば、危険で厄介な相手を出しかねない、と警告したのだが、知らぬ間に先日の失態。
事態を知らされた自分と次席が対応に追われ、追跡者の手がかりになりそうな痕跡を全て消しにかかったが、遅かった。
これで警察の特殊部隊なら、どうにかなった。
複数の人数で部隊を組んでくる警察のやり口なら、少しつつけば、足並みを乱してくれる。
それなら、いくらでも手の打ちようはあった。
だが、まさかの自衛隊。しかも、特務機動課の水嶋琴美。
馬鹿みたいに感心するボスの首を締め上げそうになるのをどうにか堪え、銃を片手に青筋を浮かべる次席を抑えて対策を打っていた矢先に先手を打たれて、攻め込まれた。
ああ、なんというか、想定してた中でも最悪な方向に突き進んでいる。
だからといって、このままで壊滅させられるのを座して待つわけにいかない。

「全く……腹立たしい。稼げるだけ時間を稼ぐ。退路を確保しておけ」
「了解しました、主任」

ぐしゃりと前髪を掻き揚げながら、主任はいつの間にか、背後に控えたスウェットスーツ姿の男たちに命じた。

研究所へと突き進むにつれて、分厚くなっていく警備隊の数。
お仕着せのゴーグルとスーツ姿がいい加減うんざりとなりながらも、琴美の手は緩まず、むしろ、磨きがかかっていく。
肉弾戦に持ち込もうと、数人で一斉に飛びかかってくる男たちの肩を足場にして、上空へ飛び上がり、無様に転がった上に重力弾を撃ち落とす。
琴美の手から放たれた漆黒の球体が炸裂した瞬間、ぐしゃりと潰れていく男たちを置き去りにして着地すると、琴美は隊列を組む警備隊にわき目も振らず突き進む。
その手に握られているのが、高性能ライフルだと分かっていても、その歩みに迷いはない。
よりスピードを上げて迫る標的に、指揮官は苛立ちを露わにし、声を張り上げた。

「撃ち方用意、構えっ!!敵は射程圏内。号令と共に一気に撃て」

つんざくような雷鳴のごとき声に、琴美はくすりと微笑を浮かべると、両手に握ったナイフの柄をきつく握り込む。
ザンッ、と草を踏みつぶし、地をえぐる音が高らかに響く。
さらに速さを増したかのような琴美に指揮官は一気に腕を振り落した。

「撃てぇぇっぇぇぇぇぇぇっ!!」
「遅いですわ」

派手な射撃音が轟いた瞬間、指揮官の耳元に聞こえたのは、静かな、だが、鮮やかに笑みを含んだ女の声。
標的を打ち損じ、地面をえぐった銃弾が爆発したかのように土煙を沸き起こす。
視界を奪われながらも撃ち続ける隊員たちの銃声が徐々に消えていくことに指揮官は慌てて制止させる。
しかしそれは、女の言葉通り、全てが遅く、煙が薄れた後には信じがたい光景が広がっていた。
あらぬ方向へ銃口を向けて倒れ伏した数十人の男たちの中心に、長い黒髪をなびかせ、嫣然と微笑む琴美がすっくと立っていたのだ。

「遅い、と申しましたわよ。指揮官殿」

何事もなかったように微笑む琴美に、指揮官のみならず、生き残った隊員たちも本能的な恐怖を覚え、顔面を蒼白とさせる。
時間にしても、わずか3,4分。その短い間に数十人―しかも、銃撃部隊をほぼ壊滅に追い込むなど考えにくい。
自慢ではないが、射撃にかけては他国でも追随を許さないほどの腕前をした者たちをそろえたはず。
なのに、赤子の手をひねるどころか、野原の草を踏み潰す程度で倒すなど、しかもたった一人で。
信じがたい事実を受け入れられず、酸欠の金魚のように喘ぐ指揮官がよろめいた瞬間、堰を切ったように、残った隊員たちは悲鳴のように、撤退を叫びながら、我先とばかりに研究所へと逃げていく。

「力の差を知り、逃げ出すことは恥ではありませんわ。戦略的も正しいこと……なのに、愚かな指揮官は絶対死守を命じるだけ。嘆かわしいと思いませんこと?」
「ああ、全くだ。アンタの姿を見た時点で、牽制だけにして、撤退立てて置けばよかったよ」

琴美に痛いところを指摘され、悔しがるかと思いきや、あっさりと認めた指揮官は忌々しげに琴美を睨みつけると、懐から取り出したスマートホンほどの大きさをした小箱を地面に叩き付けた。
ほとばしる閃光と灼熱。
水蒸気と火薬の入り混じった爆発と煙がモニターで映し出された瞬間、思わず、ボスは腰を浮かすが、その次の光景に驚愕し、椅子にへたり込む。

「第3次防衛ライン突破。これをもって外縁防衛部隊は壊滅、ターゲットは所内への侵入。残りの隔壁を封鎖し、迎撃せよ」

呆然とモニターから視線を逸らせないボスの情けない姿に、盛大に舌を打ち、次席は適切な指示を出しながら、モニターに映る無傷の琴美を睨みつけた。