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<東京怪談ノベル(シングル)>


銀の旋風 紫苑の刃7

がらんどうになったメインコントロールルームは薄暗く、壁にはめ込まれたモニターの光だけが青白く室内を光らせる。
ほとんどのモニターはカメラを破壊されたのか、砂嵐と化し、最後に映っていた画面も数秒と持たず、他のモニターと同じ運命をたどる。
それが映していたのは、最後まで踏みとどまり、仲間たちの撤収を援護した狙撃部隊がたった一人の侵入者によって倒された姿。
半ば予想はしていたとはいえ、実際に目にするとつらいものがある。

「ボスはちゃんと逃げたんだろうな?」
「ええ、なんとか脱出用のトラックに押し込みましたが、無駄かもしれないですね」
「メインフロアに水嶋が侵入するまで、あと10分程度だ。それまで大人しくしてくれれば……」
「無駄みたいですね」

研究員たちとボスを脱出させ、最後の時間を稼ぐために、残っていた主任と次席は彼女を迎え撃つために配置した精鋭部隊に指示すべく、残っていたのだが、生きていた監視カメラからの通信映像を見て、主任は頭を抱えた。
ほぼ同時に脱出した研究員からの、ボスがいつの間にか姿を消したという連絡に大きくため息を零す。
いつものことだが、なんだってあのボスは自分で突っ込んでいくのか、と思いながら、慌ててメインコントロールルームから飛び出した。

競技用のプール一つがすっぽりと収まりそうな広さのメインフロアの光景に、琴美は目を疑い、肩を竦めた。
目の前に広がるのは、身を動かすのが精一杯なまでにひしめき合う―明らかに一般の―戦闘員たちと彼らを守るように、自分と対峙する十数人の精鋭部隊らしき男たち。
数多くの組織と戦ってきたが、ここまで異質なのは初めてだ。
あれだけの仲間をたった一人の人間―琴美に倒されたのを目の当たりにしていながら、戦意を喪失するどころか、さらに結束を増して、集結するなど、未だかつて見たことがなかった。

「素晴らしい組織力ですわね、感心しましたわ」
「痛烈な皮肉と受け取ろう、水嶋琴美。俺たち―精鋭部隊も予想外な事態なんでね」

琴美の言葉に若干、頬を引きつらせた隊長格がじろりと背後に居並ぶ戦闘員たちを睨みつけ、肩を落とす。
精鋭部隊の面々も呆れたり、こめかみを抑えたりと、様々な反応をしているが、同じ感想を抱いていた。

「素直に受け取ってください。立てこもり事件を起こした輩と違い、敬意をもって戦わせていただきます」
「それは光栄だ。自衛隊特務機動課のエース様にそこまで言わせたからには手は抜かん。勝手にケンカ売ってくれた連中のせいで、主任を危険にさらせられん」

かちゃり、とナイフを両手に構えて向き合う琴美に、隊長格は皮肉めいた表情で日本刀を引き抜く。
それを合図に皆が武器を構え、琴美を取り囲む。
動いたのは、ほぼ同時。一瞬にして間合いを詰め、切りかかってきた隊長格の刀を左手のナイフで受け止め、舞踊のごとき動きでいなすと、琴美は右手のナイフで切り上げる。
弾かれたと同時にざっくりと胸を切り裂かれ、隊長格は舌を打ちながら後ろへ飛ぶと、その空間を二人の精鋭隊員が飛び込んで、小太刀で切りかかる。
息の合った見事な連携に感心するも、一歩及ばない。
にこりと微笑んだかと思うと、琴美は二人の小太刀を思い切り弾き飛ばす。
勢いに負けて、腕が振りあがったままになった一人の腹に蹴りを食らわし、気絶させ、体勢を一瞬で立て直すと、琴美は振り向きざまに残った一人の顎へと強烈な拳をアッパー気味に炸裂させた。
大きく後ろへ吹っ飛ぶその姿に、息を飲んで観戦してた一般戦闘員たちは一様に顔面を蒼白させるが、まだ逃げ出そうとせず、必死に踏みとどまる。

「逃げるな、今逃げたら、主任たちが逃げ切れなくなる」
「そうだ、あの方が無事ならいいんだ。そのために俺たちは残ったんだ」
「主任……それが首領の役職名ですか。ずいぶんと慕われているのですね」

震えながらも、踏ん張る戦闘員たちの口に上がったのは、主任を守れという言葉。
心の底から信頼し、慕う姿は少しばかり、上司を信頼する自らとダブり、琴美は小さな笑みを口の端に乗せて、隊長格を見ると、なぜか渋い顔を浮かべ、他の戦闘員たちには睨まれた。

「悪いが、あの方とボンクラ、能天気、超楽観の出たとこ勝負の単純を地で行くボスと一緒にしないでくれ」
「そうだそうだ!!典型的な無能の二代目ボスを完璧に支え、組織をここまでにした主任と一緒にするなっ!!」

一斉に上がった非難と共に、怒りを孕んだ精鋭部隊の総攻撃を浴びるも、琴美は全て余裕でかわした上、あっさりと叩きのめして、未だいきり立つ戦闘員たちを見た。

「ボスではなくナンバー2の方を守りたい、と。一般的にはボスをお守りするのではないのですか?」
「うちの組織は主任あっての組織なんだよ。警察と一戦交えた件だって、主任は反対だったからな。それをボスがノリで許したもんだから、こんなバカげた事態になったってんだ」

小首をかしげる琴美に隊長格は日本刀をきつく握り、何度も切りかかってくるも、寸前で届かないが、それで十分だと言わんばかりに履き捨てた。

「俺たちの目的はアンタをこれ以上進ませないこと。そのためにはどんな手段も厭わん」

そうだ、そうだ、と呼応する戦闘員たちの声を後押しに、隊長格は腰につけていたバックパックから親指ほどの太さはあろう浸透圧式の注射器を引き抜く。
半透明な注射器の中は何らかの液体で満たされ、それをちらりと見た隊長格はにやりと笑い、ためらうことなく、それを左腕に押し付けた瞬間、大きく身体が痙攣を起こしたように震え出したかと思うと、凄まじい勢いで全身の筋肉が異常発達していく。

「あらあら、完成させていたのですね? あの人体強化薬」
「おうよ、お前らに捕まった連中のデータをもとに最終調整した完成品だ。これでお前とは五分っ」

言うが早いか、隊長格は注射器を投げ捨て、琴美に襲い掛かる。
異常発達した拳を一歩下がってかわした瞬間、つい先ほどまで立っていた床が大きくへこみ、直径5メートルほどのクレーターが出現する。
目を見開いて驚愕するも、琴美に焦りはない。
追い詰められた彼らが違法な人体強化薬を使ってくることは予想の範疇内だ。
くり出す拳の威力は確かに驚異的だが、その力の得ただけのリスクがあることを理解しており、距離を取って攻撃をかわし続け、勝機が来るのを待つ。
それを見て取った隊長格はニイッと唇を曲げると、声を張り上げた。

「俺がこいつを抑えている間に撤退しろっ!!主任もそれをお望みだぁぁぁぁぁ!!」

あらん限りの声で叫びながら、殴り掛かってくる隊長格に琴美は小さく吐息を零すと、腰を落とし、右の拳を構える。
迫ってきた隊長格の懐に一歩で踏み込み、全体重を乗せた拳をその腹目がけて打ち込んだ。
大きくえぐり込んだ琴美の拳に強化したはずの隊長格の身体はくの字となり、そのまま勢いよく後ろへと飛んでいく。
隊長格の言葉に撤退を始めていた戦闘員を巻き込み、飛ばされた隊長格は最奥の壁に大きなクレーターを描いて、激突し、そのまま床に落下し、動かなくなった。

「さぁ、あとは貴方たちだけですわね」

柔らかな琴美の言葉に、戦闘員たちは本能的な恐怖を覚えつつも、覚悟を決めたのか、最後の特攻とばかりに襲い掛かるが、敵うわけがなく……。
気づけば、大きな人間の山が琴美の背後に出来上がっていた。

「やれやれ、さすがは水嶋琴美。こちらの全戦力の8割を壊滅させるとは、な」

さて、先に進みますか、と琴美が左手後方に見えた中階段を上ろうとした瞬間、数名の護衛を従えた主任研究員が冷ややかな眼差しで目の前に立ちはだかった。
一瞬、息を飲む琴美に対し、護衛たちは手にしていたサブマシンガンの銃口を向けるが、軽く左手を上げて主任がそれを制する。

「どういうつもりですの? 貴方が実質のボスと推察したのですけれど」
「もう俺たちに戦う術はない。大人しく投降する。代わりに一般研究員と戦闘員たちは見逃す――のは無理か、なら、寛大な措置を頼む。全責任は上層部である俺たちにある」
「潔いですわ……と言うとでも? ボスの逃亡を許すほど、特務機動課は甘くありませんわ」
「ったく、さすがといべきだろうな、水嶋琴美。だが、安心しろ。お前がさっき吹っ飛ばした一般戦闘員の中に――情けない話だが、うちのボスが巻き込まれている。逃げるも何もないんだよ」

警戒の色を隠さない琴美に、主任はどこか遠くを見るように告げると、ズボンに入れていた右手を引き抜いた。
その手に握られた細い銀色の筒状の金属。
その先端に嵌め込まれたボタンに主任は無言で指をかけると、ためらうことなく、そのボタンを押した。
炸裂する閃光。筒状の金属は大きく膨れ上がったかと思うと、青白い炎を纏って爆発する。
見た目とは裏腹に高性能な小型爆弾。命を奪い去るのは容易い、凄まじい威力に居合わせた誰もが息を飲む。
だが、その爆弾による死傷者はない。
なぜならば、主任がボタンを押し、自爆を図ったその瞬間、琴美が投げたナイフが爆弾を弾き飛ばし、弧を描いて空中を数度回転すると、そこで爆発したのだった。

「負けを認めるのでしたら、きちんと償うべきではありません?」
「ああ、そうだな……負けを認めよう」

琴美にあっさりと腕を取られ、うつぶせに抑え込まれた主任は苦々しく思いつつも、抵抗することを諦めた。


閉じられたブラインドを引き上げ、差し込んできた自然光に目を細めつつも、上官は報告書をデスクに投げ置いた。
その様を直立不動で見守っていた琴美に、上官は大きく息を吐き出しながら、椅子の背もたれに身体を預け、苦笑した。

「報告は受けた、水嶋。見事な手際、というよりも、実質の指導者だった主任が真に切れ者だったということか」
「少々戦いづらい点もありましたが、問題を感じるほどではありません。ボスは典型的な無能の二代目で、先代の偉業に支えられていただけの俗物だったそうです」

普段と違い、辛辣な琴美の一言に上官は特に気に留めることもなく、そうだな、とつぶやくと、居住まいを正した。

「ご苦労だった、水嶋隊員。完全壊滅どころか、組織の上層部を捕えたことは大きい。今後ともまた頼むぞ」
「ハッ、それでは失礼します」

満面の笑みで褒めた上官に琴美は短く敬礼を返し、部屋を出たが、その表情は厳しい。
確かに今回は無傷で上層部である主任を捕えたことは大きいが、なんとなく釈然としなかった。
まだひと波乱あるのでは、と思い、琴美は更に気を引き締めるのだった。