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<東京怪談ノベル(シングル)>


強かな彼女は二文字を知らない(7)
 琴美は、男の攻撃を咄嗟にナイフで受け止める。重い、一撃。
 けれども、琴美はその細腕のどこにそんな力を隠し持っていたのか、相手の事を押し返してみせた。
「ふふふ、どう? ワタシの自慢の実験体の力は?」
 白衣の女が、ようやく口を開く。戦場に似つかわしくない楽しげなその声音に、琴美は嫌悪感を覚え整った眉を僅かにしかめた。
 再び襲いかかってきた強化人間と交戦しながらも、黒髪の女は凛とした声で黒幕へと言葉を返す。
「趣味の悪いお方ですわね。このような強化人間を作って、いったいどういうおつもりでして?」
 琴美の問いかけに、白衣の女は「いいえ」と首を横へと振る。そして彼女は高らかに声をあげ、笑った。
「強化じゃないわ……。ワタシが求めているのは、進化よ!」
「進化、ですか……」
「ワタシは元々は彼の秘書だったのよ。この会社には人の力を増幅させる薬を作れるだけの技術があった。研究を進めれば、人類は新たなステップへと到達出来るはずだった。凄いとは思わない? 新人類を作れる、いわばワタシ達は神様になれるってわけ。……けれど、彼はその事には興味がなかった」
 社長を見やりながら「豚に真珠とはこの事ね」と嘲笑い、女は続ける。
「だから無能な社長の代わりに、ワタシが会社を乗っ取りこの研究所を作ったの。彼の代わりに、神様になってやろうとしたってわけ。社長は幸せ者よ、この実験の記念すべき最初の……そして最高の実験体になれたんだから!」
 琴美は瞳を閉じ、嘆くように首を左右へと振った。白衣の女、彼女はもはや正気ではないのだ。
 その時、琴美の手に持っていたナイフを男が弾き飛ばした。落下したそれはカラカラと音を立てて床を転がり、棚の下の隙間へと潜り込んでしまう。
「さすがの貴女といえど、ワタシの最高傑作には敵わなかったようね」
 白衣の女は、勝利を確信し笑みを深める。
 しかし、琴美が怯む事はない。ナイフを手放してしまったというのに、琴美がその時浮かべた表情は、自信に満ち溢れた勇ましくも美しい笑顔だった。
「神様よりも、私には信じるものがありますわ」
「ふぅん、何かしら?」
「それは――」
「……!?」
 琴美の姿が一瞬で視界から消え、白衣の女は目を見開く。慌てて周囲を探るが、あの豊満な肢体を見つける事は叶わなかった。
 直後、どさり、と何かが倒れるような音が白衣の女の耳へと届く。音のしたほうを見れば、社長だった強化人間がナイフで切られ息絶えていた。目にも留まらぬ速さで、琴美は彼へととどめをさしたのだ。
「そんな、だって、ナイフはさっき投げ飛ばしたはず……!」
 混乱に陥り叫ぶ白衣の女は、気付かない。先程のナイフは、ただのダミーだったという事に。愛用の武器であるナイフを手放すなんてミスを、琴美が犯すわけがないという事に。 
 何もかも、琴美の計画通りだったのだ。
「嘘、嘘よ、こんなの……!」
 取り乱し、女は髪をかきむしりながら首を左右に振る。そして、背後に感じた気配に怯えた顔をしながら振り返った。
「私が信じているのは、私自身の力、ですわ」
 いつの間にか女の背後へと立っていた琴美はそう呟くと同時に、ナイフを真横へと引く。事件の黒幕は悲鳴をあげ、その場へと倒れ伏す。神になりそこねた女は、薄れゆく意識の中ようやく理解した。
 嗚呼、自分は、無力だったのだ、と。

 強化人間を作り続けた女と、そんな女に強化人間へとされてしまった人々。
「本当に心がないのは、いったいどちらだったのでしょうね……」
 ぽつりと琴美がこぼした言葉に、返事はない。物言わぬ抜け殻は何も語らない。
 聞こえるのは、遠くの雨音だけ。そしてその雨も、どうやらもうすぐ止むようであった。

 ◆

「任務、完了いたしましたわ」
 司令の前に立ち、凛とした声で彼女は任務成功の報告を済ませる。
 まっすぐに司令室へときたのだ。当然ながら、彼女の格好はいつも任務の時に着用している服のままだ。女らしい魅力的なボディラインを浮き出させている、黒のラバースーツに同色のプリーツスカート。
 しかし、それには傷どころか汚れ一つついていなかった。先程まで戦場にいたとは信じがたい程、琴美は美しく可憐な姿をしている。琴美は、あれ程の数の敵を相手にしたというのに敵に指一本触れさせる事すら許さなかったのだ。まさに神業、特務統合機動課のエースである琴美だからこそなせる事であった。

 報告を終え、部屋を去ろうとした琴美の事を司令が呼び止める。
「水嶋くん。すまないが、これに目を通しておいてくれ」
 艶やかな黒髪を揺らしながら振り返った琴美の前に、司令が差し出したのは書類の束だ。
「次の任務の資料ですわね?」
「ああ。少々厄介な相手が見つかってね。実際に現地へと乗り込むのは、日を改めてで構わないのだが……」
「あら、すぐにでも行けますわよ」
「しかし、君は今帰ってきたばかりだろう」
「問題ありませんわ。ちょうど、少し物足りないと思っていたところでしたの」
 今宵の敵では、どうやら琴美を満足させる事は出来なかったらしい。彼女は呆れるように肩を竦めてみせた。
「わたくしにお任せくださいませ、司令。必ずや、勝利を貴方の元に」
 微笑む琴美に、司令は降参とでも言うように苦笑した。
「全く、君には敵わないな」
 そして、彼は任務の詳細を語り始める。
 恐らくその任務も、宣言通り琴美は成功させてみせる事だろう。
 なにせ、強かな彼女は、敗北の二文字を知らないのだ。