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<東京怪談ノベル(シングル)>


外道忍群(1)


 風が、吹いている。
 死の風だ、と水嶋琴美は思った。吹き付けられただけで肌が裂ける。肉も裂ける。骨が断ち切られる。首を刎ねられ、あるいは心臓を穿たれる。
 あらゆる方向から斬撃が、刺突が、まさに風の如く襲いかかって来る。
 吹きすさぶ死の暴風の中、琴美は、ゆったりと足音を響かせながら歩を進めた。
 すらりと伸びた両脚が規則正しく躍動し、ロングブーツの踵でアスファルトを打つ。
 瑞々しい丸みを帯びた尻の周囲で、短めのスカートがふわりと揺れて太股を撫でる。
 攻撃的な色香と活力をムッチリと詰め込んだ、左右の太股。そこに巻き付いたベルトには、何本ものクナイが収納されている。
 豊麗な胸の膨らみを短い着物に閉じ込め、格好良くくびれた胴でしっかりと帯を締めたその姿が、歩みに合わせて軽やかに翻った。長い髪が、色艶と芳香を振りまくように弧を描く。
 左右の細腕が、短めの袖をはためかせながら一閃した。
 美しく鋭利な五指に握られた大型のクナイが、襲い来る死の暴風を弾き、受け流す。
 夜闇の中に、いくつもの火花が咲いた。
 弾かれ、受け流された者たちが、路面あるいは建物の外壁に着地する。
 琴美と同じく大型の白兵戦用クナイ、あるいは小太刀。コンバットナイフ。銃剣。
 様々な刃物を手にした、影のような男たち。
 月光を受けて輝く刃のみが白く、それ以外の部分は全てが黒い。
 まさしく影としか表現し得ぬ男たちが、路面を蹴って駆け、壁面を蹴って跳躍し、またしても死の暴風と化して琴美を襲う。
「貴方がたは……」
 琴美は息を呑んだ。涼やかな美貌が、凛とした緊迫感を帯びる。
 ゆったりと路面を踏んでいたブーツが、高速で離陸した。格好良く膨らみ締まった太股が、スカートを押しのけて跳ね上がる。
 跳ね上がった右膝が、死の暴風を迎撃する。
 ぐしゃり、と衝撃が起こった。
 コンバットナイフで姿勢低く突きかかって来た男が、琴美の足元に沈む。カウンターで膝蹴りを食らった顔面が、凹んで原形を失っている。
 同時に、2つの閃光が夜闇を切り裂いていた。
 琴美の両手に握られた、左右2本の大型クナイ。それぞれ別方向に一閃し、死の風を迎え撃つ。
 影のような男が2人、アスファルト上に落ちて倒れて動かなくなる。
 両名の首筋には、クナイが突き刺さったままだ。
 琴美は素手になった。
 2人の男が、命と引き換えに己の身体で、琴美の両手から武器を奪ったのだ。
「その執念……やはり、貴方たちは」
 クナイを回収する暇など与えてくれるはずもなく、男たちが死の暴風・疾風と化し、吹き荒れる。襲いかかって来る。
 柔らかく捻転する琴美のボディラインを、銃剣が、ナイフが、かすめて奔る。
 艶やかな黒髪が、ふんわりと目くらましの如く弧を描いた。
 その目くらましを断ち切るように、小太刀が一閃する。2本、3本、断ち切られた毛髪が夜風に舞う。
 琴美の細い身体が、まるで暴風に煽られた柳のように揺らぐ。しなやかに、攻撃をかわしてゆく。
 すらりと伸びた左右の美脚が、小刻みな回避のステップを披露する。
 躍動する太股から、いくつもの小さな光が走り出した。
 巻き付いたベルトから、小型のクナイがことごとく引き抜かれ、投擲されていた。柳の如く揺れる細身が、無数の光をまき散らす。
 死の風となり吹き荒れていた男たちが、琴美の周囲で路上に墜落し、あるいは壁にもたれて座り込み、そのまま絶命してゆく。
 全員の眉間に、首筋に、心臓に、小型のクナイが深々と突き刺さっている。
「な……何故だ……何故……」
 1人が、まだ辛うじて生きている。闇そのものの黒覆面の下から、死に際の呻きを発している。
「それほどの力を、持ちながら……何故……」
 それが、最後の言葉となった。
 琴美は、答えてはやれなかった。
 会話どころではない、剣呑極まる状況に琴美は今、陥っている。
 5人いた。
 1人は前方に立ち、1人は背後に忍び寄り、1人は近くの建物の屋上に佇んでいる。
 他2名の姿は見えないが、禍々しい気配だけは、悪臭の如く漂って来る。
「それほどの力を持ちながら、権力者の走狗に成り下がり……その立場に甘んずるのだな? 水嶋の」
 今の者たちと、同じような装いをした男である。覆面と、忍び装束。ただし色は、影のような黒色ではなく、炎の如き真紅である。がっしりと鍛え込まれた体格は、その赤装束の上からでも見て取れた。
「思った通り……貴方たち、でしたのね」
 会話どころではない、とは言え琴美は会話を試みた。
 囲まれている。戦うにせよ突破して逃げるにせよ、会話の中から隙を見出すしかない。5人とも、かなりの手練である。
 この5名、1人1人の名は知らない。だが彼らがいかなる集団であるか、いかなる組織に属する者たちであるのかは、琴美にとっては問いただしてみるまでもない事だ。
「治安を守る。それが権力者の走狗に成り下がる、という意味でしたら……確かに私、甘んじておりますわ。忍びとしての務めに、不満などなくてよ」
「忍者が、公務員だと……忍びの道ってもんをナメてるとしか思えねーなァ、水嶋の嬢ちゃんよォ」
 背後の1人が、荒い息を吐きながら言う。
 ねっとりと嫌らしい視線が、琴美の背中を這い回った。
「権力に飼い馴らされちまったらよォー、忍びはおしめえなんだぜェ嬢ちゃん。ナメてるナメてる、やっぱナメてるよオメエ。だっだからよォー、俺がおめぇーのそのカラダ隅々まで舐めまくってやンぜぇええええ! 舐めて、しゃぶって、アレしてコレしてやるっての。い、いいケツしやがってよおおお」
「……おぬしは少し黙っておれ。我らの品格が損なわれてならぬ」
 赤装束の男が、溜め息混じりに言う。が、言われた男は黙らない。
「何もかんも殺して犯して奪い取ンのが忍びの道ってモンだろーがああ!? 品格もクソもねえってのよォ」
「それは確かに、その通りですわね」
 琴美は、とりあえず賛同してやった。
「忍びの道は、血塗られた修羅の道。そこに品格や誇りをお求めになる……殿方のロマン主義、ですわね」
「かつて伊賀忍群はな、徳川に仕える事によって牙を抜かれ、衰退への道を歩み始めたのだぞ。誇り高き戦国の独立勢力から、権力の飼い犬に成り下がったのだ」
 赤装束の男が語る。
「忍びは、仕えてはならぬ。飼い犬ではなく、狼の集団でなければならぬ」
 琴美は見上げた。
 建物の屋上に佇み、こちらを見下ろしている、細身の人影。この2名と違い、一言も口をきこうとしない。
「飼い犬に成り下がった、水嶋家の者ども……生かしてはおかぬぞ」
「風魔は北条家に、戸隠流は真田家に、そして伊賀は徳川家に、それぞれ仕えたからこそ忍びとして名を残したのですわ。権力者の命令を受けて秩序と治安を守る、それが忍びの務め」
 琴美は言い放った。
「仕える主を持たない、野放しの忍群など……単なる殺人者の群れでしかありませんわ。貴方たちのように、ね」
「ああん。権力の牝犬が、何か生意気なコト言ってるうう」
 夜闇の中のどこかから、女の声が聞こえた。
「身の程知らずな牝犬ちゃんはぁ、保健所の代わりにあたしらが殺処分してあげるっきゃないわよねえ。命が惜しかったら3べん回ってワンって鳴いてごらん? そしたら手足ちょん切って鎖に繋ぐだけで許したげるからぁ」
 会話をしてやる気にもならず、琴美は建物の屋上を見上げた。
 このような愚かな言葉を発したりはせず、無言で佇む細身の人影。
 気配が、全く感じられない。屋上に人形でも置いてある、と思えてしまうほどだ。
 夜闇の中から禍々しい気配を伝えてくる、残り1名が言った。
「忍びの道は、血塗られた修羅の道……確かにその通りさ。修羅の道を歩いているとね、安穏としている連中が許せなくなるんだよ」
 若い男か、中年か老人か、判然としない声である。
「自分の血を流そうともせず、ダラダラと平和ボケそのものの生き様を晒している……この国の連中に、僕たちの存在を思い知らせる。僕たちの力で、あいつらに目を覚まさせてやるのさ」
「テロ宣言……という事で、よろしいの?」
 言いつつ琴美は、こちらを見下ろす無言の人影から、意識を離す事が出来ずにいた。
 屋上に置かれた無害な人形、などではない。一度動けば、有害そのものの殺戮能力を発揮するだろう。
 今はその能力を隠し、気配も消し、動かぬ人形に徹している。
「古来、私たち水嶋家と敵対し……それでいて表立った動きを見せる事なく、裏で小細工を弄してこられた貴方がたが、いよいよ何か派手な事をなさると。そのような解釈で、よろしいの?」
 他4名を相手に、こんな会話をしているところを不意打ちされたら、自分とて危ない。
 そう思いつつも、琴美は言った。
「私、全力でそれを妨害いたしますわよ。悪い事は申しませんから今、5人がかりで私を始末なさいな」
「んな勿体ねえ事、出来るワケねーだろォ……1対1で、たぁあっぷり可愛がってやっからよう。楽しみにしてなあ嬢ちゃん」
 禍々しい気配が1つ、消えた。
「戦場にて相まみえようぞ、水嶋の」
「じゃあねー牝犬ちゃん……その澄ました面の皮ァ剥いで、ブルドッグかパグの皮でも被せてやるから」
 2つ、3つと、気配が消えてゆく。
「水嶋家の令嬢……君は、僕たちの力を世に示すのにふさわしい相手さ」
 禍々しい気配が、全て消え失せた。
 琴美は、建物の屋上を見上げた。
 最初から気配を発していなかった細身の人影も、消え失せていた。