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<東京怪談ノベル(シングル)>


破壊には安らぎを、武装には花を(2)
 自衛隊、特務統合機動課所属、代々忍者の血を継ぐ腕利きのくのいち。
 ――水嶋・琴美。
 月を背に、彼女は微笑む。その手には武器を携えて。
 ひゅっ、と、音がした。風を切る音。琴美が駆け出した音だ。
 それが、開戦の合図となった。
 敵もまた、武器を構え彼女を狙う。
 響き渡る発砲音。それも、一度きりではない。いくつもの銃撃音が、その後を追う。
 戦場を駆けるは、女と銃弾。けれど、お互いが触れ合う事はなかった。
 風を味方につけたかのような琴美の速度に、追い付ける者はここにはいない。夜を駆ける彼女の姿を視認する事は、武装組織であれど困難であった。弾丸は琴美には届かず、地を抉るだけに終わる。
「今度はこちらの番でしてよ!」
 琴美のその声は、彼らのすぐ傍で聞こえた。状況を理解する間など、与えない。
 彼女は華麗に、そして鮮やかに、クナイで血の花を咲かせる。闇に染まった戦場を、鮮血で彩る。
 近くにいた別の敵が、近接武器へと瞬時に持ち替え彼女へと凶器を振り下ろす。しかれども、彼女に触れる事は叶わない。琴美は敵の動きを見切り、絢爛な動きで相手の攻撃を避けてみせた。
 ふわり、と琴美のスカートが揺れる。長く伸びたしなやかな足が、勢いよく地を叩く。
 跳躍。その背に羽がない事に違和感を覚えるくらいに、彼女は優雅に空を舞う。月夜へと身を踊らせる。
 スカートとブーツの間から顔を覗かせる扇情的な脚が目に毒であった。彼女の女性らしく魅力的な体が、そして舞踏のような美しい動きが、彼らの集中力を掻き乱す。
 敵の背後へと華麗に着地した彼女は、息吐く間も与えぬ内に相手の事を拘束。そしてその体へと、鮮やかな手つきでクナイを走らせた。
 一方的な攻撃は続く。彼らが相手を一人だと見くびっていた時点で、否、琴美と対峙した時点で勝敗は決していたのだ。圧倒的なまでの実力差は、高度の武装であれど埋める事は出来ない。
 琴美は駆ける。戦場を、鮮やかに、華麗に、軽快に。
 なすすべもなく、組織の者達は一人、また一人と倒れ伏していく。
 そして彼女の歌劇の如き美しき戦いも、やがては終わりを迎える。戦いの幕が下りる時、そこに立っているのは無論、琴美ただ一人だ。

 ◆

 戦いを終え、琴美は慣れた手つきで本部へと通信を繋げた。通信機の向こうから聞こえるのは、聞き慣れた司令の声だ。
「任務完了いたしましたわ、司令。現場の痕跡を消すため、処理班の投入を要請いたしますわね」
 彼女の報告に、司令が満足げに頷くのが通信越しでも分かった。
 通信を切り、琴美はふぅと息を吐く。任務達成の高揚感が、彼女の胸を満たす。
 周囲には敵の遺体が転がっているが、後の始末は処理班に任せればいいだけだ。琴美の今日の任務は、これで終わりである。
(少々物足りない任務でしたわね)
 予定よりもずっと早くに終わってしまった。本部に戻って、訓練に励むのも悪くないかもしれない。
 今後の予定を考えながら、彼女は帰還しようと歩き始めた。そして、不意にその黒色の瞳を細める。
 背後に感じた嫌な気配に、琴美は足を止め振り返った。瞬時に取り出したクナイを、気配を感じた方に向かい投げつける。
 琴美の狙いと寸分も違わぬ正確な軌道を描きながら、クナイは空を駆け、やがて木へと刺さり制止する。
 確かに何者かの気配を感じたはずだった。けれど、そこには誰もいない。
 それどころか……。
「これは……、どういう事でして?」
 琴美が驚くのも無理はない。
 なにせ、先程まであったはずの敵の遺体が――全て消えてなくなっていたのだ。
 一瞬目を見張ったものの、琴美はすぐに冷静さを取り戻し落ち着いた様子で周囲を伺う。
 辺りに散らばっていた敵組織の武装を、一つ一つ丁寧に調べて行く。琴美の形の良い眉が、僅かにしかめられた。
「どうやら今回の事件……ただの武装組織相手ではないようですわね」