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<東京怪談ノベル(シングル)>


外道忍群(2)


 伊賀忍群の中で、徳川の支配に組み込まれる事を良しとしなかった者たちが、まずはこの山中の洞窟に隠れ住んだ。
 450年近く、代を重ねて人を増やし、世の表へと出られぬ代わりに洞窟を地下へと掘り広げ、やがて地熱から電力を得る技術を確立し、忍びの技量を研鑽しながら独自の機械文明とも呼べるものを発展させてきた。
 日本国内にいながら、独立国家の様相を呈している。
 と言っても、隠れ住んでいる事に違いはない。
「隠れ住むのも、ここまでだ。我らは世の表へと進出する! この忍びの技をもって、力をもって!」
 洞窟内の、最も広大な空間。講堂として使用されている場所である。
 黒い忍び装束をまとった男たちが、軍隊規模で整然と居並んでいる。
 1段高い岩場に立ち、熱弁を振るっているのは、同じく忍び装束に身を包んだ男だ。ただ色は、炎の如き真紅である。
「誇りある戦国の独立勢力であった忍びの姿を、我らが取り戻す! 我らの力をもって、世を戦乱の時代へと引き戻す! 惰眠を貪っていた者どもを、血の海へ! 炎の渦へと叩き込む! そして我らの存在を知らしめるのだ! 忍びの技を、忍びの力を! 忍びの誇りを!」
 忍びの技を、忍びの力を、忍びの誇りを。
 黒装束の下忍たちが、猛々しく唱和している。凶暴な熱意漲る叫びが、洞窟内に響き渡る。
「忍びの誇り……ね。まあ綺麗事というのは必要なんだろうけど」
 赤い忍び装束の男に、背後から声をかける者がいた。
 こちらも、恐らくは男であろう。白衣をまとった、理系の技術者。
 首から上は、金属製の仮面に覆われている。
 その表面には何本もの溝が縦横に走っており、そこを人工眼球がせわしなく往復し続ける。
 仮面ではない。全身の6割以上を機械化した男の、素顔である。
「僕たちが予定通りに事を起こせば、人が大勢死ぬ。それでも誇りがどうのと言っていられるのかな? 君も僕も」
「忍びの技とは、つまるところ殺しの技よ。人を大いに殺める、それがすなわち誇り」
 赤装束の男は、たくましい両腕を組み、岩の天井を見上げた。
「たとえ偽物でも、痩せ我慢の類であろうとも、誇りと呼べるものを無理に作り上げて心に抱き続ける。そうでもせねば……このような地の底で450年も代を重ねる事など、出来はせんよ」
「なるほどね。確かに痩せ我慢だ」
「貴様とて、そうであろう。そのような姿になるまで、からくりの技を磨き続けてきた。そこにあるのは執念や憎しみの類だけか? いくばくかの誇りもないのか?」
「からくりとは、また時代錯誤な。忍者たる者、常に最先端の技術を追求しなければね」
 もはや笑顔を浮かべる事も出来ぬ顔で、彼は笑った。
 下忍の1人が、傍に着地した。着地しながら跪き、報告する。
「侵入者です。数は……1名」
「来たか、水嶋の」
 赤い覆面の中で、男の眼光が燃え上がった。


 肉と骨を切断した手応え、ではなかった。
 鮮血ではなく、火花が散った。
 切り落とされた腕が、ぐねぐねと曲がりながら五指を動かし、岩肌を這う。
 大抵の人間は、四肢の1つを失えば行動不能に陥るものだ。
 だが黒装束の下忍たちは、片腕を断ち切られた状態で平然と立ち上がり、無事な方の片手でクナイを、小太刀を、銃剣を構えている。
 そして、水嶋琴美を取り囲んでいる。
 切断された腕の断面から、金属のフレームと配線を露出させ、バチバチとスパークを飛ばす下忍たち。
 左右の手でそれぞれ1本ずつ、白兵戦用の大型クナイを構えながら、琴美は彼らを見据えた。
「貴方たちは……!」
「どうした小娘、何を怯む。腕の1本2本を失った程度で、忍びの戦いは終わらぬぞ」
 言葉と共に、下忍たちの黒覆面が裂けてゆく。
 牙が、現れた。金属製の牙。
 全員、手足のみならず顔面の下半分までもが機械化している。
「我らの、腕を切り落とすが良い。脚を、もぎ取るが良い」
「その間に我らは、貴様の喉を、はらわたを、喰らいちぎる!」
 半分以上、人間ではなくなった下忍の群れが、得物を振りかざしながら牙を剥き、疾駆する。跳躍する。死をもたらす風となって洞窟内に吹きすさび、あらゆる方向から琴美を襲う。
「そう……それが、貴方たちの」
 吹き荒れる死の風の中へと、琴美は足取り軽やかに踏み込んで行った。
 両の細腕が、着物の短い袖をはためかせながら、しなやかに躍動する。美しく強靭な五指に握り込まれた左右のクナイが、風を薙ぎ払うように閃く。
「貴方たちの歩む、忍びの道……ですのね」
 琴美の周囲で、焦げ臭い火花が無数、咲いては消え散った。
 左右の白兵戦用クナイが、下忍たちの刃を、牙を、弾き返し受け流す。
「忍びの技と力を高めるためならば、人である事を容易く捨て去る。獣と化し、兵器と化す。人としての日常生活など一切、考慮しない……それが、貴方がたの」
 金属質の焦げ臭さを蹴散らすように、黒髪が激しく舞う。
 琴美は、身を翻していた。短めの着物に押し込まれた胸の膨らみが、横殴りに荒々しく揺れる。綺麗にくびれた胴が、柔らかく捻転する。
 格好良く膨らみ締まった右太股が、ミニスカートを押しのけて跳ね上がった。スリムな脚線が、斬撃の如く一閃する。
 超高速の右回し蹴りが、空を断ち切るように弧を描いていた。
 その弧に触れた下忍の1人が、グシャリと落下して痙攣し、動かなくなる。首が、おかしな方向に曲がっている。
 右足を着地させながら、琴美は即座に左足を離陸させた。
 鋭利な左踵が、死の風を薙ぎ払う。粉砕の感触が、ブーツ越しに伝わって来る。
 首の折れた下忍の屍が、また1つ、琴美の足元に落下し転がった。
 頚椎は、金属化していない。生の人骨のままであるようだ。迂闊に手を加えると、人体そのものが動かなくなってしまうという部分でもある。
 左右のクナイを、琴美はひたすら防御のみに用いた。
 全方向から疾風の速度で襲い来る小太刀を、ナイフを、銃剣を、片っ端から打ち弾き、受け流す。
 無数の火花が咲き乱れる中、むっちりと力強い太股が攻撃的に躍動した。
 膝蹴りが、下忍の脛骨を粉砕する。
 美しく引き締まった脚線が、鞭の如くしなって宙を裂き、下忍の顎を打ち据えて頚椎を捻転させる。
 スカートが舞い上がり、艶やかなスパッツがあられもなく露出した。高々と跳ね上がった美脚が、ギロチンの刃の如く振り下ろされる。
 踵が、下忍の首を叩き折る。
「忍びの道……私も同じ、ですわね」
 琴美は自嘲した。
 幸いにして自分はまだ、人間の肉体を捨てるところまでは来ていない。だが人間の心は、とうの昔に捨て去っている。
 身も心も人間をやめている者の気配が、その時。洞窟の奥から猛然と迫って来た。
「ああああ使えねえ使えねえ! ホンットーに使えねえクソザコどもだなぁあオイ!」
 怒声が響き渡る、と同時に大蛇のようなものが複数、高速で伸びて来た。
 蛇、と言うより蟲であろうか。
「生意気な嬢ちゃんをよォー、手足の1本もへし折って動けなくしとくくれぇの事ぁやっとけってんだよ俺のためによおおおおおおおお!」
 先端部で牙を剥いた、巨大なゴカイかオニイソメのようなものたちが、まだ何名か生き残っていた下忍たちを片っ端から刺し貫いてゆく。
 巨体が1つ、歩み迫って来たところである。
「服だけ切り刻んで裸に剥いとくくれぇーの事も出来ねえのか役立たずどもがああ、クソザコがぁああああああッ!」
 喚き声に合わせて揺れる巨大な肥満体は、包帯でぐるぐる巻きに包まれている。
 その包帯を押しのけて生え伸びる、何匹もの蟲たち。
 人体を食い破って現れた寄生虫のようでもあるそれらが、凶暴にうねりながら下忍たちを串刺しにしている。
 串刺しにされた下忍たちが、機械化された手足を弱々しく動かしながら、ゆっくりと絶命していった。
「どいつもこいつも使えねえ、何もかんも俺1人でヤるっきゃねーってこったよなぁああ……ゲへへへへ、俺1人で楽しませてもらうぜェー水嶋の嬢ちゃんよぉ」
 顔面を覆う包帯の隙間で、左右の眼球がギラギラと、琴美に向かって血走った。
「貴方のような、わかりやすい殿方……私、嫌いではなくてよ?」
 冷ややかな眼差しを返しながら、琴美は言い放った。
「どう切り刻んでも嬲り殺しても、心が痛まない。ある意味、理想のタイプですわ」