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<東京怪談ノベル(シングル)>


新しい自分探し

気鬱な表情をしていたのだろう、同僚が気分転換にと進めてくれた、とある芸術工房。「新しい自分探し」というイベントが行われているらしい。
 場所はすすけたビル。灰色の打ちっぱなしの階段と壁がひんやりとした空気を伝えてくる。初めて行く場所にしてはなかなか入りづらい雰囲気に、少し怖気づく。
(……帰ろうか)
「おや、お客さんかな」
 長い髪の女性に声をかけられる。
「あ、いえ」
「自分探しのイベント、今やっているんですよ」
「あ、」
 それだ、と太一は思うが既に気後れしている。
「おにいさん、いい素材だから無料でいいですよ、どうぞどうぞ」
 彼女に強引に連れて行かれる。
(ああ……でも無料ならいいか)
 工房の芸術家らしい彼女は、爛々とした瞳を太一に向けている。猛禽類、という言葉が太一の胸に浮かぶ。自分はすぐ食べられてしまう、こういう人種には。
 一室に案内されると病院のベッドに寝かされた。
「これから、新しい、あなたに出会えますよ!」
 芸術家は狂喜したように舌なめずり。
(新しい私ってなんなんだ……! 何か間違えた気がする……)
 戸惑う太一をよそに、芸術家は勝手に彼の体をチェック。
「メガネ外すと印象かわりますねぇ、なかなかです」
「あ、メガネ……」
 視界がぼんやりしていて芸術家の動きがよく見えない。幽霊に触られているようで、むずがゆい。
「細身ですけど、やっぱり骨ばってますね」
「あ、ちょっ……」
 男性にしては細い自分の指をすべる手。そして、思い切り根元まで表面を引っ張られる。
「骨ごと、いえ心ごと形を変えてしまいましょう」
 指の一本一本を引っ張られ、こねくり回される。
「うあっ……」
 骨が肉が溶ける熱さ、無理やり型にはめられる痛み。そして心に直接触れられる違和感が一番で、叫びだしそうになる。熱いのに冷や汗が出て、痺れたように動けない。動けない苦しさに息が上がる。
「ど、どうなって……しまうんでしょう……ぐっ」
「ほら、綺麗な女の人の……白魚のような手になりましたよ」
 すぐに、腕をマッサージするように、強く捏ねられる。なけなしの筋肉が中でとろけていく感覚がした。そして、心も溶けていく。筋肉より美しい脂肪がほしい……え? 私は男なのに何故そんなこと……。
「いらない分、外しておきますね!」
 奥まで入り込んで中から外から捏ねてちぎられる。グラグラと精神をゆすられて、自分が消えてしまうような恐怖、物理的なくすぐったさ、女の小さな手が中で強引にうごめく。
「くっ……はあっ」
「こっちには付けてあげます……あはっこれが一番綺麗なところなんですよぉ!」
 胸。まず胸板を思い切り捏ねられ、引っ張られちぎられる。骨ってこんなにやわらかかっただろうか。
「……!」
 そしてぶよぶよとしたものをその跡に押し込まれる。人体にこれ以上入るのかと思うぐらい、無理やり押し込まれる。
「……もう、無理ですよぉ……!」
 肺が圧迫されて苦しい。胸の位置の皮下の中でおさまりきらず、ぶよぶよは横へ縦へと出口を探すように暴れる。
「大丈夫です! 巨乳の女子の胸ってもっと脂肪入ってパンパンなんですよ……ふふ、素敵ぃ……まだまだいれちゃいましょう!」
 芸術家は悦に浸る。蕎麦を捏ねるように思い切り胸に肉を押し込んでいく。
「……っぐぅ」
 満足したのか芸術家は蓋をした。それも、練って馴染ませる。胸の上にやわらかな物がある。なんだか気持ちが悪い。捏ねられているし。でも、これが正しい私だ。
「はあはあ……接合は完成……! あとは、形ですねぇ!」
 メインディッシュを見るような気配を感じる。
(も、もう充分なんだけど……勘弁してほしい……)
 疲労と脳のグラグラとで声も出ない。
 芸術家は最後の仕上げとばかりに刷り込むように全体を揉む。
「ああ! なんてすべすべぇ! やわらかくてすべすべになってきてるわぁ……! 形も美しい!」
 体の中と心が細かく振動し、分解されていく感覚。振動に耐え切れず、ガクガクと震える。まみれている液体はいらなくなったリンパ液?
「はあ……できたあ……!」
「あふ……」
 荒い息を整えて、やっと目を開けると、視力が良くなっていた。だからよく見えた。
 汗がつややかに光る自分の肉体。
 つやつや、ぴかぴか、綺麗な丸み、流線型。
「きゃあああああああ!?」
「きゃっはっはっはぁ!」
 思わず出してしまった自分の声が高い。芸術家はこちらの反応が面白いのか大笑い。
「……ある……ない……!」
 それぞれ触って確かめる。あ、なんだかやわらかい……気持ちいいさわりごこち……。以前の自分の肉体が汚く思える美しさ。
「服も必要です!」
「えっあ……」
 首筋に華奢な指が当てられる。皮と肉を伸ばされて、白いハイネックが作られる。ハイネックの口を数え切れないほど爪で細工されて、フリルの襟ができた。
 そこから上半身をもみこまれて、ボタンをくりぬかれる。フリルシャツのようだ。レースやフリルの装飾が多いほど、指先で細かくつねられて、くすぐったくて震えが来る。汗は止まらない、でも私は魔女になる。これは必要なこと。
 下半身も色んな場所から伸ばされる。靴下のレースなのか、膝の絶対領域近くを一つ一つ摘ままれるのは耐えられない。でも動けない、ただ痙攣にまかせて震えるだけだ。

「どうぞ……」
 全身全霊をかけて芸術を作った芸術家は、息も絶え絶えのようだ。それは私も同じで、体も心もいじくり回されてぐったりだ。
 目の前に置かれた鏡を見ると、そこには白いぴったりしたフリルとレースがたっぷりのノースリーブのブラウスに、胸を強調するように胸下からコルセットで押し上げた、黒いタイトスカート。細い腰から豊満なヒップまでぴったりと吸い付くようにフィットしている。見るからにやわらかそうな体とわかる。スカートには斜めにフリルが入って、片方が少し長い。スカートからつややかな白い太ももがあらわ。そこに食い込んだガーターベルトがぴったりとしたニーハイブーツまで伸びている。
「あなたの素質でしょうか……やはり素晴らしい! 魔女ですね」
「そうですね、そうだったみたいです」
「美しい、作品だわ……」
 鏡の前の自分を見ると、長い睫毛に縁取られた大きな紫い瞳が怯えたようにこちらを見ている。陶器のように白い肌が上気して、頬は薔薇色。表情やしぐさも完全に女性だ。
 長い濡れた黒髪が露出した首にまとわり付く。
(……あ……、人間の方の体も女になってしまったのね……! いや、今までがおかしかったのでしょう、こちらの方がずっと自然)
「あ、ありがとうございました……!」
 陶然とする芸術家を置いて工房を出ると闇雲に走り、川原まで来た。
 川に映る自分はやはり儚げな女性。
「見て、あの人すごい……!」
 道行く帰り道の女子高生があからさまに指を指す。
「すごい恐いくらいの美女」
「まじだ! でも服変! 撮影かな?」
 か弱くて美しい物を見る好奇の視線が増えていく。
 こんなところで座っていたら見世物だ。太一はあわてて帰った。

 家に着いて、汗を流したくてシャワーを浴びると、いやがおうにも自分の体を意識する。疲れきったおじさんの肉も汚い毛も消え去り、やわらかく豊満なラインを描く、すべすべな身体。
「新しい自分って……これですか……」
 太一は全身鏡をじっと見つめ、恍惚を感じるのだった。
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松本・太一様
初めまして旭奈美羽です。
ご発注ありがとうございます!
OMC登録して初めて発注をいただいたのですごく舞い上がりました。
発注もわかりやすく書きやすくしていただいて、
私信の方でもお心遣いいただいて、ありがとうございます。

とても変わったお話で、でも普遍性があるご発注で、書いていて面白かったです。
いろいろ暴走しそうになりながら何とか着地しました。
完成した内容には言い訳はしないでおきます……!

今後ともよろしくお願いいたします。