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<東京怪談ノベル(シングル)>


―夕暮れの女郎蜘蛛―

 何処の学校にも一つは必ずある、怪談話の類。彼女・海原みなもの通う中学校にも、そんな話があった。
 古くから伝わる話である上、伝承者によって脚色されて次の者に伝わる為、皆が皆異なった認識を持つという、非常にお粗末なお話であった。が、その話には必ず『見知らぬ美少女に付いて行くと、蜘蛛の糸に捕えられて生気を吸い取られる』という共通項が付いて回るのだ。異なるのは捕えられた先で何が起こるかと云う点で、少女が突然蜘蛛の姿に変化して襲って来る、大量の蜘蛛が待ち受けている等と云う違いはあるものの、『蜘蛛の糸の虜にされる』と云う点は共通しているのだった。
 そしてある日の夕刻、実際に被害者が出て、それを目撃した者が居るという事で、みなもを経由して草間興信所に連絡が届き、所長の草間武彦が調査にやって来たのだった。
「……何で、俺のトコに話を持ってきた?」
「だってぇ……友達が襲われたって話を、放ってはおけなくて……」
「俺ぁ魑魅魍魎だとか、怪談だとか、そういった類の話は嫌いだって何時も言ってんだろが!」
「でも、来てくれたじゃないですか」
 チッ、と舌打ちをしながら、草間は被害に遭った女生徒の証言をメモに取る。が、『知らない子が手招きしていて、付いて行ったらその子が蜘蛛になった。その先は良く覚えていない』と云う事で、殆ど手掛かりにならない。その話をみなもに聞かせた女生徒も、大きな蜘蛛がその子をグルグル巻きにしていたとしか答えない。要するに、何が起こったのかが分からないので証言も曖昧になるのだ。ただ、その当時の事を回想すると、何故か被害者は顔を赤らめ、恥ずかしそうに俯いてしまうのだ。
「これじゃ、話にならねぇよ」
「でもっ、怖い思いをしたのは確かなんです!」
 食い下がるみなもを見て、草間は『何でそんなに必死になる?』と問い掛けた。が、みなもは俯いてモジモジするだけで、何も答えない。
「……まぁ、学校内にバケモンが居るかもと考えただけで、おっかなくなるわなぁ。気持ちは分かるぞ、うん」
「だったら!」
「実際にお目に掛かってみないと、手の打ちようがねぇだろ」
 実に的を射た意見である。『そこに居る!』と言われても、自分の目に写らない相手に攻撃を仕掛けるのは不可能に近い。差し詰め、シロアリやゴキブリを退治する為に殺虫剤を散布する的な対処法しか、今の草間に出来る事は無かった。だが、それが霊の類なのか魔物なのかで対処法も変わって来る。だから手が出せない、と彼は消極的にならざるを得ないのだった。
「そういやぁ、襲われんのは女子生徒だけなのか?」
「え? あぁ、そうですね。男子が襲われたという話は聞かないし、先生方も見た事は無いと言ってます」
 ふぅん、と草間は首を傾げる。
 目撃証言によると、被害者を呼び寄せた子は美少女の姿をしていたという。イケメン男子ではなく『美少女』であると聞いて、草間は『相手によって姿を変える』類の囮とは違うな、と推論を立てていた。
「被害者は、変わった趣味の持ち主じゃないのか?」
「ううん、普通の人ですよ」
「ふぅん……あの被害者、見た感じ完全に腑抜けにされてたぜ。腰砕けだよ。そこが引っ掛かるんだ。男嫌いの百合少女なら、話は分かるんだが」
「お、女の子をも魅了する、魔性の……!?」
 草間の推論を聞き、みなもはブルっと震えた。見ると、腕に鳥肌が立っている。彼女は魑魅魍魎の類には免疫があるが、そういった趣味の話は苦手であるらしい。
「ま、相手はバケモンだ。普通じゃねぇんだから、まともに相手しようとか考えんなよ?」
「出来れば、遭いたくないです」
 ともあれ、情報不足で手が出せないからと云う理由で、その場はお開きになり、草間もみなもと共に引き揚げて行った。但し、被害者と目撃者の二人があまりに食い下がるので、捜査は続行するから安心しろと最後に言い添えての退場となったようだ。

***

(全く、冗談じゃないわ……あんなの、只の作り話だと思ってたのに)
 翌日、放課後。演劇部の活動に駆り出されて帰りが遅くなったみなもは、つるべ落としの夕日を追うようにしながら校門を目指していた。日が落ちて暗くなってしまうと、噂の『蜘蛛女』と出くわす可能性が高くなるからである。
(あれ? ……誰だろう、あんな処で……)
 見ると、体育用具室の入り口付近で、扉と格闘しながら途方に暮れている女子生徒の姿があった。どうやら、中に入ろうとしているようだが、扉が開かずに困っているらしい。
「どうしたんですか?」
「あ、あの……ラインカートを片付けたいの……」
「あー、ここの扉、開けるのに力が要るんだよ。よーし、手伝うね」
 そう言って、みなもが加勢する。その様を見て、女生徒はニコリと笑みを零した。
(……誰だろう? 見覚えのない顔だけど……)
 可愛らしい顔立ちに、華奢な体。運動部のマネージャーだろうか。制服では無く学校指定のジャージに身を包んだその姿は、薄暗くなり始めていた周囲に溶け込んで、ジックリと観察する事が出来なかった。此処でみなもは重大な事を見落としていた。そう、そのジャージがかなり前の世代の、旧型である事に気が付かなかったのだ。
「ん〜〜〜〜……! よし、開いた!」
「ありがとう……これで、中に入れるわ……さあ、貴女も一緒に……」
「え? あたしはこの中に用は無いよ? ……な、何、ちょっと!!」
 気付いた時には、既に遅かった。少女は両手の指先から無数の糸を張り巡らせて、みなもの身体を包み始めていたのだ。
「!! あ、貴女ね!? 最近噂になっている、蜘蛛女の正体は!」
『そう……その通りよ。話を広めれば、貴女は必ず出て来ると思っていた……うふふ、おいしそうな心……貴女、純粋な人間では無いようね? 精神体の大きさが普通の人間とは段違いだわ』
「やだっ、は、離して!」
『嫌よ……ずっと待っていたんだもの。貴女のその、可愛らしい顔と小さいけれど良い形の胸……堪らないわ』
「あ、あたしを食べたって、美味しくないよ!? 人魚の肉が不老不死の妙薬って、デマなんだよ!?」
『安心して。私は体を愛でるだけ……手は出さないわ。但し、貴女の心をちょっとだけ吸い取らせて欲しいの……ふぅん、人魚なのね……変化した姿は、さぞ美しいのでしょうね……比べて、私は……』
 悲しげな表情を見せた後、少女は醜い自分の正体を曝け出した。顔は美少女のままなのに、体が女郎蜘蛛のそれなのである。このアンバランスな見た目は、見る者に一層強い嫌悪感と恐怖を与えた。
『だから……美しい身体に憧れるの。そして、私の姿を見た、その記憶だけを……削らせて貰うのよ。但し、貴女は人より強い精神体を持っている……だから、沢山吸っても支障はないわね』
「冗談じゃ……は、離して!!」
『安心して……朝までには帰してあげるわ』
「く、草間さぁん!!」
 悲痛な叫びが木霊する。だが、幾ら叫んでも彼は此処に来る筈が無かった。

***

「……あ、あれ? あたし、何でこんな処に?」
 気が付くと、みなもは体育用具室の裏で横倒しになっていた。時刻は午後7時を回ったところ、既に日は落ちて街灯が辺りを照らしている。
「おかしいな……何だか、凄く怖い思いをしたような気がしたんだけど」
 ふと見ると、衣服の至る所に蜘蛛の巣が纏わり付いている。しかし、それが何故なのかを知る事は出来ないのだった。

<了>