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<東京怪談ノベル(シングル)>


怪盗少女にご注意あれ
 外の夏を思わせる暑い陽射しとは裏腹にティレイラが通された部屋は、ひんやりとしたコレクションルームだった。

「泥棒退治?」
「そうなのよ。何度も入られちゃって」
 館の主、魔法使いの女の言葉にティレイラは、部屋の中を見回した。
 言われてみれば、所々空のケースや台座がある。

 この部屋に通されるまで、何個もトラップが仕掛けてあったのを思い出すティレイラ。
「つまりトラップは仕掛けたけど、作動しなくて泥棒に入られちゃったって事?」
 ティレイラの悪気のない一言に、うっと胸を押さえる魔法使い。

 一番最初に盗まれた魔法具が、女の師匠が作った『鍵やトラップを解除する』魔法具で、
 その魔法具を押さえ込む『強い魔法具』を作る技量が女には無いのだとティレイラに白状した。

「でもね。今時の魔法使いは、今時の魔法使いなりに、犯人は捜せるのよ」
 魔法使いが、ティレイラに部屋の端に置かれた机の上にある液晶モニターを示す。
「防犯カメラよ」
 魔法使いが録画を再生すると、ドアの前に立つ小学生位の魔族の少女が映し出された。
「ティレイラちゃん、お願い。泥棒を捕まえて全部魔法具を取り返して!」



 ──こうして泥棒逮捕にティレイラが、張り込みを始めて1週間。
 丸い月が館の真上に差し掛かる頃、魔族の少女が現れた。

 少女は、ティレイラが待ち受けているのも知らず、コレクションルームに入ってきた。
「今日はどれがいいかな?」
 少女は、悪いこと(泥棒)をしている意識は全くないようである。
「そういう子には、おしおきが必要だよ」
「わわっ!」
 物陰から飛び出してきたティレイラにびっくりする少女。
「大人しく捕まりなさい!」
「べーっ!」

 走ってくるティレイラに、少女は懐から取り出した小さな袋を投げつけた。
 それを手で叩き落としたティレイラだったが、本人の意思とは関係なく突然大きな声で笑い出した。
「あははは。な、何、これ? あは。笑いた、く、あはは。笑い。は。ない、の、に止ま。あはっ」
「魔法具だよ。人間なら15分位笑い続けるって」
 笑い続けるティレイラをほっといて物色を続けようとした少女だったが、
「は〜……苦しかった」
 ティレイラが術を簡単に破ったのを見てびっくりする。
「うええ? もう直っちゃったの」
「私、人間じゃなく竜族だもの」

 少女が今度は、種を取り出して床に投げつけると、床一面に茨が茂った。
 ティレイラが茨をなぎ払っている間に少女は館から逃げ出していた。
 窓からティレイラが見ると、小道を少女が走っているのが見えた。
 ティレイラは、隠していた翼と尻尾を生やすと窓から大きく飛翔し、少女を追いかけた。

「泥棒、待てぇ〜!!」
「わわっ。待てといわれて待つ奴なんていないもん!」
 必死に逃げる少女に向かってぐんぐんスピードを上げるティレイラ。

 どーん!

 後ろから体当たりをして少女を捕まえた。
「ふ……抵抗しなければ痛い目に合わなかったのにね」
 目を回している少女を縄でぐるぐる巻きにするティレイラ。

「さて、どうしよっかな?」
 むーんと考えるティレイラ。
「とりあえず盗った魔法具を隠している場所を白状しなさい」
「つーん」
「素直に白状しないと、さっき笑わせてくれたお礼に……」
 ワキワキと怪しい手つきで闇笑いを浮べるティレイラ。
「そ、そんなの怖くないもん! 頼りになる仲間が、お姉ちゃんが助けにきてくれるもん!」
「お姉ちゃん?」
「そう、ここにいるよ」
 パチン。
 ティレイラの真後ろで金属の留め金が閉じる音と、声がした。
 驚いたティレイラは、慌てて振り返った。

「お姉ちゃん♪」
「一人できるっていうから任せたんだよ」
 捕まえた少女に似た、ディレイラぐらいの歳の少女がいた。
「出たわね、共犯者。というより主犯?」
「そういうのどっちでもいーんじゃない? 余裕かましていると大変だよ」
「え?」
「あたしが着けたしっぽのソレ」
 魔族の少女が、ティレイラの尻尾に装着した輪のような魔法具を指差す。
「強い魔力と反応して装着した相手を金属化して封印する魔法具だよ」
「それって……」
「エネルギー源は、装着者自身の魔力」
 もう尻尾が金属化しているよ、と少女に言われて、青ざめるティレイラ。
 慌てて尻尾についたリ魔法具を外そうとする。
「そうそう。急いで外さないと。あんた、竜族でしょ? 竜族の潜在魔力って凄いんだってね。何分持つかなぁ?」
 少女がティレイラに話しかける間も魔法具を取り付けた周辺から金属質の輝きがじわじわと広がっていく。
「ほら、早く外さないと。もう尻尾全体が銀色だ」
「五月蝿い!」
 焦れば焦るほど小さな留め金から、金属の膜に被われてしまった指が滑っていく。
「ああ。もう!」
 癇癪を起こしかけたティレイラは魔法具を外すのを諦め、力ずくで壊し、引き剥がす事にした。
 だが、魔法具に魔力を吸われてる為、思うように力が出ないティレイラ。
「ガンバレ〜!」
 姉に縄を解いてもらった妹が、無邪気にティレイラを応援する。
 キッと睨んだティレイラ。
 既に顔半分が膜に被われてしまっていた。
「後で纏めておしおきよ!」
「できるもんならね」

 ぱきっ!
「やったわ!」
 ティレイラが漸く魔法具を壊し、尻尾から魔具を引き離した。
 だが、その時、既にティレイラの足先から角、翼まで。全身に金属の膜が広がっていた。
「ここまで広がったら魔法具を壊しても戻らない」
「うそっ!」
 叫んだティレイラの身体から急激に力が抜けていく。
「誰か、たすけ…」
 ティレイラは、鳴き声を上げたままの姿で動きを止めた。
 後に残ったのは、一体の竜族の少女の像だった。
「本当に惜しかったね」
「おしかったねー♪」

 初めて見る竜族の魔力を吸い上げて出来上がった魔法金属の輝きを見つめて、
 感嘆する魔族の姉妹。
「色は単調な銀ではなく、金属だというのに、どこかしっとりと触れた肌に馴染む質感。
 そして、この硬度。これが竜族ということなのか……」
「キラキラひんやり。綺麗で冷たい。でも氷みたいに詰めた過ぎない。
 持って帰ったらエアコンいらないかな?」
「どうかな?」
 姉妹は像の隅々まで撫で回し、その金属の清い質感を楽しんだ。

「今日の戦利品だ」
「戦利品だよ」
 家族に見せる為、持って帰ろうとティレイラが持って来た縄を像に引っかける魔族の姉妹。


 ──だが、
「……重いな」
「重いね」
「二人では、無理だな」
「無理なのかな」
「残念だが、仕方ない」
 幾ら素晴らしくても、金属の像は、少女2人で運ぶには重すぎた。
「諦めよう。これ以上、もたもたしていたら直ぐに館の魔法使いがやってくるだろう」
 文句を言う妹に捕まる訳にはいかないのだと姉は言った。
 ティレイラの像を運ぶのを諦めた去って行く魔族達は知らなかった、魔女が外出しているのを。



 ──こうして魔法使いが帰宅し、防犯カメラの録画から事の顛末を知って助けに来るまでの数日間。
 像のまま野ざらしになったティレイラ。
「今度あったら、絶対捕まえてやるんだから!!」
 温かいお風呂に浸かりながら言ったとか、言わなかったとか──。






<了>





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