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<東京怪談ノベル(シングル)>


破壊には安らぎを、武装には花を(3)
 女の細く長い指が、資料を撫でる。武装団が残した武具の解析結果を目にし、琴美は思案していた。
 回収した武装は世間に出回っているものと同じに見え、違法的な威力を持ったものとは思えない。けれど実際に一戦を交え、この武具達を間近で見た琴美には分かる。これらは確かに、普通の武具ではなかった。
 精鋭の調査部隊が調べたというのに、この武装の秘密は分からなかった。しかし、琴美は持ち前の聡明さでその僅かな手がかりから真実をたぐり寄せる。そして、彼女はある可能性へと行き着き、その整った眉を僅かにしかめた。
(私の予想が合っていれば、今回の相手は……)
 不意に、黒いロングヘアーから僅かに顔を覗かせる女の耳に、聞き慣れた音が届く。司令からの通信だ。
『資料には目を通したかね?』
 通信越しに聞こえる低く落ち着いた声音に、琴美は「ええ」と一度頷きを返す。
 彼女の魅惑的な唇は、先程自らの頭に浮かんだ予想を言葉に変え紡いだ。
「司令。今回の黒幕は、恐らく――」

 ◆

 スパッツに包まれた扇情的な太ももを惜しげもなく晒しながら、琴美は森を駆け抜けていく。彼女の走りを追うように、半袖に改造された着物の袖も揺れた。
 体に密着しているインナーから僅かに覗く肌は、きめ細かく麗しい。確かに彼女は戦闘の用の服を身にまとっていたが、それでもその姿はこれから彼女が向かう場所が戦場だという事が信じがたい程美しかった。
 やがて琴美は、少し開けた場所へと辿り着く。そこにあったのは、陰鬱な雰囲気をまとった廃墟……武装組織のアジトだ。
 あの後、琴美は作戦室で司令から任務を賜った。内容は、敵のアジト、及び黒幕含む全ての敵の壊滅。単身で敵のアジトへと乗り込む、危険な任務である。
 けれど、琴美の瞳に迷いはない。むしろ彼女の瞳にあるのは、期待だった。
 近頃、退屈な任務ばかりだったのだ。今宵の任務こそ、手応えのある敵とまみえ、自らの実力を思う存分に発揮したいと彼女は願っていた。
 琴美は十九歳の、美しい女性だ。お洒落にも精通しているし、ショッピングも好きな年相応の面だってもちろんある。
 けれど、彼女は任務の事もまた、それらと同じくらい愛していた。彼女にとって、普通の女性として過ごす日常も、くのいちとして戦場を飛び交う事になる任務も、同じくらい大切なものなのだ。
 故に、彼女は笑みを浮かべる。見る者を虜にする、女神の如き美しさを孕んだ笑みを。

 アジトの前では、高度な武装をした手下達が琴美の事を待ち構えていた。
 その手下の後ろには、彼らに命令を下している男の姿がある。彼こそが、この組織のボスであり、今回の事件の黒幕であろう。
 開戦の合図、などというものはなかった。それでも琴美と手下達は、ほぼ同時に戦闘のための行動を開始する。手下達は武器を構え、琴美へと狙いを定める。
 琴美は、その手下達に向かい数本のくないを投げつけた。彼らの視線が、一直線に自分達の元へと向かってくるくないへと集中する。
 琴美の放ったくないは、決して狙いを外す事はない。避ける事が敵わず、手下達はくないを自らの武器で受け止める。
 その時だ。彼らの腹へと、重りのような衝撃が走ったのは。
 琴美はくないが飛ぶのと同じ速度、否、それを越えるスピードで駆け抜け、敵との間合いを一気に詰めたのだ。くないの対処に気を取られていた手下達は、音もなく近づいた彼女に気付く事は出来なかった。その隙に、彼女はミニのスカートを揺らしながら鮮やかに足を振るい、彼らへと回し蹴りをお見舞いしてみせたのだ。
 神速であり迅速、風すらも味方につけたくのいちの速度に敵う者は、この戦場には存在しない。
 一体、また一体と手下達を確実に彼女は仕留めていく。敵の遺体は、以前と同じようにしばらく経つと霧のようにかき消えていってしまった。
(やはり、そういう事ですのね……)
 その様を見て、彼女の中にあった予想は確信へと姿を変えていく。
「さて、準備運動は終わりましたわ。次はあなた様でしてよ!」
 全ての手下を倒し終え、彼女は手下達を率いていた黒幕であろう男へと告げる。
 男は、「くくく」と意味ありげな笑みを浮かべた。奇妙な男であった。武器を構えようともせず、ただ琴美のほうを挑発的な視線で見やるだけ。無遠慮に自らを眺めるその視線に、琴美は不快げに眉を潜めた。
 瞬間、響き渡る轟音。
 世界を閃光が染め上げる。突然の、落雷。
 しかし、琴美は驚く素振りすら見せず、冷静に周囲の状況を伺う。
 落ち着いた様子でその場に佇みながら、琴美は任務にくる前に作戦室で自らが口にした言葉を思い出していた。
『司令。今回の黒幕は、恐らく……一人ではありませんわ』
 同じ目的を持った二つの組織が、協力関係にある。しかも、もう一方の組織はただの人間ではない。琴美のその予想は、どうやら当たっていたようだ。
 新たに現れた人影に彼女は向き直り、凛とした声で告げた。
「お待ちしておりましたわ。あなた様が……もう一人の黒幕ですわね」