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<東京怪談ノベル(シングル)>


外道忍群(3)


 下忍たちの屍が、宙に浮いている。
 何匹もの蟲が、彼らの背中から入り、胸や腹を突き破って現れつつ、水嶋琴美に向かって牙を剥く。
「やっぱよォー、男の身体なんざぁブチ抜いたって面白くも何ともねえなぁあああ」
 蟲たちの発生源である男が、世迷言を叫んだ。
「ブチ抜くんなら女の身体よぉおギヒヘヘへへへへ、いっいろんな穴からよぉおおおおおおおお!」
 それに合わせて蟲たちがうねり、串刺しの屍を放り捨てた。
 全身に包帯を巻かれた、巨大な肥満体の男。
 その包帯を押しのけて生えた蟲の群れが、凶暴に伸びて来る。琴美の全身あちこちに、食らいつこうとする。
 細い首筋に、しなやかな二の腕に。
 短い着物を、ふっくらと格好良く膨らませた胸に。
 ミニのプリーツスカートを押しのけるように現れた、瑞々しい太股に。
 蟲たちが空中あちこちから牙を剥き、群がって来る。
 琴美は、左右のクナイで迎え撃った。
 たおやかな、それでいて刃物の如く鋭利な五指が、革のグローブから伸び現れつつ、大型クナイの柄を握り込んでいる。
 握り込まれた白兵戦用クナイが左右2本、いくつもの方向に一閃した。
 牙を剥く蟲の群れが、ことごとく切断され、蠢きながら大量に飛び散る。
 そんな中を琴美は、足取り軽く踏み込んで行った。可憐な唇から、嘲り言葉を紡ぎ出しながら。
「私、最近お料理に凝っておりますの。だけど貴方では……お魚を捌く練習にも、なりませんわね」
「ぎゃ……ひっ……」
 悲鳴を漏らす男の眼前で、琴美は竜巻の如く身を翻した。
 凹凸の見事なボディラインがギュルッ! と高速で捻れ、豊かな黒髪が激しく弧を描く。
 美しく引き締まった左脚が、まっすぐに伸びた。槍を突き込むかのような、後ろ蹴り。
 包帯だらけの巨大な肥満体が、後方へと吹っ飛んだ。
 その鳩尾の辺りに、琴美の足型が刻印されている。
 負傷した力士、のようでもある男の巨体が、地面に激突し、弱々しく上体を起こす。そして声を漏らす。
「ま、待って……助けてくれ、いろんな穴からブチ抜くなんて嘘嘘、冗談だからぁ……」
「楽に死にたければ、大人しくなさい……」
 琴美はクナイを構え、踏み込んだ。
 いや、踏み込めなかった。
 尻餅をついている男の眼前に、人影が降り立ったからだ。
 とてつもなく剣呑な気配を発する、赤い人影。その気配が、見えざる防壁となって、琴美の踏み込みを阻んでいる。
 赤い忍び装束の上からでも、鍛え込まれた体格が見て取れる男だった。
「先に行け」
 琴美と対峙したまま、男は言った。
「他の者どもと合流し、実行に移れ。こやつは俺が片付けておく」
「わ、わかったぜ」
 助けられた男が、肥満したミイラのような巨体をどうにか起き上がらせ、洞窟の奥へと逃げて行く。
 琴美は、追う事が出来ない。赤装束の男が、眼前に立ち塞がっている。
「貴様1人のために、これ以上……戦力を失うわけにはゆかぬ。死んでもらうぞ、水嶋の」
「一体、何をなさるための戦力なのかしら?」
 琴美は訊いてみた。無論、まともな答えが返って来るわけはない。
「実行に移れ、などとおっしゃってましたわね。一体、何を実行なさるおつもりですの?」
「貴様の命をもらう。俺がまず実行せねばならんのは、それよ」
 下忍たちと違い、機械化などしていない。それは動きを見ればわかる。
 鍛錬のみで強健に仕上がった肉体が、赤い忍び装束をまとったまま踏み込んで来る。
 巨大な火の玉が飛んで来たように、琴美には見えた。
 まるで火山弾のように、拳が打ち込まれて来る。手甲でガッチリと固められた、左拳。
 琴美はステップを踏み、かわした。
 その回避を追うように、男が突進して来る。
 突進と同時に、蹴りが来た。前方移動が、そのまま攻撃となっている。
 琴美は横に飛び、地面に転がり込んだ。
 かわされた蹴りが、洞窟の岩壁を直撃する。
 金属製の脚絆とブーツ。男が足に装着しているのは、それだけだ。脚力を強化する何かが、施されているわけではない。
 その蹴りが、岩の塊を粉砕していた。
 蹴り終えた足が、即座に琴美を追って踏み込んで来る。
 猫の如くしなやかに起き上がりながら、琴美は後方に跳んだ。
 斬撃そのものの手刀が、視界を縦断してゆく。直撃を食らえば、琴美の頭蓋骨は叩き割られていただろう。
「何故……」
 左右のクナイを防御の形に構えながら、琴美は問いかけた。
 そのクナイに、重い衝撃が立て続けにぶつかって来る。男の拳。琴美は、辛うじて受け流していた。
「これほどの力を持ちながら、何故……」
「世のため人のために戦わないのか、とでもほざくか水嶋の!」
 赤装束の男が叫びながら、拳を、蹴りを、嵐の速度で叩きつけて来る。
 暴風に煽られる木の葉の如く、琴美は舞った。
 豊かな黒髪が、闘牛士のケープのようにフワリと躍動する。
 猛牛の突進にも似た拳が、蹴りが、その黒髪をかすめて走る。男の怒声に合わせてだ。
「闘争! 殺戮! 殲滅! それのみが忍びの道よ!」
「……ですわね」
 男の全体重と突進力が込められた拳を、琴美は左のクナイで受け流した。
 同時に、右のクナイが一閃する。
 首筋から真紅の飛沫を噴出させながら、赤装束の男は倒れていった。
 琴美は身を翻しながら軽く跳躍し、返り血をかわした。
 そのまま、洞窟の奥へ向かおうとする。
 声がした。微かな、低い呻き。
 赤装束の男が、最後の力を振り絞り、声を発している。
 負け惜しみや命乞いならば聞く耳を持つまい、と琴美は思った。
 だが、そうではなかった。
 男が口にしたのは、地名である。とある町の名前。
 この洞窟を含む山中から、それほど遠くない場所である。
「……そこへ……行け……水嶋の……」
 ごぼごぼと血を吐きながら、男は言った。
「貴様がな……権力の犬として、対処せねばならぬ事を……我らは、かの町で……実行せんとしている……」
 原子力発電所がある事で有名な町だ。
 原発特需のみで発展してきた町、と言って過言ではない。
 その原発は震災後、間もなく再稼働され、当時の与党もそれに町民も、随分と世間から非難を浴びたものだ。
 死にかけの男の傍で、琴美は膝をついた。
「つまるところ原発テロ、という事でよろしいの? 貴方たちの目的は。大事には違いありませんけれど……陳腐と言えば陳腐ですわね」
「……あれは、原発ではない……」
 男の声は、まだ辛うじて聞き取れる。
「我らの開発した……地熱発電の技術で……今や、完全に……造り変えられている……表向きは原子力発電所……という事に、なっているが……な……」
「その実は、貴方たちの技術が注ぎ込まれた……地熱発電所?」
 地熱。風力発電などと共に、クリーンな次世代エネルギーとして、いくらかは研究が進められているらしい。
 無論、今の日本の技術力では、地熱から得られるエネルギーなど、原子力とは比べようもないほど微々たるものである。
 だが、この忍群の技術をもってすれば。
 450年近く地の底に潜み、地熱から電力を得る技術を独自に開発し、やがて人体機械化すら可能となるほどの文明を持つに至った者たちである。
「我らの地熱発電はな……地球内部の高圧力から直接、エネルギーを引き出すもの……」
「あの町の原子力発電所を……震災で操業停止している間に貴方がたが、そのような地熱発電所に造り変えたと?」
「すでに、な……日本国内、あちこちに送電されている……我らの技術によるもの、とも知らずに……大勢の人間が、能天気に電力を消費しておるのよ……」
 血を吐きながら、男は笑った。
「日本政府とは……すでに、話がついておる……我らはな、この地熱発電技術を……政府に、売ったのだ……」
 売った。
 だからこそ、送電設備のある既存の原発を改造する必要があったのだ。
 この洞窟の奥底で動いているのであろう、彼ら本来の地熱発電システムでは、日本各地に電気を送る事が出来ない。
「日本全土、ではないにせよ様々な場所に電力を供給する……その利権も、我々が握っている……笑え、水嶋の。誇りある戦国の独立勢力、などと言っておきながら我ら自身……すでにな、権力者と結びついて……旨味を貪る生き方を……」
「だから貴方は、このような場所に残ってまで……私と、1対1の戦いを?」
 琴美は理解した。
 先程、逃げて行った男も含めて、この忍群の主だった者たちはほぼ全員、かの町の発電所へと向かったのだろう。
 そこで彼らは、何かをしようとしている。
 その何かに、この赤装束の男は耐えられなかった。
 だから忍群と袂を分かち、ここに1人残って、水嶋琴美との決戦に臨んだ。
「頼む、水嶋の……」
 琴美を見上げる男の両眼に、最後の光が点った。
「守ってくれ……忍びの、誇りを……」
 それが、最後の言葉だった。
 忍びの誇り。そんなものが自分にあるのかどうか、琴美はわからない。
 ただ、仕事はしなければならない。この男が言った通り、権力の犬として。
「お仕事は、きっちりと片付ける……それを忍びの誇りと、まあ呼べない事もありませんわね」
 男の屍に背を向け、琴美は呟いた。
 弔いの言葉、というわけでもなかった。