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<東京怪談ノベル(シングル)>


GynoidCrysis1/2
「意外ですね。こんなに住宅地が近い場所にあるなんて」
 水嶋・琴美(8036)は、CH-47JAの窓から見えるネオンを見下ろしてそう言った。
 味気ない任務前の移動にしては、夜間飛行というのも乙なものである。

 ──だが、引っくり返せば、地上からの接近が許されない非常に厄介な場所あるといっても良い。
 特に政府としては、事態収束の目安がつくまで付近住民のみならず国民全体に知られたくない隠密行動を強いられた任務であった。

 今回の任務は隠密偵察がメインであり、調査の結果、必要があれば琴美がそのまま施設を破壊する。
 だだ、それだけだ──。


 事件の発端は、連続して起こった視察中の官僚が爆死であった。
 この事件に関して、警察庁、公安、そして自衛隊調査部が調べてみると視察現場の共通項として
 『アンドロイド【○○】ちゃんとの交流中』に事件が起こったのであった。
 だが爆破現場ではアンドロイドのパーツが発見されていない為、裏SNSサイトで
 『アンドロイドの部品が発見されていない事について、人間の身体が使われている』や
 『企業にいたのは、アンドロイドそっくりに整形手術をされた暗殺者だ』という噂が
 真しやかに流れているのであった。

 多くの日本人にとって人をベースにした人造人間という存在は都市伝説レベルであるが、それは巧みに隠された事実であることを琴美は知っていた。
 日本帝国軍とドイツ軍が協力して霊能力者の肉体を繋ぎ合わせて作り上げたフランケンシュタイン。
 最終兵器『霊鬼兵』──。
 例え大きな霊力やパワーを持っていても人の命を弄び作られた兵器である以上、現在、日本を含む先進国が復活させるには倫理面から考え難い。
 だが、常識では考えられない事は何処でも起こりえるのである。
 情報部としても慎重にならぜるを得なかった。
 このまま自衛隊が介入するか、それとも警察庁や公安に全てを任すか──
 だが一本のタレこみ電話が、琴美の所属する特殊情報部を動かした。

 更なる調査の結果──公安のブラックリストに載っているとある宗教団体が浮かび上がってきた。
 その団体が官僚たちの訪問時期直前にアンドロイドの修理を『偶然』請け負ったという。
 『偶然』という一言で片付けるのには、不自然な数とタイミングである。

 裁判所から令状を取った正式の捜索では、その時何かしらの証拠が出てこなかった場合、証拠を隠滅の恐れもある。
 秘密裏に事実を確認し、必要であれば工場を破壊。

 ──斯くして琴美に調査が回ってきたのだ。


 ***


 教団の敷地近くの雑木林に降下した琴美は、降下用装備を指定されて茂みに隠し、代わりに隠されていた戦闘服を取り出し、着替えていく。
 月のない夜空の星に照らし出される琴美の戦闘服は、くの一の物だった。
 黒のショートスリーブのインナーに色っぽい臀部にぴったりとフィットするスパッツ。
 ミニのプリーツスカートのファスナーを素早く止めると、琴美は素早く両袖をカットした着物に袖を通して帯を締めた。
 ボリュームの胸が、帯で下から持ち上げられて強調され、艶めかしさを増している。
 だが、琴美はそんな事を気にせず、岩に腰掛け、膝まであるロングブーツの紐を編み上げていく。
 引き締まった太腿にクナイをベルトで留め、グローブを嵌めた琴美の姿は、
 傍で見るのがいれば月の女神の入浴を見た狩人のようにその優雅さに目を奪われただろう。

 事前調査で監視カメラの位置と柵に高圧電流が流れているのは確認済みだ。
 琴美は装備から折りたたみ式スコップを取り出し、少し掘った後、必要最小限フェンスを切って隙間から体を敷地内に滑り込ませる。
 衛星写真で修理工場の位置は、確認済みである。

(やはり何か重要なものが、ここには隠されていますわね)
 建物の影に潜みながら目標へと進む琴美は、段々と増える信者と装備に注目した。
 柵に近い場所にいた信者は少人数で、持っているのは懐中電灯と呼び笛位であったが、
 今、琴美の傍にいる信者は、格闘家のように鍛えられた肉体をしているものや猟銃を持ったものが、必ず2人1組で歩いている。
(……でも圏外じゃないんですよね)
 任務用の衛星携帯電話と無線を琴美は装備していたが、見ていると信者たちはお互いの連絡に無線と携帯を使っている。
(アンドロイドの修理工場ってこんなものなのでしょうか?)
 以前、琴美は国内有名メーカーのアンドロイドをOEMとしてライセンスを得て生産していた工場が、
 実は某国の兵器用アンドロイドの生産工場であり、首謀者の逮捕と工場の破壊の経験がある。
 そこでは電磁波の類はご法度で、電波感知器がそこかしこに設置されていたのだ。
(何か違和感がありますね)
 琴美が周囲を観察していると目の前の建物の中に入っていく信者の姿があった。
 その何処か、こそこそした姿は、他の信者の目を警戒しているように思えた琴美は、後を追う為、素早く物陰から飛び出し、建物の中に体を滑り込ませた。

(──!)
 建物に琴美が入った途端、背後から襲ってきた殺気。
 その出所に扉を閉めたばかりの腕で肘鉄を食らわせる琴美。
 確かなヒットの手ごたえと敵の吐き出す息で振り返ることなく敵の鳩尾を突いた事を確証する琴美。
 振り向きざまに相手の側頭部に回し蹴りを食らわせ、昏倒させた。
「初対面の相手にそんな無作法をするからこういう目に合うのですよ」
 気絶している信者ににっこりを微笑む琴美だったが、相手は琴美が追いかけた信者ではなかった。
 何しろ性別が、違うのだ。
(……彼女と間違えて襲った(?)ということでしょうか?)
 昏倒する男のポケットを探ったが何も出てこなかった。
 傍にはスイッチが切ってある懐中電灯が一つだけである。

 琴美はポケットから小さな瓶を取り出すと信者に中身を振り掛け、空き瓶を傍に転がした。
 周囲にぷーんとアルコールの匂いが立ち込める。
(これで少しは時間稼ぎができるでしょうか?)
 この信者を口封じに殺すのは簡単だが、琴美は無差別殺人者ではない。
 国民の安全を脅かす敵を殺す事に迷いはないが、この男がそれかどうかは、現時点では判断がつかない。
(でもこの奥に何かがあるのは間違いないですね)

 ぴたりと床に耳を押し当て神経を集中する琴美。
 僅かに響く靴音に先に入った女の足音と向かう先を確認した立ち上がると女を追いかける琴美。
(何が出るか判りませんが、とりあえずお知り合いになって、知っていることを全部吐き出してもらうのが一番ですね)

 建物の中の監視カメラの数は、尋常でなかった。
 通常は暗黙の了解。必然の密談──通常、監視カメラというのは意図的に死角を作るケースが多くある。
 だが、ここの監視カメラには死角というものが、殆どない事に琴美はすぐに気が付いた。
 それならば先に建物に忍び込んだ女と琴美の姿を捉えているはずだが、
 警備員が飛んできてもいいはずなのだが、建物の中は不気味なまでに静かだった。

「──!」
 暗闇の中、何か動くものがいた。
 身体能力にすぐれた琴美は、何かが近づいてくるのを察知したのだった。
 息を殺し、クナイを構え、物陰に潜む琴美の背筋にゾクゾクとした緊張が走ったのだった──。

<後編に続く>