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<東京怪談ノベル(シングル)>


GynoidCrysis2/2
 暗闇の中、信者の女を追っていた水嶋・琴美(8036)だったが、突然ある予感。
 敵が現れる予感が、琴美の背中に走った。
 クナイを構え、物陰に潜む琴美の目の前に──
(なんでしょうか? これは???)
 生気を失った目をしながら、ゆらゆらと夢遊病者のように歩く女が現れた。
 だが、彼女は来ている服は同じ信者のものだったが、琴美が追いかけてきた女性とは別人である。
 生きている人間というよりも人形のようである。

 バタバタと複数の足音が近づいてくるのに気が付いた琴美は、足に力を籠めジャンプし、梁に取りつくとそのまま天井に気配を消して張り付いた。
「このアマ、手間かけさせやがって!」
 男の一人が荒々しく女を電磁棒で殴りつけた。
「おい。いくら『返す分』の奴じゃないとはいえ、こいつを一体作るのにどれだけ手間が掛かっているか知っているだろ。扱いには、もっと気をつけろよ」
 そう別の男が、女を殴った男を宥める。
「可哀想に火傷になっちゃったよ」
「だが気味悪いっスよ、こいつ。死体を張り合わせて出来ているんスよね?」
「まあ今の状態だとゾンビみたいだが、ちゃんと生きた女だよ。そう思えば可愛く見えるだろ」
(人造人間……というよりも全身整形なのでしょうか?)
 そんな事を考えながら琴美は、男たちの会話に耳を澄ませる。
「もっとよく見ろ。乳の形をしているし、尻も整っている。こんだけ見た目は、綺麗な女は生身でそうそういないだろ?」
「綺麗になりたいってのは何となく判るっスが、俺は整形とかする女とかも理解できないっス」
「まあ殆どの男は、そうだろうな。
 だがそういう一方、良い乳だ。良い尻。あの顔が可愛いとした挙句、全部一つに集めて女神像とかを作るだろ。
 同じように教祖様も、地上に女神の器を具現化する為に生きた女を使って作り上げようとしている。
 今世の死の代わりに永遠の命。神の器に部分参加とはいえ、一体化した女たちは、永遠の美と命、若さを得る。
 それに同意してやってるみたいだな」
「まあ…そうなんでしょうスけど」
「こいつも器にはなれなくても綺麗な顔やパーツを貰えれば花道に立てるしな」
「花道って自爆じゃないっスか」
「まあな。だが身と心を捧げたのに神の器になれないって絶望感なのかもしれないな」ともう一人の男が言った。
「絶望感は、私は判りませんわね。毎日充実してますもの」
「俺は何となく判るっス。でも自爆テロなら教団には男もいるんスから男が先に行くべきだと思うんスよね、俺。女が怪我したり、死ぬのは、あんま見たくないっス」
「なのにこの方は、殴るんですね」
「だってキモいじゃないっスか、こんな薬漬けの女なんて」
「まあ、薬物中毒まで……お約束な手段とはいえ、恐ろしい方たちですね」
「……? わっ!」「……? 誰だ、お前!」
 同時に叫ぶ男の間に何時の間にクノイチ装束の琴美が立っていた。
 グローブの両手に握ったクナイが、男たちの喉を正確に狙う。
「誰でもよろしいじゃないですか。ですが、もう少しお話を聞かせてくれませんか?」

 にっこりと上品に微笑む琴美に顔を一瞬赤くする男たち。
 両袖のない上衣にきつく帯で絞られ細さを強調されたウェスト。
 黒のショートスリーブのインナーの谷間からむっちりとした齧れば肉汁が溢れそうな白い胸が覗く。
 ずっしりとした質感を持ちながらもラインの崩れていない色っぽい尻に揺れるミニのプリーツスカートにフィットするスパッツ。
 太腿に止めたバンドには、クナイ。編上げの膝まであるロングブーツという姿である。

「はは…随分とセクシーな忍者だな」
「お褒めいただいてありがとうございます」
 頭をぺこりと下げる琴美に、隙ができたと思って飛び掛かってくる男たち。
「……ですので、お礼にワザと隙を作ってみましたわ」
 ガキンとクナイで両方の電磁棒を止める琴美。
「私も無抵抗の相手に暴力を振るうのは、好きではありませんもの」
「舐めんなよ!」
「格下ね。随分自信家なんだ」
 男の空いた手が、素早く腰の電磁棒を抜き、琴美に襲い掛かった。
 男たちは、2本棒の使い手だった。
「まだゴングもなっちゃいねぇスよ」
「これからだよ、お楽しみは」
 ジリジリと建物全体に警報機が鳴っている。
「みたいですね。貴方たちを退治するのは、私達ではなく警察か公安の仕事でしょうが、
 貴方たちが逃げ出さない程度のお手伝いは、ここまで来たのですからしていく事にしました」
 琴美は、体を回転させ二撃目も躱す。
「訂正しますわ。意外とデキる方たちなのですね」
「こっちは、褒められても嬉しくない!」
「番犬が我々の仕事だから、あんたを捕まえて誰の差し金か調べないと上から怒られる」
「そうですか。大変ですね」
 繰り出される棒をクナイで叩く琴美。

(生身で触れれば火傷。うっかり叩かれれば骨折。
 挙句に油断すれば感電する。敵に回すと厄介な便利グッズですわね)
 上が来れば、下。下が来れば右。右が来ると見せかけて左。
 繰り出される電磁棒を器用にクナイの横面で叩く琴美。
 足技を混ぜて攻撃を封じていく。
 だが2人組はコンビを組んで長いのかお互いの欠点をカバーした連係のとれた攻撃を繰り返し、
 琴美もまた確実な一撃を繰り出せないでいた。
(向こうとこっちの違いは何か。それは、こちらは殺すこともできるが、向こうは”殺す”攻撃ができないという事ですわ)
 冷静に判断した琴美は、くるりと握っていたクナイの位置を変えた。

 それは、瞬きをした一瞬だった。
 男たちの手首を琴美のクナイが切り裂いた。
 鮮血が激しく飛び散り、驚いた男たちの動きが一瞬遅れた。
 琴美は流れるように円を描き、男たちの反対側の腕も切り裂いた。
 くるくるとバレリーナのように円を描きながら男たちの動きを封じたのだった。


 蹲る男たちに微笑みながら黒の女神が言う。
「極めて致命傷になる傷は与えていませんが、迂闊に浮けば失血多量で死にますよ。
 誰かが見つけてくれるまで大人しくしていて下さいね。
 あと、ついでに奥に何があるか、具体的に教えてくれると助かります」
 さっき鳴らした警報機で消防だけじゃなく警察が来ます。と琴美は告げた。
「貴方たちは、まだまだ小さい芽ですけど国民に害をなす存在と国が認めてしまったのですから……このままだと教祖様だけ逃げてしまいますわよ」
 美しい女神の囁きは、時に悪魔の囁きに匹敵するほど甘美な毒となる。

 男たちは道連れを求め、自分たちの知る教団の悪行を全て琴美に話したのであった──。








『こちら、水島。任務完了です。
 対象は”霊鬼兵”に非ず。
 教団関係者は、警察に通報。ドアは施錠し、中から開かないように致しましたわ』
『了解。任務完了と見なす。
 詳しい報告は、後日。
 所定位置で回収を待て』
 相手は、短く告げると通話を切った。

「………でも、私たちに密告してきた電話の主は?」
 それに──混乱した現場とはいえ、琴美がいくら探しても琴美の前に建物に入った女は見つからなかった。
 謎が残る事件であった──


<了>