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I(ai)
私が、彼女 水嶋・琴美(8036)という人間との間に運命の赤い糸があるならば、その赤は間違いなく血の色だろう。
殺すものと殺されるもの。
私と彼女の間に存在する関係である。
彼女は、まだその赤い糸に娶られているのを知らない。
何故なら、私には特定の肉体がないのだ。
神の下した罰なのかは知らないが、常に他の滅び行く存在に依存する精神体。
ヤドリギのような存在だからだ。
私は彼女と出合い、知ってしまった。だが、彼女は知らない。
それは、彼女にとって不幸かもしれないが、関係ないかもしれない。
何故なら私の知る彼女は、とても聡明で、そういう苦境を苦境と思わないタイプの強い女性であるからだ。
私が初めて彼女を知ったのは、私はある工場の中に防犯用ロボットに憑依していた頃だった。
私が、まず驚いたのは、その人並み外れた容姿と動きだった。
黒のショートスリーブのインナーに両袖のない上衣にきつく帯で絞られ細さを強調されたウェスト。
日本人離れしたボディラインの尻にフィットするスパッツ。
彼女が走り。飛び。大きく動く度に小さく揺れるミニのプリーツスカート。
スカートが動く度に太腿に止めたバンドが見え、そこには何かが刺さっていた。
(後で別の宿主を使って調べたところクナイという名前の武器である事が判った)
編上げの膝まであるロングブーツを履いた彼女は、TVのニンジャヒーローのようだった。
彼女に殺された私は、別なロボットに憑依した。
私を次々と殺す彼女は、その生命力溢れる肉体を存分に使い、
私が右、左と繰り出す攻撃を軽やかな動きで簡単に避けていく。
その姿は、非常に格好良く心地よかった。
ソレに比べて私の体は、なんと不恰好だっただろう。
彼女は私の動きを分析し、クナイや刀、時には銃を使うだけではなく、殺していく。
だが私もまたネットワークに繋がっていて彼女が私を殺す度、別の私が彼女の行動パターンを予測できるようになっていく。
大きな身体に憑依した私の固い外壁を壊す為、彼女は、狭い通路に誘い込み、
ボイラーを暴走させて爆発を起こし、崩落した天井で身動きできなくなった私に折れた鉄骨を突き刺し倒す彼女の機転に驚いた。
そして私の身体が、ロボットから人間に変わっても彼女は、私を何度も躊躇なく殺した。
恐らく私にとって彼女は、死告天となのだろう。
圧倒的な強さを持つ彼女を殺したら私はこの無限に続く地獄から開放されるのであろうか──
「……ふぅ。今日も暑いですわね」
夏の気配のする強い日差しの中、街を歩く琴美はハンカチで額に浮いた汗を拭う。
ふと見れば木陰で老人が、小さな屋台がカキ氷を売っていた。
暑さで大繁盛のようだ。
琴美も他の人に倣って列に並ぶ。
近くで事故があったのか、救急車がサイレンを鳴らしながら通り過ぎていく。
イチゴシロップの掛かったカキ氷を一口頬張る。
キンとした冷たさが、一瞬広がって消える。
「ん〜。シンプルですが、やはり暑いときに氷は最高ですね」
足元に紙袋一杯の今日(買い物)の成果を置き、近くのガードレールに腰掛けながら、
嬉しそうカキ氷を食べる琴美に20代のサラリーマンのグループが容赦ない視線を注ぐ。
琴美本人に全くその気はないのだが、スプーンで優雅に氷を運ぶ先、セクシーな口元もまた、
日本人離れした豊満な肉体と同様に男達の欲情をそそるには十分であった。
幼い頃から美しい琴美。
本当に美しい花は、どんなに気配を消しても、その存在感故に、
花に興味をない者でも一瞬、目を奪われ存在感を持ってしまうのと同様。
その美しすぎる外見の為、集めたくない視線を集める事が多く慣れてしまった琴美である。
街行く男達がどんな妄想をしようが琴美には、興味がなかった。
琴美は嬉しそうにカキ氷を頬張る一方、その目は、油断なく街行く人に向けられていた。
(……どうやら追ってこないようですね)
琴美はここ数日間、誰かに監視されているような気がしていた。
犯人を見かけるなどの特別な確証はなかったが、琴美が長年培ってきた戦士としての勘がそう告げていた。
(自衛隊内部の査察官? そんな者が来るまでおイタをしたつもりはないですが……)
琴美の受ける任務は、通常の自衛隊員が受けるものとかなり異なり、特殊である。
予定のプランどおり行かない為、現場での責任者。
イレギュラーの事態には、琴美の判断が優先される。
時には強硬手段をとる事もあったが全ての案件は、それも含め、琴美の適切な判断で速やかに完了している。
先日の案件『狂信的な宗教団体による官僚の連続爆破事件』も
当初とは大幅に予定変更したが、琴美の活躍で日本国民の安全が守られた案件である。
自爆テロの実行犯とその実行犯を助ける全身整形の材料になった信者も、
神の代わりと称して官僚を殺すように命じた教祖も
他の信者も纏めて琴美は、一分の情を掛けるつもりはない。
実際、逮捕後、あれよあれよと出てくる余罪は、テロリストに等しかった。
だが自衛隊員である琴美は自衛隊員としての誇りがある。
ここまでが警察の領域。ここからは自衛隊の領域という線引きをしている。
なので彼らには、一般人同様に一生牢屋の奥で世界を呪うか、死刑になって欲しいと考えていた。
──今は次の任務に向け、過去の案件を過去のものとする大事なリフレッシュ期間中だ。
(査察は、査察でもボーナスの査察なら歓迎ですけど)
カキ氷を食べ終わった琴美は、
「ご馳走様。冷たくって生き返りましたわ」
と屋台の店主に礼を言い、カップをゴミ箱に放り込んだ──。
「どうダネ。新しい体は?」
『悪くないです』
ベッドの上で身体を起こした少女は、手の動きを確認するように動かした。
滑らかに動くそれは人間と変わらない。
博士が、身体のチェックをしていく。
『私は、死ぬのでしょうか』
「馬鹿言っては困るネ。YOUの研究にどれだけ時間掛かったと思うネ。
この前は変な教団に協力をして大失敗だったけどネ」と博士。
少女は博士の言葉を聞いていなかった──心を占める思いはただ一つ。
自然と笑みが浮かんだ。
「おおぅ、その微笑。『霊鬼兵』は、常に微笑を浮べるネ。また一つ、証明されタ!!」
『博士。新しい身体をくださってありがとうございます』
ソレは身体についたケーブルを引きずったまま台から下り、博士に近づいてきた。
「お礼は必要ないネ。YOUは、MEを学界からやった奴らを見返す大事なショ──」
博士は言葉を続ける事が出来なかった──何故なら胸から作り上げた少女の手が生えていた。
『博士。こういうものは、唯一無二だから美しいのですよ』
何が起こったか判らないという顔をする博士に私はこう言った。
『それに残念ながらあなたの実験は、失敗です。
彼女と戦える体が欲しかった私がずっと一緒にいましたが、この身体に命はありません。この身体を動かしているのは私です』
希望に満ち溢れる顔と同様に絶望に歪む顔と人間の顔と言うのは、なんて美しいのだろう。
生み出されたばかりの死体を繋ぎ合わせた人造人間──
『この体。いつまで持つか判りませんが「死」を迎えるまで楽しみましょう……』
間もなく研究室の異変に気がついた警備員が来るはずである。
『どれだけの実力があるか試させて貰います』
監視カメラに、私は微笑んだ──。
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