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外道忍群(4)
「止めろ! 今すぐ止めろ!」
「教訓という言葉を知らないのか! 恥も知らないのか!」
「原発特需がそんなに大事なのか! 少しくらい不便な暮らしに耐えようって気はないのか!」
「日本中みんなで耐えているんだぞ! この恥知らず!」
罵声の鳴り止まぬ町であった。
今日も発電所の門前で、デモ隊が騒ぎ立てている。
わざわざ県外から、騒ぐためにだけ集まって来た人々。
平日である。仕事はしていないのか、と少女は思わなくもなかった。
それとも、ここで騒いでいるだけで、誰かから金をもらえるのか。
少女の父親は、この発電所で働いている。だから震災後、しばらくは失職同然であった。
再稼働のおかげで助かった。が、このような人々が町に押しかけて来るようにもなってしまった。
学校から家までは、発電所の脇道を通って行くのが一番早い。が、これでは遠回りをしなければならないだろう。
来た道を、少女は引き返そうとした。だが。
「ちょっと! そこの君!」
デモ隊の中から男が数名、ずかずかと近付いて来て少女を取り囲んだ。
「君、この町にずっと住んでるんだよね。再稼働について、どう思うの!?」
「この町の人たちって、原発のお金でいい暮らししてるよね。仕事なくて自殺する人もいるってのに、恥ずかしいって気持ちが少しくらいはないのかな? 若い人たちの考え、ちょっと聞いてみたいんだけど」
「君のお父さんとかも、やっぱり原発関係のお仕事してるわけ? いいお給料もらってるんだ?」
「……え……あの……」
少女は口籠り、後退りをした。だがデモ隊の男たちは背後にもいる。
自殺云々という話が出たが、自殺者ならこの町からも出た。
原発が止まっただけで、町の財政そのものが立ち行かなくなってしまったのだ。
少女の父親の友人である市職員が首を吊った、その頃に再稼働が決定した。
おかげで町は救われたが、疑問はある。
原発が止まって立ち行かなくなった市町村は日本中いくつかあるだろうに、なぜこの町の原発だけが再稼働認可を受けたのか。
(やっぱり……山の人たちが……?)
「ちょっと君! 人の話、聞いてる!?」
男の1人が、少女の細腕を荒っぽく掴んだ。
「駄目だよ! こっちは日本の未来に関わる大事な話をしてるんだから。そんなんじゃ立派な社会人になれないよ!?」
「……い、痛い……放して下さい……」
少女は泣きそうな声を発した。が、男は放してくれない。別の男が、怒鳴りつけてくる。
「痛いだと!? よくそんな事言えるよな! あの震災で、どれだけ大勢の人たちが、どれだけの痛み苦しみを味わったのか! そこまで考えて物言ってんだろうなオイ!」
「恥知らずの考えなし! バカ丸出しなんだよ、原子力村の村人があ!」
男が、少女の腕を掴んだまま乱暴に揺さぶる。
突然、少女は解放された。
今まで自分の腕を掴んでいた男の手が、横合いから捕えられ、捻られている。その様を、少女は呆然と見つめた。
「そう……貴方たちは、あれを原子力発電所だと思ってらっしゃるのね」
涼やかな、若い女性の声。男たちの罵声で傷ついた少女の耳を、優しく癒してくれるかのようだ。
「な……何だよ、お前……」
「単なる旅行者ですわ。お気になさらず……と言いたいところですけれど」
どこかのOL、であろうか。黒のレディススーツをかっちりと着こなした女性である。
若い。大人びてはいるが、もしかしたら自分とそれほど年齢が違わないのではないかと少女は思った。
「私のような外部の人間の目に、御自分たちの行いがどのように映っているのか……少しくらいは、気にした方がよろしくてよ?」
可憐な唇が、冷ややかに涼やかに言葉を紡ぐ。
顔立ちは、嫉妬する気も起こらないほど美しい。
しなやかな背中をサラリと撫でる黒髪は、思わず触ってみたくなるほど艶々としている。
白のブラウスと黒のジャケットをもろともに膨らませた胸は、いささか窮屈そうではあった。
綺麗にくびれた胴から豊麗な尻回りにかけての曲線は、美しいだけでなく力強さをも感じさせる。身体を鍛えて、このボディラインを作り上げてきたのだろう。
すらりと伸びた両脚は、動きにくそうなタイトスカートをまとっていながらも躍動感に満ち溢れている。
そんな女性が、優美な五指で男の手首を掴み、そして捻り上げる。
「いっ痛え! いてえ痛え痛痛痛痛痛ぎゃあああああああ!」
男が悲鳴を上げた。
捻られた腕が、これはもう折れているのではないかと思える曲がり方をしている。
辛うじて、折れてはいないようだ。
「て、てめえ暴力振るおうってのか! 警察沙汰にしようってのかあああああ!」
「このようなデモが放置されている……その時点で、警察の方々がお仕事をなさっているとは思えない町ですわね」
「あ……あの……」
もう放してあげて下さい、と少女が言おうとした、その時。
黒いスーツの女性が、表情を変えた。
冷ややかな美貌が、険しいほどの緊迫感を帯びる。
掴んでいた男を放り捨てるように解放しながら、彼女は叫んだ。
「伏せて!」
言われた通り、少女は伏せた。黒いスーツの女性に、頭を押さえ付けられていた。
直後。炎の嵐が、吹き荒れた。可愛い声と共にだ。
「汚物は消毒だぁ〜!」
幼い女の子が1人、楽しそうに笑っている。着物を、パタパタとはためかせながら。
日本人形のような女の子だった。愛らしくにこやかな笑顔を見せながら、炎を吐いている。その可憐な唇から、紅蓮の荒波が迸って荒れ狂う。
デモ隊の男たちが1人残らず焼き払われ、悲鳴を上げながら灰に変わってゆく。
熱風に舞い上がり、渦を巻く遺灰。そんな光景の中から、人形のような女の子が微笑みかけてくる。
「底辺生活者が群れて騒ぐと、マジうざいよねー。そこはネトウヨもブサヨも同じなわけで……大丈夫だった?」
「は……はい……」
少女は呆然と、そんな答え方をするしかなかった。
「心配しないで。この町は、あたしたちが守ってあげるからぁ」
やはり自分たちは守られているのだ、と少女は実感せざるを得なかった。
「お知り合い、ですの?」
黒いスーツの女性が、訊いてくる。少女は、声を潜めた。
「……山の人たち、です。あたしたちは昔から、そう呼んでます」
この町から、そう遠くない山中に住む人々である。
日本古来の、山岳民の一種族。学校の先生は恐る恐る、そう教えてくれた。
山の人たちには、決して逆らってはならない。この町に生まれた子供に、大人はまず、それを教える。
警察に逆らっても良い、国家権力に逆らっても良い。山の人たちが守ってくれる。
だから、山の人たちには絶対に逆らってはならない。
「なるほど……この町、のみならず県行政のかなり深い所にまで根を張っていらっしゃる」
黒スーツの女性が、人形のような女の子を興味深げに見据え、言った。
「警察の動きが鈍いのも道理。県警程度では、貴女たちには触れる事も出来ないようですわね」
「だから自衛隊とかから来ちゃうわけよ。アンタみたいな牝犬ちゃんがねぇ」
人形のような女の子が、牙を剥いた。白く愛らしい牙の周囲で、吐息が発火し、チロチロと燃える。
「こんがり焼いて、ホットドッグにしてやる……!」
「私が公権力の飼い犬ならば、貴女がたは狂暴な野犬の群れ」
黒いスーツの女性が、ふわりと身を翻していた。
魅惑的なボディラインが軽やかに捻転し、艶やかな黒髪が柔らかく弧を描く。
黒のジャケットとタイトスカートが、白のブラウスが、脱ぎ捨てられて宙を舞った。
「保健所の方々の代わりに、殺処分して差し上げますわ」
ランジェリー、ではなくレオタードのような黒いインナーを着用しているようだ。
その上から、丈の短い着物を羽織っている。綺麗にくびれた胴の辺りで帯を締め、豊麗な胸の膨らみを閉じ込めている。
瑞々しい白桃を思わせる尻の丸みを辛うじて覆い隠しているのは、ミニのプリーツスカートだ。
格好良く膨らみ締まった太股にはベルトが巻かれ、そこに何本もの、小さな刃物が収納されていた。
膝の辺りから爪先までは編み上げのロングブーツで、すらりと伸びた美脚を躍動的に攻撃的に彩っている。
その美脚で、彼女はゆらりと踏み込んだ。足音が、軽やかに高らかに鳴り響いた。
名乗りと、共にだ。
「水嶋琴美……参りますわよ」
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