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<東京怪談ノベル(シングル)>


―謎の『お友達』―

「あの子、いつも一人で片付けやってるよね」
 海原みなもは、傍らの同級生に声を掛けた。だが、問い掛けられた彼女にはその姿は見えないらしく『誰もいないじゃない』と云う答えが返って来る。
「えー? 居るじゃ……あ、あれ?」
「疲れてるんじゃないの? 珍しく、部活にも顔を出してるし」
「おかしいなぁ、確か居たと思ったんだけど。ジャージ着た小柄な女子が、体育用具室の傍に……」
 しかし、どんなに目を凝らしてもその姿は見えなかった。みなもは小首を傾げながら、次第に暗くなりつつある帰り道を辿り、帰途に就いた。

***

「やはり、分からないままですか?」
「証言が曖昧すぎるんだよ。各々で見えた姿も違うし、被害状況もまちまちだ。ただ、その話を聞くときは、皆が皆揃って顔を赤らめるんだよな」
 草間武彦は、これまでに集めた証言から、依頼内容である『女郎蜘蛛の怪談』の正体を考察しようとしていた。だが、前言の通り証言内容はバラバラで、しかも何故か核心に迫ろうとすると口籠ってしまうので、手掛かりが掴めないでいたのだ。
「お前さんも、一度蜘蛛の巣まみれになった事があるって、話してたろ? あの時の様子は思い出せねぇのか?」
「え? あ、うー……それが、よく覚えてないんですよ。体育用具室の前で不思議な女の子に会って、扉を開けるのを手伝った所までは覚えているんですけど。その後数分の記憶がなくて、気付いたら用具室の裏で横倒しになってたんです」
 ふぅん? と草間はみなもの顔を覗き込む。と、やはり頬を紅潮させている。一連の証言者と同じ反応だ。
「俺の睨みだと、その『不思議な女の子』ってのが犯人と見て間違いなさそうなんだが。でも、何でそこで顔を赤くする?」
「分からないんですよ。ただ、話してはいけないような……話すのが恥ずかしくなるような……そんな気持ちになるんです」
 埒が明かん、と痺れを切らした草間は、翌日から放課後を待って、問題の体育用具室を観察する事にした。

***

 放課後の校庭の片隅に、教師では無い大人の男性が一人。しかも彼は、植え込みに身を潜めて藪蚊と戦いながら、ある一点を凝視している。
「草間さん、もう話題も下火になっているのだし……そこまで頑張らなくても」
「いーや、まだ謎解きは終わってねぇ。それにだ、俺はお前さんや、他の女の子たちが赤くなる理由を知りてぇンだよ」
 彼の姿はグラウンドから丸見えであり、練習に勤しむ陸上部や野球部などの部員たちから『何だ何だ?』と云う視線を集めていた。ただ、学校側に話は通っている為、コーチや顧問が彼を咎める事は無かったのだが。
「現れねぇな?」
「まだ、時間帯が早いんですよ。部活が終わって、閉門時刻が近くなってからの話ですから」
 今日は草間のアシスタントとして参加している為、彼女もまた茂みの中に腰を落としている。生徒たちは彼女を見知っているので、この奇妙な取り合わせに首を傾げる者も多かった。そんな視線を受け、みなもは思わず赤面する。
「例の女の子に会うより、今の状況の方が恥ずかしいんですけど」
「我慢しろ、仕事だ」
 職務に対する責任感……いや、もはや単なる興味本位だろう。謎の女の事やらがどんな姿かたちをしているのか、それを見てみたくて堪らない、ただそれだけの理由で彼は、オペラグラスを片手に体育用具室を凝視しているのだ。
(あーあ、諦めるしかないか)
 観念したのか、みなもは中腰の体勢から、ハンカチを地面に敷いてそこに腰を下ろした。こうなったら、彼の気の済むまで付き合うしかない。一度言い出したらテコでも動かない、それが草間武彦と云う男なのである。
 やがて空が茜色に染まり、次々に生徒たちの姿が消えて行く。体育用具室にも後片付けの為に多数の生徒が出入りするが、問題の女の子は出現していないようだ。
「こっからが本番、だろ?」
「ええ、あたしが何度かあの子を見たのは、やはりこのぐらいの時間帯で……」
 そこまで言い掛けて、みなもはパッと立ち上がる。現われたのだ、またもラインカートを携えたジャージ姿の女生徒が。
「草間さん! ほら、あの子ですよ」
「あー? 誰も居ないじゃないか」
「嘘、よく見てくださいよ! 扉の前で立ち往生してるじゃないですか」
 何処なんだよ……と、草間は体育用具室の正面に目線を向ける。が、何故かその女生徒の姿は、みなもにしか見えていないようなのだ。
「あたし、行って来ます!」
 そう言い残し、みなもは用具室の前まで走った。すると、女生徒は嬉しそうに笑顔を作る。それを受けたみなもも笑顔になるが、草間にはみなもがパントマイムをやっているようにしか見えなかった。
(何も見えねぇ……でも、嬢ちゃんには見えているのか? これは、やはり幽霊とかの類……お、おい待て! 迂闊だぞ!)
 扉を開き、室内に消えるみなもを見て、草間は慌てた。証言通りであれば、この後に女郎蜘蛛の『捕食』が始まるからである。
「おい、嬢ちゃん! 大丈……夫……な、何だと?」
 駆け付けた草間の目には、驚くべき光景が飛び込んで来た。何も無い空間にみなもの身体が浮かび、しかも彼女は恍惚とした表情で悦楽に浸っている様子だったのだから。
「もう、縛らなくても逃げたりしないよぉ……」
 縛り!? そんな様子は無いぞ……と、草間はその光景をただ眺めている事しか出来なかった。用具室の内部の様子は見えるのだが、何故かそれ以上先には足が入って行かない。何かに押さえられているような感触が、確かに彼の足に伝わっているのだ。
(うっ、動けねぇ……だと!? 声も出せねぇし……何なんだ一体!)
(男は嫌い……大人はもっと嫌い。だから、絶対に近寄らせない……邪魔をしないで、いま私は至福の時を過ごしているの)
(お、女の声!? だっ、誰なんだ!)
(誰だって良い……でも、此処で見聞きした事は、忘れて貰うわ。但し、後でね。いま、とっても楽しいの)
 短く交わされた、その会話。だが草間は、確かに『見えない女』の声を聞いた。そして、その間にみなもは着衣を乱され、その息遣いも徐々に荒くなっていく。
「ちょっとぉ、何処に手を入れてるの……恥ずかしいよ」
(そのまま動かないで、もっと気持ち良くしてあげる……)
(な、何をされているんだ、嬢ちゃん! クソっ、助ける事も、此処から離れる事も出来やしねぇ!)
 動きと声を封じられたまま、草間はただ、みなもが弄ばれる様を見ているしかなかった。そして彼女が甘く切なそうな声を上げ、顔を赤く染めた時、草間はみなものその姿に、この上ない妖艶な色香を感じた。

***

「……あ、あれ?」
「もー、何で居眠りしてるんですか……置いて帰る訳にもいかないし、どうしようか迷ってたんですよ?」
「!! 嬢ちゃん、無事だったのか?」
「は? ……何の夢を見てたんですか。あたし、何ともありませんよ?」
 呆れ顔を作るみなもであったが、その衣服の端々には、やはり蜘蛛の巣が纏わり付いている。
「何処か、汚ねぇ部屋にでも入ったのか?」
「だから、あたしは何も……あれ? 制服が汚れてる」
「おかしいな、俺ぁ確かに、凄い物を見たような気がするんだが」
 だから、どんな夢を見てたんですか……と、ジト目で睨まれる草間。しかし、彼らの記憶に女郎蜘蛛の姿は一片たりとも残されていない。
 こうしてまた一つ、この件に関する謎が積み重ねられていくのだった。

<了>