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<東京怪談ノベル(シングル)>


お留守番狂想曲 御駄賃は宝石化の呪い!?

天鵞絨を張り巡らせた夜空を彩る銀色に輝く満月と満天に散らばる真珠のような星々。
窓の外に見えるのは、完全な夜の世界。しかも午前0時を過ぎた深夜。
普通ならベッドに入ってぐっすりと眠っているはずなのに、今夜のティレイラはそれが許されない。
時折、船をこぎながら、夜明けをひたすら待つ。
というのも、所用があって出かけてしまった師匠から経営する魔法薬店の留守番兼護衛を問答無用に命じられ、現在に至るわけである。

「ううう、眠いよ。眠たいよ〜もう寝ちゃいたいよ」

毛布で全身を包みこみ、だるまのような状態のティレイラは何度もぼやきつつも、律儀に起きていていた。
頼まれた仕事だから、というのもあるが、師匠を怒らせておしおきされるのはもっと嫌なだけだったりする。
それでも今夜は何事もなく終わりそう、と喜びつつ、毛布に包まる前に持ってきたコーヒーを飲み干そうとした瞬間、その音が聞こえた。
数秒の間。
気のせい、気のせい、と知らないふりして引き上げようとするティレイラの耳に、倉庫の方からはっきりと、何かが落ちる音と歩き回る足音が届き――その場に両手をつき、絶望した。

「せっかく終わると思ったのに〜」

涙をダクダクと流しながら、ティレイラは立ち上がると、静かに、だが確実な足取りで倉庫へと踏み込んだ。
大きく開け放たれた天窓から降り注ぐ月明かりが倉庫内を照らし出す。
その光の中、妙なハイテンションで嬉しそうに、はしゃぎながら、大きく膨れ上がった布袋を片手に魔法道具を漁る一人の少女の姿。

「きゃああああ、いいお宝ばっかりじゃん。大漁大漁」

ハートマークがつきそうな勢いで勝手にしゃべりまくると、少女はよいしょっと肩に布袋を担ぐと、本来の姿なのか、背から漆黒の爬虫類を思わせる翼を、お尻からは一本の尻尾を生やすと、意気揚々と退散しようとする。
その瞬間、ティレイラの身体は勝手に動き、今まさに飛び立とうとした魔族の少女に体当たりした。

「このコソ泥っ!! ダメに決まってるでしょうっ!!」
「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁっ!!」

思いっきり腰にタックルを決めて、体当たりするティレイラに驚き、悲鳴を上げ、飛び立とうとした体勢を崩し、そのまま二人そろって愉快にダイブを決める。
グルングルン、と二回転、三回転と床の上を転がりまわる二人。

「ちょっとっ!! 何すんのよっ、離せってばぁぁぁぁぁっ」
「絶対に逃がさない!」

必死で逃げようともがく少女。逃がすまいと全身全霊で取りすがるティレイラ。
さんざんにやり合った後、一瞬の緩みをつき、少女はティレイラの顎を思い切りよく蹴り飛ばして、開け放たれた天窓へと逃れようと、翼をはためかせた。
ここで逃げられたら、眠い目を必死でこすりながら留守番をした意味がなくなる。
その一心からティレイラは身長よりも若干高い位置にあった少女の両足を勢いをつけて飛び上がりながら、がしりと掴む。
高く、だが鈍い音。磨き上げられた床に走るヒビと共にクレーターを描く魔族の少女の顔面。
激痛に呻く少女に構わず、ティレイラは馬乗りになって、その身柄を取り押さえると、手近にあった魔法道具―杖の先に水晶球をはめ込んだ杖をを押し付けた。

「ちょ、ちょっとっ!! 何すんのよっ!!」
「逃がさないわよっ、コソ泥さん。師匠のお仕置きは怖いんだからね」
「冗談はよしてよぉぉぉぉおっぉぉ」

嵌め込まれた水晶が淡く光り輝き、薄いベールのごとき光が身体を包み込み始めると、さすがの少女も慌てふためき、抗議の声を上げるが、ティレイラは聞く耳を持たない。
せっかく捕えた泥棒をこのまま逃がしては、師匠に何をされるか――もとい、顔向けができなかった。
パシュン、というはじける音ともにベールが消え失せると、そこには透明度の高い、薄い青みがかった宝石と化した魔族の少女が転がっていた。

「うわぁぁぁぁぁぁ、きれー。お師匠様ってば、凝ってるな」

傷一つない宝石をまじまじと見ながら、ティレイラは素直に思ったことを口にした。
魔法の力、とはいえ、傷一つない純度100パーセントの宝石の彫像。
知らない人間が見れば、いや、知っていても、この美しさの前には感嘆の息を零すだろう。
けれど、ティレイラは思う。
倉庫のあちらこちらに置かれている、似たような宝石の数々を見ると、なんとなく考えさせられてしまう。
なぜならば、ここにある宝石のほとんどが命知らずにも倉庫に忍び込んだコソ泥――もとい、泥棒たちの末路、なのがだ、中には、どこからか紛れ込んだネズミをはじめとする小動物たちが知らずに触れて、宝石に変化したものも点在している。
なんというか、正直に言うと、師匠の趣味を疑ってしまう。
この倉庫にある魔法道具のほとんど――というか、ほぼ全てが宝石化の魔法が付加された品物ばかりだ。
当然のことだが、お掃除に入った者たちが誤って触れて、宝石化した、などという話は良く聞く。
先日なんて、事情をよく知らずに掃除に入った業者の清掃員が触れて、宝石化してしまい、それを見て驚き、よろけた同僚が別の魔法道具に触れて、宝石化。
目の前で人が宝石に代われば、大混乱は必至なわけで。
涙目になった最年少の清掃員が店にいた師匠に泣きつき――事なきを得たなんて話を聞いたばかりだ。

「はっきり言うと、師匠がこういう魔法道具を集めなきゃいいのよ」

ぼそりと呟くティレイラの脳裏に、不敵な笑みを称えている師匠が浮かび、ある警告を思い出す。

――貴女も気をつけなさい、ティレイラ。特に、侵入者に対しては。一人だと思わせて、実は複数でした、なんてことは多いんだからね

その時だけは、ひどく心配してたっけ、と思った、その瞬間。
背後から迫ってきた影に気づき、ティレイラが振り向くと、同時に悪意たっぷりな眼差しで笑う―宝石化した魔族とよく似た女がティアラ型の魔法道具をティレイラの頭に乗せたのだ。

「い、いやあっぁぁっぁあっぁぁ」
「鈍いわね〜でも、お陰で助かっちゃった」

慌てて外そうとするティレイラだったが、細いプラチナを編み合わせて作り上げられたティアラはぶわりと赤紫に発光したかと思うと、中心に嵌め込んだブラットガーネットに光が集中し、そこから細い光の線が宝石化させて捕えた泥棒魔族の少女に当たった。
その途端、宝石と化していた少女は光が当たった先から生の肉体を取り戻し、代わりにティレイラの翼や角が宝石化していく。

「やだぁぁぁぁぁぁ、なんとかしてよぉぅ」

涙混じりに叫びながら、どうにかティアラを外したが、すでに時遅く、宝石化の魔法はティレイラを完全に捉え、その全身を宝石へと変えていく。
その様をティアラをかぶせた魔族の少女と宝石化が解かれた魔族の少女はお腹を抱えて笑い転げる。

「残念だったわね、お嬢ちゃん。これは呪い写しのティアラなんですって。妹の代わりに宝石になってね」
「きゃ〜姉さん、最高っ!!さっすがぁぁ」

笑い止まぬ二人の魔族を涙目で睨みつけらながら、ティレイラは完全な宝石と化し、その場にごろりと横たわる。と同時にティアラが床に落ちて、転がり――倉庫の壁にぶつかって、止まる。

「さぁぁぁって、どうしてくれようかしら?」
「うふふふふふふふふふ、たぁぁぁぁっぷり楽しませてもらうわよ」

ようやく笑い納めた二人の魔族は黒い――としか言えない笑顔を全開にして、宝石となったティレイラに手を伸ばすのだった。

東の空が明るく、オレンジ色に染まり、眩い光が差し込む頃、所用を済ませて、やっとご帰還した師匠が異変に気づき、倉庫に飛び込み――目の前に広がった光景に力なくその場に座り込んだ。

無残に破壊された天窓。根こそぎ持って行かれた高価な魔法道具。
そして、転がった指紋だらけの巨大な――ティレイラらしき宝石に張り付けられた顔がわからないように加工され、ピースポーズを決めた二人の魔族らしい少女の写真。
散々に遊ばれた痕跡をつけられた宝石がどことなく悲しそうだったのは気のせいではない。

-FIN-