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こんにちはナイトメア
飛び起きた。
心臓がどくどくと脈打っている。
「はぁっ……はァっ……」
弾んだ吐息。嫌な汗にべたつく肌。
窓の外は未だ夜で、月さえもない真っ暗闇が部屋を包んでいた。
(嫌な夢を……見ていたような、気がしますわ)
水嶋・琴美(8036)は呼吸を整え。それからほぅと長い長い息を吐いた。
嗚呼、嫌な夢だった……。
(……どんな夢を見ていたのでしたっけ?)
でも、まぁ、悪い夢など覚えていない方が良い。
一息を吐いた。
水でも飲んでこよう。
そう思って立ち上がり――
「……?」
琴美は手にクナイを持っていることに気が付いた。
いつものクナイだ。でも、どうして? しかも血に――乾いていない新鮮な血に、塗れている。
良く見ればクナイだけでなく琴美自身の体も赤い色にまみれていた。
鉄臭い――どうして?
どうして――
周囲を見渡した琴美の目に映るのは、死体。死体。死体。
彼らの顔を琴美は知っていた。
良く、知っていた。
同僚。後輩。上官。琴美と親しい仲間達――……。
「え、――!?」
おまえがやったんだ。
頭の何処かで声がした。途端にズキンと痛む頭。
「違う……」
いいや、おまえがやったんだ。
ズキンズキンと頭が痛む。
おまえがやったんだ。おまえがやったんだ。おまえがやったんだ。
「いいえ、私は、こんな――!」
割れんばかりに痛む頭を抑えて琴美は後ずさった。
べちゃりと素肌の足で踏んだのは、血の溜まり。
壁一面。床一面。何処もかしこも血だらけで。
まるで溶接されたよう。手からクナイが剥がれ落ちない。生温かい血が滴る凶器が。
よくも殺してくれたな。
死体達は目を見開いて、血走る眼球をじっと琴美に向けていた。
死にたくなかったのに。
「違います!」
私は何もやっていない。そう叫んで、琴美は頭痛と吐き気に蹲った。
気持ちが悪い。
気分が悪い。
荒い息。絞まる喉。上手く呼吸ができなくて。
「っ……げほ、げほッ」
咳き込んだ。
内臓がひっくり返るような心地だった。
げほ。
その果てに吐き出したのは、赤黒い血液。
自らの心臓に突き刺さったクナイに目を見開く。
視界の隅、自分のすぐ傍に立っている者の足が見えた。
「貴方、は……」
見上げた『犯人』は……、
水嶋・琴美その人だった。
飛び起きた。
心臓がどくどくと脈打っている。
「はぁっ……はァっ……」
弾んだ吐息。嫌な汗にべたつく肌。
窓の外は未だ夜で、月さえもない真っ暗闇が部屋を包んでいた。
(嫌な夢を……見ていたような、気がしますわ)
琴美は呼吸を整え。それからほぅと長い長い息を吐いた。
嗚呼、嫌な夢だった……。
(……どんな夢を見ていたのでしたっけ?)
でも、まぁ、悪い夢など覚えていない方が良い。
一息を吐いた。
水でも飲んでこよう。
そう思って立ち上がろうとして――
――立ち上がれないことに気が付く。
「……?」
鈍いような、熱いような、湿った痛み。
布団の中の足からだった。
嫌な予感がする。
静まった心臓が再び脈打ち始めていた。
そろり、そろり、布団を掴む手。
思い切って一気に引き剥がした。
「なっ、……!」
琴美の両足が無い。
鋭利な刃物で切り取られたかのように。
断面からは血が溢れ出している。
自覚すれば激しい痛みが脳を焼いた。
いいや、足だけではない。
指も。腕も。顔も。体が。
『バラバラ』と、赤い色を大量に吹き散らしながら崩れてゆく。
その中で琴美は、見た。
天井からこちらを見やる、クナイを構えたくの一を。
彼女を琴美は知っていた。
何故なら彼女は、自分だったのだから……。
飛び起きた。
心臓がどくどくと脈打っている。
「はぁっ……はァっ……」
弾んだ吐息。嫌な汗にべたつく肌。
窓の外は未だ夜で、月さえもない真っ暗闇が部屋を包んでいた。
(嫌な夢を……見ていたような、気がしますわ)
琴美は呼吸を整え。それからほぅと長い長い息を吐いた。
嗚呼、嫌な夢だった……。
(……どんな夢を見ていたのでしたっけ?)
でも、まぁ、悪い夢など覚えていない方が良い。
一息を吐いた。
水でも飲んでこよう。
そう思って立ち上がり、琴美は台所へ向かった。
整頓された食器棚からガラスのコップを一つ。
透明なそれに冷たい水を満たしてゆく。
静かな、時計の秒針の音だけが響く部屋に水の音。コップを満たして止まった音。
いいや、こうじゃない。これじゃない。違うのだ。
琴美はコップの水を飲み干す。
この水は毒だ。猛毒だ。飲んでしまえば、毒で死ぬ。
直後に激痛。血を吐いた。背後に気配。そうなんだろう。
いいだろう。もう一度だ。
もう分かった。理解した。
飛び起きた。
心臓がどくどくと脈打っている。
「はぁっ……はァっ……」
弾んだ吐息。嫌な汗にべたつく肌。
窓の外は未だ夜で、月さえもない真っ暗闇が部屋を包んでいた。
(嫌な夢を……見ていたような、気がしますわ)
琴美は呼吸を整え。それからほぅと長い長い息を吐いた。
嗚呼、嫌な夢だった……。
(……どんな夢を見ていたのでしたっけ?)
でも、まぁ、悪い夢など覚えていない方が良い。
一息を吐いた。
「……」
琴美は沈黙する。
夜はシンと静かだった。
闇は何も答えない。
琴美はその唇を引き結んだまま。
静寂。
「――そこにいるのでしょう?」
言い放った声。
静かに立ち上がる琴美の手にはクナイがあった。
振り返る。
そこに立っていたのもまた、クナイを手にした琴美。彼女は忍装束を纏っていた。
「もう惑わされませんよ、怪奇」
くの一装束の琴美――否、怪奇に、琴美は凛と告げる。彼女の姿もいつの間にかくの一装束となっていた。
「差し詰め、悪夢の怪奇とでも呼びましょうか」
死を体験させ、何度も殺し、恐怖と狂気で琴美の心を蝕まんとしていたのだろう。
怪奇の琴美が牙を剥いた。鬼のような形相になってゆく。
「良くぞ見抜いたな。だが夢の私をどう殺す?」
「確かに貴方は夢。けれど……ここは『私の夢』なのでしょう?」
琴美が不敵に微笑んだ。夜に浮かぶ月蝕の月の如く、妖しげな美貌を湛えて。
「明晰夢をご存知ですか? 私の夢の主は私。この世界では、私こそがルールです」
言下、闇から伸びた銀の糸が怪奇の体を二重三重に絡め捕った。
「もう貴方には殺されませんわよ。貴方を殺すのは――私です」
瞬間。
琴美が投擲したクナイは、怪奇の心臓を真っ直ぐに貫いた。
血を吐いた怪奇が、じわりじわりと消えてゆく。苦悶の表情を浮かべ、怪奇は問うた。
「何故お前は……何度も夢で殺したのに死ななかったのだ」
「それは私が水嶋・琴美だからです。いかなる絶望であろうと、いかなる恐怖であろうと、いかなる悪夢であろうと、私は決して屈しない」
琴美には人々の日常と世の秩序を護るという使命がある。誇りがある。
死んでいる暇はないのだ。
悲観する暇などないのだ。
「お前が絶望に落ちる姿を見てみたかったが……まぁいい。お前を仕留め損なった時点で私は用無しだ」
「用無し? ……誰かの命令で来たのですか?」
「そう言うところだ。水嶋・琴美――次の新月の日を待つが良い」
と。
悪夢の怪奇は消え去り、そして……
琴美は目を覚ました。
静かな部屋には、朝の光が差し込んでいた。
『了』
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水嶋・琴美(8036)
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