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<東京怪談ノベル(シングル)>


緋色を纏う刃 2

監視カメラの映像が途切れた、との報告が遭った時から予感はしていた。
今夜は政府に反対を唱える某団体の下部組織からの依頼を受けて、一個部隊を派遣する予定になっていた。
定刻通り、派遣用の装甲トラックが隠し通路に到達し――数分後、なぜかトラックは入り口付近で停車したまま、動かなくなり、不審に感じた警備が人を送ったところ、監視カメラの死角となるトラックの影に何者かの襲撃を受けて倒れた運転手を発見した。
幸い運転手は気を失っている程度で済んだが、問題は彼を倒した侵入者が存在することだった。
警備部隊がざわめきだしたと同時に、派遣されるはずだった傭兵部隊が次々と連絡を絶った上に随所に設置された監視カメラが突如停止していくという事態。
そこまでの報告を受けた時点で、組織を束ねるトップ―棟梁はやれやれ、とめんどくさそうに首を鳴らしながら、デスクから立ち上がり、すっかりと混乱状態に陥ったメインルームに踏み込んだ。

「ガタガタと何騒いでいる!! そんな暇があったら侵入者に備えろっ!!」

その場に居合わせた誰もが震え上がるほどの大喝。
浮足立っていた皆は一気に冷静さを取り戻し、己の持ち場へと戻っていく。
ふがいない部下たちに棟梁は呆れながら、指定された席に座り込み、機能してるモニターを注視する。
変化のない、いつも通りの風景が映し出されているが、何かが違った。
それがなんなのか分からないまま、時間だけが過ぎていった。

棟梁たちがモニターの無事や警備の確認作業に追われているその陰で、琴美は一時的に監視カメラを停止させた通路を素早く駆け抜けた。
琴美が駆け抜けた直後、監視カメラは回復し、通常通りの機能で通路の監視を再開する。
時間にしてわずか1,2分。
停止していたのかさえ分からない間に駆け抜けていってしまう琴美を誰一人として捕えることはできなかった。
だが、潜入してから半刻。慌てふためいたように駆けていく複数の足音やざわめきを聞きとがめると、琴美は足を止め、周囲を見渡し――天井部分にあった換気ダクトに目をつけ、気づかれぬように素早くそこへと身を潜めた。
その数秒後、琴美が身を潜めるダクトから、ほんの少し離れた通路専用のドアが乱暴に押し開けられ、重武装した男たちが警戒しながら踏み込んできた。
手にした銃を構え、がらんとした通路に銃口を向けて警戒する。

「ここも外れか……ったく、ホントに侵入者なんているのかよ?」
「確かにな。これだけの警備網を潜り抜けられるわけがない」
「だが、運転手に倒されていたのは事実だ。棟梁が警戒するのは無理もないと思うが?」
「そうだ。棟梁の戦闘に対するカンはずば抜けたものがある。念のため、熱源センサーを使うぞ」

姿なき侵入者の存在を疑い、半ば欠伸しながら、周囲を見渡す浅黒い肌をした男に、そばにいた背の低い短髪の男が同調するが、残っていた背の高い男が即座に否定する。
少し考え込んでいたリーダー格の男が背の高い男に同意を示すと、外にいる仲間に向かって熱源センサーを用意するように指示を出す。
それを聞き取った琴美は下にいる男たちに気づかれないように、素早く、だが静かにその場から退避した。
何時間でも気配を断ち切り、気づかれない自信はあったが、人体の温度を感知できるほどの高い機能を持つ熱源センサーを持ち出されれば、すぐさま居所が発覚する、
その危険性を判断し、琴美は即座に排気ダクトを通じて、その場から離れた。
人1人がやっと通れるほどの広さしかない排気ダクトだが、ターゲットである棟梁がいるであろう部屋まで通じていることは潜入前に読んだ隠し基地の内部構造に記されていた。
琴美がダクトを進むその下を何人もの男たちが慌ただしく駆けていくのが見え、一旦動きを止め、状況を把握すべく、様子を見守った。

「どうだ?! いたか?」
「いや、まだだ。どこにいるんだよ! その侵入者は」

苛立ちをぶつけるように吐き捨てる警備の男たち。
どうやら未だ琴美が潜入しているのを掴めていないようで、一瞬安堵するが、次の言葉に息を飲み、フルに思考を回転させることになった。

「コントロールルームの熱源探査じゃ、小動物とは思えない物体が移動しているって話だ。侵入者がいるのは間違いない」
「狙いはなんなんだ? 俺たちを壊滅させる目的なら派手に暴れて、人目を引くだろうによぉ」
「それはねーだろ? 侵入者は一人って話だ。熱源に引っかかったのは1つだけって話だし」
「一人だぁ? たった一人で何ができるってんだよ! 組織壊滅なんてぜってー無理だろ」

苛立ちを紛らわせるためか、ゲラゲラと笑いだす男に仲間たちは冷たい視線を送りながら、警戒を緩ませない。
その点はさすが、と感心しつつも、琴美は胸の中で小さく笑みを浮かべながらつぶやいた。

――組織壊滅は一人でもできますわよ? ただし、目的が違うので、それはしませんが。

いつもの組織壊滅の命令だったら、今頃派手に暴れて、構成員たちの警戒心をあおり、攻撃の手を集中させるのだが、今回はそうではない。
別に壊滅させてもよかったのだろうが、犯罪組織などの反政府・反秩序の組織に依頼を受けて、傭兵を派遣するだけの組織なだけに安易な壊滅命令はだせなかったのね、と琴美は思う。
世界を広く見れば、紛争地域に取り残された民間人や民衆を守るため、集落や村、街を守るために大金を払って、傭兵を雇い入れ、守らせるというビジネスが悲しいことに成立している。
この組織の傭兵たちも、ある一面で見れば、ただ金で雇われて働かされているだけの存在ということになるのだ。
それを問答無用に壊滅させてしまうのは、特務機動課でも問題視された。けれど、このまま放置してしまえば、彼らの増長を招く。
議論の末に下された結論は傭兵部隊を率いる指揮官――棟梁の暗殺。
棟梁を排除してしまえば、この組織は瓦解するだけでなく、表である最優良の警備会社だけが残り、世間に与える悪意ある影響は残さないと判断された。

ただ実際に動く琴美から言わせれば、何とも面倒で難儀なことだと思う。
表も裏もなく、世界に対して誤った行動を成したら、それ相応の処罰が下されるべきだと考える。
けれども、世界はそんなに単純なことではないのだ。
小さくため息を零すと、琴美はダクトを移動し、人目がつかないロッカールームに着くと、フェンスを外して、音もなく飛び降りると、素早く腕に嵌めた腕時計型のウェアラブルコンピュータを起動させた。
鈍い機動音の後、時計のディスプレイに現在地と標的である棟梁のいるメインコントロールルームまでのルートが浮かび上がる。
距離にして3ブロック。
外の騒ぎを考えると、のんびりとしている猶予はない。
決断を下した琴美の行動は早かった。


「第48ブロック、異常なし」
「第27ブロック及び29ブロックも異常はありません」

メインコントロールルームを見下ろせる司令室に移り、次々ともたらされる異常なしの報告を棟梁は椅子にもたれて聞き流しながら、ふうっと大きくため息をついた。
眼下で慌てふためき、未だ見つからない侵入者を探そうと躍起になっている部下たちのふがいなさに、だ。
人員と時間、最新鋭のシステムを使いながら、見つけられなかったことに呆れるしかなかった。

「全く……鍛え直しだな。お前さんの爪の垢を煎じて飲ませてやりたいぜ」
「過大評価に感謝いたしますわ。ですが、任務は遂行させていただきますわ」

ぎしりと椅子を鳴らし、手近に置いてあった身の丈ほどの戦斧を取ると、棟梁はいつの間にか背後に立っていた琴美と相対そうとした瞬間、眼前に鋭く研ぎ澄まされたクナイが振りかざされた。
一瞬早く気づいた棟梁はとっさに数歩下がりながら、遠心力を加えて振り回した戦斧で琴美を切りつける。
だが、その動きを冷静に呼んでいた琴美はわざとクナイを戦斧の刃先にぶつけ、その勢いを利用して後ろへ退避した。
瞬きよりも早い、刹那の攻防。
達人を超えた彼女たちだからこその戦いだった。

「さすがですわ。反政府やテロに売り込むには惜しい腕前」

柔らかく微笑しつつも、全てを切り裂かん冷たい瞳に、百戦錬磨の棟梁はたじろいだ。
男の目を惹きつけてやまない見事な身体を強調させる帯をきっちり締めたノースリーブの着物にミニのプリーツスカート。
締め上げられたことで豊満な胸がさらに浮き上がり、ミニスカートから覗くスパッツに包まれた太腿に思わず喉が鳴るのは仕方がない。
さてどう反撃すべきか、考えようとするが、それは棟梁にとって致命的なものだった。
ふっと風が鳴ったと思った瞬間、眼前に迫る琴美の顔。
引きつりそうになるのをこらえて、戦斧を振り落し、それを真っ二つに割ったと思ったが、まるで陽炎のように掻き消える。

「なに!!」
「残像ですわ」

棟梁が驚愕した瞬間、ひどく冷めた琴美の声が耳を打つ。
次の瞬間、背後に回り込んだ琴美の研ぎ澄まされたクナイの刃が弧を描いて、棟梁の首筋に振り落された。
滑らかに、まるで鞘におさまるかのごとく、棟梁の首を貫き、切り裂く。
ガハッと苦しげに息を吐き出し、そのまま全身を震わせて、棟梁はぐらりと床に倒れ伏し、数度大きく身体を震わせた後、完全に動かなくなった。

「任務……完了ですわ」

感情のない声で琴美はつぶやくと、バタバタと大騒ぎしながら、駆けてくる足音に背を向け、ぽっかりと口を開けるダストシューターに滑り込んだ。
それと同時に飛び込んできた部下たちは息絶えた棟梁の姿を見つけ、大混乱に陥り、侵入者にして暗殺者を捕える時間を無為に過ごしたのだった。


「今回はご苦労だったな、水嶋」

いつもの執務室で本件の報告を受けた上官は胸に苦い物を覚えながらも、琴美をねぎらう。
正直なところ、琴美に暗殺などという裏の仕事を命じるのは気が引けた。
特務機動課のトップ、というだけでなく、最高の腕を持つ彼女に裏の仕事は似合わないと思ったからだ。

「潜入していた表の企業も無事円満退社できたそうだな。まぁ、お前なら一般企業も引く手あまたか」
「そうでもありませんわ。書類の作成を間違えて、お叱りを受けましたから。こういった潜入捜査も趣が変わって、意欲を持って取り組めましたわ」
「ならば、今度は普通の潜入を命じたいな」
「ご冗談を」

珍しい軽口を叩くと、琴美はにこやかに敬礼をすると部屋を後にするのだった。