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<東京怪談ノベル(シングル)>


魔女のお仕事
「松本さん、営業成績一位おめでとうございます! 給料日だし、飲みに行きましょうよ、女子会!」
 あれから女性として存在自体が書き換わった太一は、会社でも女性として扱われていた。だからつるむのも当然のように女性。
「あ、松本さん行くなら俺も行きたい! 素敵なレストランがあるんだけど」
 そして男性も太一を見る目が変わった。
「レストランて、何。こんな大勢で行く気?」
「お前、何抜け駆けしてるんだよ、松本さんは俺と行くの。ね?」
 見つめてくる同僚の視線に少しドキッとするも、
「ありがとう。でもごめんなさい、今日はちょっと用事があるんです」
 太一は断った。今日は用事があるのだ。
 給料日で浮き立つ同僚達を尻目に、太一はそそくさと会社を辞去する。
 太一はもう一つ仕事を持っていた。魔女のそれである。
「いらっしゃいませ、松本様」
 会員制のバーに入ると、マスターが出迎えた。魔女に依頼を斡旋する彼女もまた魔女。
「見せてください」
「どうぞ、どれにいたします?」
 どっさりと羊皮紙の本を渡される。魔法の文字でさまざまな依頼が書いてある。難易度順・報酬順などにソートすることも可能だ。
「松本様ならランクSまで、つまりすべての依頼を受けることが可能ですよ」
 そう、魔女になってさまざまな依頼をこなしていると、気がついた。だいたいの依頼は太一には簡単すぎる。それをマスターは、素質があったからだと言う。
「でも、松本様充てに来ている依頼もありまして」
「なら、そちらを受けます」
 名指しで来る依頼も増えた。

「松本様、この子をお願いしますわ」
 依頼人の魔女が示したのは、高校生くらいの少女。亜麻色の長い髪を綺麗に切りそろえている。
「よろしくお願いします」
 少女はぺこりとお辞儀をする。彼女は天涯孤独で、雪の降る公園で眠りながら命の灯火を燃やし尽くそうとしている時に、この魔女に助けられた。
 それ以来、この魔女に心酔しているらしい。魔女の役に立つ、魔女の世界の住人になりたいと言う彼女に使い魔の契約の儀式が行われたのが先日。
 今日は力を与える日だ。
「少し怖いかもしれないけど、大丈夫ですから、おとなしくしていてくださいね」
 太一は少女を安心させようと、にっこり笑った。彼女の存在情報情報を書き換える魔法を使うのだが、ターゲットを彼女にしているとはいえ、あまり動かれると細かいミスが発生する可能性がある。
「は、はい!」
 少女ははりきった返事を返したが、緊張しているようだった。
「それでは、あなたの存在情報を書き換えます」
 言葉にしなくても魔法は可能だが、言葉には力がある。相手がいるものだからより強力に、明確に、魔法をかける。
 太一が手を伸ばすと、手のひらから魔法文字がたくさんの帯のようにあふれ出て、彼女の手、足、胴体、頭に巻きついていく。
「あ……!」
 魔法の帯に巻かれビクッとする少女。帯が彼女の表面に完全に巻きつき、包帯を巻いたミイラのようになる。光が彼女をつつみこみ、一度まばゆく発光する。
「あれ……?」
 光が収まると、少女が自分の手を見て不思議そうに言う。
 一見人間のままだからだろう。
「今ので存在情報は書き換えて……、あなたは魔獣になりました」
 すると彼女の靴が弾け飛ぶ。メキメキと右足の筋肉が盛り上がる。
「や、きゃあああああ!!」
 バランスを崩して少女は思い切り転倒する。その間にも隆起し、誇大化する筋肉。五本の指のうち誇大化する三本に引っ張られて二本が千切れる。
「体と心も書き換わった存在情報に追いつこうとしてきますから……」
 片足だけ巨大化して、支える体がつらそうだ。
 転倒して思い切り打った彼女の頭が割れて変形していく。
「ああ!」
 頭痛のときそうするように頭を抱える少女。
 頭の割れ目からどんどん裂けて、裂け目から肉がもりもりとあふれ出て、大きくなっていく。
「グ、グ……」
 目や口まで裂傷が達すると声も獣のようだ。巨大化と同時に表面も鱗に覆われ硬くなる。鋭い牙が伸び、瞳は金色に瞳孔が縦長になっていく。瞳孔まで伸ばされて彼女の瞳から涙がこぼれる。
「グゲゴ……」
 いつものように話せないようだ。無理もない。
 竜のようになった頭の重さに耐えられず、首がガクンと反対側へ折れる。頭側からの変化と同時に折れて突き出た骨もバキバキと太くなっていく。
 合わせて首から体へと変化が広がる。盛り上がる骨と筋肉に制服がはちきれる。まだ人間の心が残っているのか、手が自分の体を抱くように動く。
「ガアア!!」
 耐えられないとでも言うように首を振る物体。
 その首の変化の波が大きくなると、今度は抵抗するようにのた打ち回る。
「いけません……変化にあらがっては。受け入れていけばすぐに終わりますから」
 首に連結する体も内臓から大きく伸ばされる。伸ばされて裂ければ肉が無尽蔵に湧き出て誇大化する。その繰り返し。
 かつて毛穴があった場所から、何もなかった場所から、毛が生えていく。無数の毛穴を内側から作られ、くすぐったいのだろう、竜の口を開けて、長い舌をバタバタと動かしている。
「クゲックゲッ」
 体は毛並みが立派なライオンのような胴体に成長する。
 足はからは爪が引き抜かれるように思い切り伸びて、三本の太くて長い爪に変形していく。獣は足をばたつかせている。
 体の変化についていけず、死んだようにぶらんとしていた左足も、折り目からパキっと音がすると先ほどの早回しのように変化していく。
 白いやわらかそうな肌を、隆起した筋肉がやぶる。やぶけた肌は再びつながろうと、細く糸のように新しい皮膚を発生させ対岸へ伸ばす。
「グルルルルルルゥ……」
 獣が足の激しい変化に耐えるように呻る。前足で地面を引っかき無意識にうつぶせになる。腹を見せたままでは居心地が悪いのだろう。
「そう……、いい子です」
 両足が立派な鱗に覆われたものになるころ、四つ足でうつぶせになっていた獣から尾てい骨が突き出してニュルニュルと伸びる。それ自体が意識を持つように伸びていく自分自身を嫌がるように暴れる尻尾。
 尻尾はぬるりとした蛇の表皮を持ち、先から裂けていくと目鼻口が出来、細長い舌をシュルリと伸ばした。
 獣は鷹揚に尻尾を一度見た。
 竜の頭とライオンの胴体に、蛇の尻尾、足はライオンの足の形の上から鱗でコーティングされた獣が完成しようとしていた。
「グッ……!」
 獣が不意を突かれたように喉を鳴らす。背中から骨が肉を突き破ろうとしているのが、外からも見て取れる。
 盛り上がる背中の二つの山を、鋭い骨が突き破って出てくる。伸びた骨は途中途中バキバキと折れていき節を作る。節からまた新しい骨が生まれ、骨組みは胴体の肉と毛をもっていく。
「ハッハッ……」
 獣は犬のように浅い呼吸をして耐えている。鼻が濡れて光る。
 肉と毛は立派な羽毛を形成し、二つの鳥の羽が生えた。
 体の変化は痙攣とともに徐々におさまっていく。
 ぐったりとした獣も、四本足で立ち上がり、羽根を羽ばたかせて見せた。
「お疲れ様でした」
 太一がスーパーで買ってきた生肉を獣の口元にやると、獣は躊躇せず美味しそうに食べた。
「成功いたしましたよ」
「ありがとうございます、新しく名前をつけて可愛がりますわ」
 身も心も獣に変化した少女と、魔女は去っていった。
 依頼の報酬である、魔女の界隈に流通している金貨が入った皮袋を持って、太一は今日の夕飯を考えていた。
「今日は……焼き鳥にしましょう」
 足取りも軽く太一は家路を急いだ。