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<東京怪談ノベル(シングル)>


破壊には安らぎを、武装には花を(4)
 数刻前。慣れ親しんだ戦闘服に身を包んだ琴美は、そっと自分の手元を見下ろしていた。
 彼女の手の中にあるのは磨き上げられたクナイ。それは特別な力を有しているわけではないけれども、彼女の激しい動きにも耐えられる程には屈強な作りになっている。他の武装もある程度使いこなせるが、やはり一番手になじむのは幼い頃から使い込んできているこのクナイだった。
(どの武器を使うかも大事ですけれど、どう使うかも大事ですわ)
 たとえ特別でない武装であろうとも、最大限の……否、使い方を工夫する事で本来のもの以上の力を引き出す事が出来る。
 水嶋・琴美には、それだけの力があった。

 ◆

「お待ちしておりましたわ。あなた様が……もう一人の黒幕ですわね」
 落雷と共に、姿を表したもう一人……否、もう一体の黒幕。
 相手の姿は、見るからに異形であった。ゆうに二メートルは超えているであろう巨体が、影のように黒い体をゆらめかせている。黄金色の瞳だけが、闇夜の中爛々と不気味に光っていた。
「やはり、そうでしたか……」
 琴美は、手下達を率いていた男のほうへと向き直ると、悲痛げな面持ちで吐き捨てる。
「貴方様は、あやかしに魂を売ったのですわね」
 付喪神、という言葉がある。古い物には、魂が宿るという。
 この異形の性質はそれに近く、それでいてそれらよりも厄介だ。何かにとり憑かねば生きれぬ異形は、日々自らの拠り所を探している。
 そんな彼らに、この男は自らの開発した武装を差し出したのだ。
 男の組織の者達が使っていたのは、高度な武装ではなかった。異形にとり憑かれ、無理矢理力を引き出されてるようなものだったのだ。
 琴美が調べた時に武具に何の異常も見られなかったはずである。その時はすでに、とり憑いていた異形は武装から離れてしまっていたのだろう。
 琴美に敗北し、消えていった遺体。彼らは消えたのではない。
 ――食われたのだ。己が所持していた、武器に。それにとり憑いていた怪物に。
 恐らく、そういう契約がなされていたのだろう。武装の力を引き出す代わりに、武器を使いこなせずに用済みとなった弱者の命を生贄に捧げるという。
(人が物を使うのか。物が人を使うのか……。もはや、どっちなのだか分かりませんわね)
 人を人とは思わぬ、狂った契約に琴美は眉を潜める。そうまでして、高度な武具を有する事にいったい何の意味があるというのか。

 男は依然として楽しげに、微笑んでいる。その瞳に光はなく、彼が正気ではない事を語っていた。すでに彼の魂は、あやかしに囚われている。
 男も、昔はこうではなかったのだ。彼は以前は、普通の武器の開発研究をしていた研究者だった。以前、琴美達もこの男の務めていた会社と取引をした事がある。まだ駆け出しの研究者であったが、彼の仕事は実に丁寧で良い武器を作ると琴美達の間での評判は上々であった。
 しかし、評価された事が彼にとっては結果として悪い薬になってしまったようだ。彼は更に上を上を目指し始め、もはやなりふり構わずによりよい武器の開発に身を投じるようになってしまった。
 絶対的な力を。全てを打ち壊す武力を。破壊だけを目的とした、武装を。
 そんな折に彼はあやかしに出会い、相手に魂を売ったのだろう。自らの作る武器の力を高めるという取引の代償に。
 執着したがゆえにあやかしに囚われたのか、あやかしに囚われていたからこそ執着したのか。或いは、利害の合う同士自然と互いに惹かれ合ったのか。
 真実は分からない。ただ一つ分かる事は、もはやこの男には救いの道はないという事だ。一度売った魂を戻す術はないのだから。
(悲しいけれど、仕方ありませんわ)
 ならば、少しでも早く楽に。人としての理性を失った相手に、せめてもの安らぎを。

 琴美は愛用のクナイを構え、力を欲し手に入れ非合法の組織を作り破壊活動を繰り広げた男を、そしてその傍らに佇むあやかしを睨み据える。女の黒く美しい瞳に射抜かれ、男は笑みを深めると自らも武器を構えた。あやかしの力により尋常ではない力を手に入れた、破壊のためだけの武器を。