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外道忍群(6)
この発電所を破壊する、となれば、またしても町の人々を困窮へと追いやってしまう事になりかねない。
かつては危険な原子力発電所。今は、それよりは恐らく安全であろう地熱発電所。
この中で、何かが行われようとしている。
その何かの実行者を排除するだけで済むのか、やはり発電所そのものを破壊する事になってしまうのかは、まだわからない。
ここで何が行われようとしているのか、それ次第だ。
(訊けば……教えてくださるのかしら?)
この場にいない相手に問いかけながら、水嶋琴美は、発電所内の通路を駆けた。
能面を被った、人形のような細身の人影。
彼もしくは彼女は、琴美に何か訊く暇も与えてくれずに跳躍し、この発電所内のどこかへ消えた。
敵ならば、いずれ出会うだろう。
出会った時、のんびり問いかけなど出来る状況であるかどうかは、わからないが。
そんな事を思いながら、琴美は身を翻した。
凹凸のくっきりとした細身が、短めの着物をはためかせて竜巻状に捻れ、躍動する。
プリーツスカートが軽やかに舞い、むっちりと活力の詰まった太股が猛々しく跳ね上がった。
猛々しく鋭利な美脚が、左右立て続けに弧を描く。
襲いかかって来た下忍たちが、その弧に薙ぎ払われて吹っ飛び、壁に激突し、ずり落ちる。
全員、頭部がおかしな方向に垂れ下がっていた。
頸椎を蹴り砕かれた屍を、踏み越え、飛び越えて、下忍の群れはなおも琴美を襲う。
クナイ、小太刀、銃剣にナイフ。様々な刃の閃きが、琴美1人に集中する。
蹴りの躍動を終えた左右の太股から、琴美は光を引き抜いて投擲した。
レッグベルトに収納されていた、小型のクナイ。
何本ものそれらが、小さな流星雨と化し、下忍たちに降り注ぐ。彼らの首筋、眉間、心臓に突き刺さってゆく。
身体機械化を施された者もいるようだが、生体部分の急所を穿たれてしまえば、ひとたまりもない。
下忍たちは片っ端から倒れ、痙攣し、動きを止めていった。
動きを止めていない者もいた。
死の流星雨を、恐らく仲間を盾にする形でやり過ごした下忍が2名。琴美に向かって、1人は抜き身の日本刀を突き込んで来る。1人は、巨大なグルカ・ナイフを叩きつけてくる。
猛然と襲い来る2つの刃を、まるで通行人でも避けるように琴美はかわした。
豊かな黒髪が、ふんわりと柔らかく弧を描き、下忍2人に目くらましを仕掛ける。
直後、閃光が走った。
琴美の両手には、大型の白兵戦用クナイが左右一振りずつ、いつの間にか握られている。
グローブから美しく露出した細い五指が、切断の手応えをしっかりと握りしめる。
2人の下忍は、琴美とすれ違うように倒れていった。倒れた屍から、ころりと頭部が分離する。
「さすが……としか言いようがないね。なるほど、それが昔ながらの忍びの誇り、というわけか」
声がした。不気味なほど流暢な、人工音声。
白衣を着た男が、そこに立っていた。
恐らくは、男であろう。だが人間ではない。白衣の下の身体は、見たところ少なくとも6割以上は機械化されている。
金属製の顔面には何本もの溝が走り、その中をカメラ状の義眼が忙しなく往復し続ける。
琴美は、まずは会話をした。
「忍びの、誇り……同じ事をおっしゃる方と私、あの洞窟で戦って参りましたわ」
「君がここにいる、という事はつまり彼は死んだんだね」
白衣の機械人間は、笑ったようだ。嘲笑、であろうか。
「彼の言う『忍びの誇り』は、いささか範囲が狭過ぎるんだよ。身体を鍛えて戦い、殺す……それだけが忍びの道ではないという事に、最後まで気付いてくれなかった」
「それは初耳ですわね。戦闘と殺戮……忍びの道に、それ以外の何があるとおっしゃるの?」
「権力と結びついている君が、そんな事を言うのか」
はっきりと、白衣の機械人は嘲笑った。
「確かに僕たちは、地球内部の高圧力から直接エネルギーを得る技術を、日本政府に売った。そして様々な利権を得た。それが彼は結局、最後まで気に入らなかったようだけどね……利用出来るものは利用する、特に政治権力は最大限に利用する。それこそが忍びの誇りだという事に、気付いてくれれば良かったんだけど」
「利用しているつもりが実はされていて、最後には切り捨てられる。よくあるお話ですわよ」
「君は僕たちの本当の力を知らない。だから、そんな事を言う」
人工音声が、不気味な熱っぽさを帯びた。
「繰り返しになるけれど、僕たちの地熱発電技術は、地球の内部から直接エネルギーを取り出すものだ。つまり地球の内部に干渉し、地殻を変動させる事も出来る。火山と地震だらけのこの国で、それを実行したら……どうなると思う?」
「日本列島がバラバラになる、くらいの事は起こるかも知れませんわね」
琴美は答え、そして訊いた。
「そんな事をなさって、貴方がたは一体どのような利益を?」
「利益を得るために、日本政府を脅すのさ。列島をバラバラに出来るなどと、もちろん言葉の脅しだけで信じたりはしないだろう。だから、いくつかの県を地の底に沈めるくらいの事は必要になるだろうね。鳥取県とか岡山県とか、特に要らないだろう? まあ東京23区をまとめて粉砕してやってもいいけれど。おっと、下手な事はしないように」
踏み込もうとする琴美に、カメラ状の人工眼球がギラリと向けられる。
「僕の身体は、この発電所のメインシステムと直結している。僕が死ねば、システムは自動的に暴走する。地中から際限なく熱エネルギーが吸い上げられ、マグマのように噴出する。まずは、この町が吹っ飛んで地図から消える。続いて、僕が今言ったような事が実際に起こる。どの県が地の底に沈むのかは、わからないよ? 地図から消えて無くなる場所を自在に選定出来るのは、僕だけだからね」
「貴方を、殺す事が出来ない……となれば。死ぬよりも痛い目に遭わせて、お馬鹿な行いをやめさせる。それだけですわ」
「そういう事をさせないために、彼女がいる」
琴美はとっさに、後方へと跳んだ。
とてつもなく冷たい風が、眼前を通過する。
琴美が手にしているものと同じ、斬撃用のクナイだった。
天井から降って来た人影が、着地しつつ左右2本のクナイを構え、琴美と対峙する。
人形の如く気配に乏しい細身を、黒の忍び装束に包んだ人物。
幽鬼を思わせる若女の能面の下では、眼光が鋭く冷たく輝いている。
白衣の機械人は「彼女」と呼んでいた。つまり、女性なのだろう。
「僕のこの身体は、地熱発電システムを掌握・制御するためにのみ機械化した。戦闘能力は、無いに等しい……それを補ってくれるのが、彼女さ」
忍び装束をまとう若女は、何も言わない。喋っているのは、白衣の機械人だ。
「水嶋琴美、君のこれまでの戦闘データを基に僕が造り上げた……僕の、娘だ。僕の、最高傑作だよ」
足音もなく、気配もなく、若女が踏み込んで来る。
クナイが、一閃した。
琴美と若女、双方が手にした計4本のクナイが、疾風の速度で閃いていた。
火花が散った。黒い忍び装束が裂け、細かな布片が舞う。
琴美と若女は、擦れ違っていた。
擦れ違う一瞬の間に、4本のクナイが幾度も閃き、ぶつかり合い。相手の身体をかすめて走る。
琴美の斬撃は、全て紙一重で回避された。相手の肉体ではなく、忍び装束を切り刻んだだけだ。
ズタズタの黒衣をまとわりつかせたまま、若女が振り向いて来る。クナイによる横薙ぎの一撃と共にだ。
それを琴美は、左のクナイで受け流した。火花が散り、金属的な焦げ臭さが強烈に漂う。
痺れるような手応えを左手に握り締めながら、琴美は右のクナイを一閃させた。
かわされた。斬撃の閃光が、激しく空を切る。
若女の能面が、斜め真っ二つに割れた。
切り刻まれた忍び装束が、はらはらと舞い散ってゆく。
それと共に、艶やかな黒髪が溢れ出してフワリと躍った。
軽やかな回避運動を披露した左右の美脚が、ロングブーツで通路を踏みしめる。短めのプリーツスカートが、微かに揺れる。
今まで能面によって隠されていた美貌が、じっと琴美を見据えている。
「水嶋……琴美……」
可憐な唇が、言葉を紡いだ。
「お前を……消す……そして私が、お前になる……」
もう1人の水嶋琴美が、そこにいた。
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