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<東京怪談ノベル(シングル)>


KILL THE JUNKIES 1

 東京。

 燦燦とした太陽が照らすのは聳え立つビルの群れ、そんな青灰色に塗り潰された最中では『しがないビル』など紛れ込んで消えてしまう。
 そんな、何処にでもあるビルの一つ。しがない商社の中の一つ。
 エレベーターの数字が増えて、止まって、古びたベルの音と共にドアが開く。
 廊下へ滑らかに踏み出したのは、ストッキングに包まれたしなやかな長い脚。細い、けれど決して華奢ではない、例えるならば豹の様に引き締まった美しい脚だ。

 黒いパンプスのヒールを鳴らし、軽快に廊下を行く足音。
 一つに纏めた長い黒髪が歩調に合わせて揺らめいた。
 凛とした横顔は、ビジネス用の薄化粧でいながら女優のように整っている。
 着込んだビジネススーツの清楚さとは対照的に、豊かな肢体ははち切れんばかり。

 そんなキャリアウーマンの名は、水嶋・琴美(8036)。
 琴美が向かった先は廊下の突き当たり、社長室。
 軽いノック音。「どうぞ」という声が社長室から聞こえれば、「失礼します」と入室した。
 ドアを閉めながら――琴美はさっと室内を確認する。ブラインドが閉められた室内。社長室に居るのは、社長一人だけだ。
 そしてこのドアも壁も全て防音。ドアは閉まれば自動的にロックされ、この部屋は完全に外界とは隔絶される。
 さて――一息を吐いた琴美は、座した社長の前で踵を揃えて気を付けの姿勢となった。キャリアウーマンの姿勢と言うよりは、軍人のそれである。

「自衛隊特務統合機動課隊員水嶋・琴美、只今参上致しました」

 鋭い敬礼に、社長――否、自衛隊特務統合機動課の総司令官も「うむ」と敬礼を返した。
 この『しがない商社ビル』も、『キャリアウーマン』や『社長』といった立場も、全ては世の目を欺く隠れ蓑。その真の姿は自衛隊の非公式特殊部隊、特務統合機動課の根城であり、琴美はその隊員、社長はその総司令官なのである。
「早速だが、水嶋君。任務だ。そこの資料を読みたまえ」
 社長が指した先、卓上の封筒。
「拝見します」と琴美はそれを手に取ると、中身の資料を取り出した。

 そこに記されていたのは、情報部が秘密裏に収集した内容――
 東京に本社を構える、とある製薬会社。そこは優良な会社で企業の規模も大きい、が……それは『表向き』の話。
 その恐るべき裏の顔とは、非合法兵士用の『戦闘能力倍加薬』という違法な薬品の製造し、薬品開発の為に非道な人体実験を繰り返している事実。
 人体実験に使用される『モルモット』は、借金の果てに売り捌かれた者、人攫いに誘拐された者、違法な奴隷市場から買い上げた者、果てにはこの会社の闇を暴こうとした者まで様々だ。
 少年兵用と言う名目の下、幼い子供まで犠牲になっているという事実が実に痛ましい。
 そして出来上がった禁断の薬はというと、製薬会社と裏で提携しているテロ組織に渡り、世界各地で新たな戦いの火種になっているという。

 琴美の任務は、件の会社のCEOと主任研究員を暗殺すること。
 そして、もう二度と禁断の薬品が作られぬよう研究施設を破壊すること。
 サブミッションは、可能ならば人体実験に使用される人々を救出すること。

「――成程、承知致しました」
「今回の任務は君一人に任せることとなる。存分に腕を揮いたまえ」
「はッ!」







 太陽が赤く沈み、東京に夜がやって来た。
 暗い夜に踊るネオン。繁華街の喧騒が遠く聞こえてくる区画。
 一等地に聳え立つのは高級マンションだった。
 そこに、一人の男が帰宅する。
 くたびれたスーツに暗い顔。
 彼はせかせかとした足取りでエレベーターを使って上階へ、そして自分の部屋へと帰還する。
 ただいまの声はない。男は一人暮らしだ。代わりに一段落の溜息。靴を脱いで手探りで電気を点ければ、暗かった部屋が一斉に明るくなる。

「おかえりなさいませ」

 そんな部屋の真ん中に、立っていた美女が一人。
 黒い髪、黒いラバースーツ、黒いプリーツミニスカート、黒い膝丈編み上げブーツ。
 ボディラインを引き立たせる黒が、彼女の背後の窓に映るネオンを浴びて何処までも官能的だった。

「なっ、んだお前は――」
 闇から光へ、眩んだ視界の中で男は目を見開いた。
「外道に名乗る名前など持ち合わせておりませんことよ」
 静かな微笑み。美しくも、ぞっと本能を揺さぶる冷たい笑み。
 男は喉がヒュッと絞まるような恐怖感を覚えた。震えるように後ずさりつつ、美女に問いかける。
「どうやってここへ、セキュリティは」
「さぁ? ご自分で考えなさいな。貴方――某薬品会社で主任研究員を務めるほど、頭の良い御方なんでしょう?」
 と、琴美は主任研究員<ターゲット>へ皮肉交じりにそう答えた。
 主任研究員が歯噛みする。そのまま逃走しようと、出口の方へ視線を向けて――

「逃がしませんわ」

 刹那の出来事。
 一瞬で間合いを詰めた琴美の手にはナイフが逆手に握られていた。
 羽根のように軽く薄い刃を、主任研究員の喉笛に一閃。
 主任研究員には何が起こったか理解できないだろう。その時にはもう、琴美はパッと間合いを取っていたから。
「……っ!」
 鮮血が迸るのは直後。
 主任研究員が緩やかに頽れる。
(先ずは一つめ――)
 琴美は踵を返した。
 その場から立ち去ろうとして数歩――彼女の背後、倒れた主任研究員の指先がピクリと動く。

「――!!」

 電光石火の瞬間。
 振り返ると共に琴美がナイフで受け止めたのは、異形めいた不気味な爪。
「……まさか」
 眉根を寄せた琴美の瞳に映るのは、異形の姿へと変貌した主任研究員の姿だった。
「小娘がァアアッ!!」
 ケダモノのような咆哮。腕を振り上げた主任研究員が再度禍々しい爪を振るった。
 琴美はそれを軽やかなバックステップで回避し、間合いを取る。
「例の薬を使われたのですね」
 油断なく身構えながら琴美は目を細めた。切り裂いた筈の首の傷は接着している。情報にあった通り、彼の外殻は鎧のように硬化し盛り上がっていた。

 既に薬品使用後の人間がどうなるか、どれほどの戦闘力なのか、琴美は知っている。
 生半可な銃器の弾丸すら通さぬ外殻、人間の領域を超えたスピード、パワー、神経速度、生命力。更に自然再生力も凄まじく、致命傷でなければたちまち回復してしまう。
 およそ並大抵の装備の人間ならば歯が立たない。
 まさに生物兵器。

 だからこそ、琴美が派遣されたのだ。

「目には目を、歯には歯を、超常には超常を――」

 風の無い室内だというのに、琴美の髪がふわりと舞い上がった。
 いいや、風ならある。
 琴美を中心に渦巻く風が。
「なっ……!?」
 およそ信じられぬ光景に主任研究員が目を見開いた。

 それは特務統合機動課の最高機密。
 水嶋・琴美は超常能力使い、即ち『風使い』であること。

「これをご覧になったからには、生かして帰すことは出来ませんわ」

 さようなら。吹き荒れる風の中、長い黒髪を揺蕩わせた琴美が妖艶に微笑んだ。
 瞬間に主任研究員を通り抜けた風の刃が、彼の体を粉微塵に切り刻んだ。
 今度こそ、主任研究員は血沼の中で絶命する。
 風の障壁で琴美には返り血一つ付いていない。
(さて……)
 琴美はすぐさま踵を返した。

 まだまだ夜は長い。



『続く』



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水嶋・琴美(8036)