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<東京怪談ノベル(シングル)>


KILL THE JUNKIES 2

 真っ暗闇。夜より深い、黒い闇。
 何も見えない。けれど確かに、生きている者の気配がする。
 闇の中、所狭しと並んでいたのは――堅牢な檻だ。そしてその中には鎖で繋がれた人間達が老若男女、蹲って息を殺している。
 夥しいほどの人が居るのに、そこは墓場のように静かだった。
 否、そこはもう、墓場なのだ……。生きて帰れる者など、いない。
 それを『囚人達』は理解していた。抗う気すらも起きぬ絶望、連れて行かれた人間は誰一人帰って来ない。明日連れて行かれるのは自分かもしれない。押し潰されそうな不安と恐怖。眠ることすらままならず。

 そこは某製薬会社の秘密エリア。人体実験用の『モルモット』を収容する非道なる監獄である。

 と、そこに降り立つ黒い影があった。
 闇に慣れた目を人々が向ける――そこに立っていたのは体のラインを美しく際立たせるラバースーツを身に纏った、黒い美女。水嶋・琴美(8036)だ。
 彼女は驚きに目を丸くした人々に、人差し指を唇に添えると「しー」と微笑んだ。
「皆様を助けに来ました。どうかお静かに、危険ですので私が『OK』と言うまでその場から動かないで下さいね」
 言うなり、ふわりと巻き起こる風。それは部屋中に吹き渡り――囚人達の鎖を、枷を、彼らを閉じ込める鉄格子を、いとも容易く切断した。
 カシャン、カタン。鉄が地面に落ちる固い音。驚きどよめく人々。
「お静かに、見付かってしまっては元の子もございませんわ」
 琴美は今一度彼らにそう促すと、落ち着いた声音で手短に語った。
「今から皆様を救出する為に少しこの場を離れます。必ず戻りますので、それまでここで静かにお待ち下さい。必ず戻ります。どうか私を信じて」
 では、と琴美は闇に消えようとした。
 直前に小さな少女が彼女に問いかける。
「おねえさんは、だぁれ……?」
 振り返った琴美は柔らかく微笑み、少女の頭をそっと撫でた。

「お姉さんは――『自衛官<正義の味方>』ですよ」







 暗い部屋。
 けれど、朧なライトで薄暗く照らされた部屋。
 部屋の真ん中には上質なスーツを着込んだ初老の男が一人。
 彼は静かな、けれど不気味な笑みを、終始じっと浮かべていた――その眼鏡に映るのは、人体実験の『成果サンプル』が収められた円柱状のカプセル。ズラリと、それは部屋一面を飾っていた。

「誰か、そこにいるのかね?」

 最中に男が放ったのは、そんな言葉。
「お気付きでしたか……流石はCEO殿」
 くすくす。婀娜な含み笑いを浮かべた琴美が、暗闇の中から現れる。
 その黒い瞳が油断なく映しているのは、初老の男――この製薬会社のCEOだ。
 二者の間の距離は広い。琴美もCEOもその場を動かぬまま、表情にはゆったりとした笑みがあるが、その笑顔の裏側には研ぎすぎた刃のような殺気、敵意。互いの様子を一挙一動窺っている。
 最中に琴美は周囲の様子も目線だけで確認した――黄色を帯びた液体の中に、まるで胎児のように浮かんでいるのは……主任研究員と似たような姿の異形たち。それも様々なタイプが収められていた。『成果』の経歴とでも呼ぶべきなのだろうか。
 サイズもまちまちで、大きなサイズ、小さなサイズ……琴美は先程の少女を思い出しては、僅かに柳眉を顰める。
「なんとまぁ、『素敵なご趣味』でございますわね」
 勿論皮肉だ。CEOがくつくつと肩を揺らした。
「良く出来た作品を眺めていたくなる画家と似たようなものだよ」
「……一体何人、犠牲になさったので?」
「教えようか? 一人ひとり丁寧に……名前も生年月日も血液型も家族構成も」
「お年の割には記憶力がしっかりなさっておられるようで」
「我が社のサプリメントのお陰かな。君もどうかね、アンチエイジングは若い頃からこそ大事だぞ、正体不明のお嬢さん?」
「お気遣いどうも、けれど結構ですわ。薬で無理矢理老いを食い止めるぐらいならば、私は老いを受け入れ人間らしく美しく生きて、そして運命に従って死にたいものですわ」
「それは残念だ」
 琴美の答えにCEOは苦笑しながら肩を竦めた。
「さて、何処の誰かは知らないが……ここに無断で入って来たということは、『敵』と見なしてよろしいかな?」
「あら。何処かの主任研究員のように『どこからきた?』『何者だ?』なんてお尋ねにならないのですね」
「うちは製薬会社だ、自白剤なんて腐るほどあるのでね……半殺しにして捕獲すればそれで済む」
「成程。お薬って便利ですわね」
「そうさ。一度始めれば……ヤミツキになる」
 不気味に笑んだCEOが指を鳴らした。

 すると――並んでいたカプセル全てヒビが入り、一斉にそれを突き破って生物兵器達が現れた!

 形容し難い唸り声を上げるそれらは最早ケダモノであり、人間だった頃の面影はない。そしておそらく……人間だった頃の記憶もまた、壊れてしまっているのだろう。
「最強の兵団だと思わんかね? 弱肉強食という法則を実によく体現している」
 薄笑うCEOの姿もまた異形のそれへと変じていた。

 四方八方、生物兵器の兵団が琴美一人をを取り囲む。

 けれど琴美の目には恐れや絶望など欠片もない。
 寧ろその目は――憐憫。
(……ごめんなさいね)
 そっと、心の中で謝った。
(貴方達を人間に戻す手段は……無い)
 彼らは細胞レベル、遺伝子レベルで変異している。もう、どうやっても、元には戻せないだろう。
 ならば、人間としての尊厳を踏み躙られ生きたまま地獄を味わわせられている彼等を救う方法は、ただ一つ……たった一つ。

 もう、眠らせてやること。


「恨みはあの世で聴きましょう。――その悪夢、私が必ず終わらせます」


 両手に構えるナイフ。
 襲い来る異形の群れに、琴美は真っ向から吶喊をしかけた。
 雪崩れのような攻撃を、まるで胡蝶のような軽やかさで回避しながら。琴美の刃は鋭い風を纏っており、異形の外殻をバターのように切り裂き貫く。

 その姿は止まることなき烈風。

 次々と異形を撃破しながら、琴美は真っ直ぐ真っ直ぐ――狙いをCEOに定めていた。
 そして距離は零。
 CEOの心臓めがけて突き出されたナイフは、しかしかわされ、代わりに彼の左腕を刎ねる。
「ぐっ……馬鹿な、強化外殻を!? 貴様は一体……」
「弱肉強食と仰っておられましたね。私はただ、貴方より『上』だった……それだけです」
 静かな声だった。

「――地獄に堕ちなさい、下郎」

 一閃。







 捕らえられていた人々と共に製薬会社を脱出した琴美は、片手で通信機を取り出した。もう片方の手にはスイッチがある。
 通信機のスイッチと謎のスイッチを押したのは同時。
 かちり――スイッチが押された直後に聞こえたのは爆発音。
 それは、研究施設に仕掛けた爆弾を起爆させた証拠である。

「――こちら水嶋。任務完了致しました。被害者を救出致しましたので、車両を要請致しますわ」

 琴美は微笑みと共に司令官へそう伝えた。

 根は潰した。だが実や種がまだ残っている。世界各国に散らばった可能性のある薬品の回収や違法取引をした組織の摘発と、やるべきことは盛りだくさんだ。
 まだまだ『夜は長そう』であるが――一先ずは、少しだけは、世界は平和になったに違いない。

 朝を迎えんとしている東京の風が、優しく琴美の頬を撫でた。



『了』



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水嶋・琴美(8036)