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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


姉と妹の特殊で特別な関係



「ああ……このすらりとしたラインのなんて美しいこと」
 長く流れる髪が震えるほど、シリューナは感動に胸を打たれていた。彼女の眼差しの先には名工の手による女神像が立っている。豊満な胸元、たっぷりとした腰つき、瞳こそ入っていないがまるで今そこに生きているかのようなみずみずしさを感じさせる。
 ――シリューナが熱に浮かされたように語っても、ティレイラにとっては理解の及ばない領域だった。姉と慕うシリューナから魔法やそれに関する知識を教えてもらう時は、なるほどと手を打つこともある。だが、こと造形美については、胸の内で小首を傾げるばかりだ。
(綺麗だとは思うけどね)
 好みの問題もあるのかもしれない。そう結論づけたところで、ティレイラはシリューナの前にカップを乗せたトレイを差し出した。
「どうぞ、お姉さま。ハーブティーです。淹れたてですからお気をつけて」
「ありがとう、ティレ」
 姉の熱はひと段落したらしい。優美な動きでカップを自らの口元に運ぶ。香りを味わってから、一口飲んだ。
「資料整理は終わったの?」
「地域ごとに年代順で、ですよね。文字の判読が難しいものもありましたけど、なんとか終わりました」
「あそこには保存状態の悪い資料は置いていないはずだけれど……読めなかった、ということかしら。希少言語の習得はまだまだのようね」
 基本的には穏やかなはずのシリューナ、その瞳が鋭さを帯びる。ティレイラに緊張が走り、背筋が勝手にピンと伸びた。
「つっ……次は頑張ります……」
「そう、まだ頑張ってくれるのね」
「え?」
「地下の倉庫――魔法の宝飾品類を置いてある方ね。あそこを整理してほしいの」
 妹分にさらりと次の作業を押し付けて、シリューナは女神像の鑑賞に戻る。師匠に対して反論するなど許されない。これも修行の一環だと、ティレイラは肩を落として倉庫に向かった。



 どこかで鴉が鳴いた気がした。窓から差し込む西陽を受けて、シリューナの瞳がようやく女神像から離れる。すっかり忘れていたティレイラのことを思い出し、ついでに倉庫の整理を頼んだことも思い出したので、様子を見に行くことにした。
 それなりに大変なことを頼んだという自覚はあるが、だいぶ時間も経っているし、終わっただろうか。終わっていたら褒めてあげてもいい。そんな風に考えながら倉庫の入り口たる扉を開ける。
 陽光の届かない倉庫は暗く、ランプに火を灯して進む。中に入って数歩の間は、どのように褒めてあげようかと考えてみていた。だがそこまでだった。
 古びた本を手に床を這いつくばるティレイラを見つけてしまった。
「ティレ、何をしているの?」
「お姉さま!?」
 声をかけられたティレイラは慌てて振り返ったが、その両手は背後の何かを隠すように大きく広げられた。
 床には特殊なインクで円が描かれている。幾重もの幾何学模様と特殊な紋が連なることで意味を成し特定の結果を生じさせる、いわゆる魔法陣だ。中央には有翼の魔物を象った石像が膝を抱えて座っている。
「……その石像はね、魔除けなんですって。確かに魔法の痕跡は感じられたのだけれど、肝心の魔力は空っぽになっていたわ」
 殊更ゆっくりに、靴の踵を鳴らしてシリューナはティレイラに近づいていく。ランプを向ければティレイラの持つ本、その表紙が見えて、魔法陣の組み方を記したものとわかる。見られたと気づいたらしく、本を背後に追いやっているが、時遅かりし。
「それで私のところへ修理の依頼が来たのよ。魔力の漏れていた穴を塞いで、また魔除けとして効果を発揮するよう、この魔方陣で魔力を籠めていたというわけ」
 ティレイラの正面に到着したシリューナは、畏怖に強張る弟子を見下ろしつつ、彼女が広げていた腕をはねのけた。
 それにより露わになったのは、魔法陣の断絶部分だった。インクが削れ、あるいは伸びて掠れ、何の意味も成さなくなっていた。
「あらあら。せっかく私が時間を使って組んだ魔法陣なのに、崩してしまったのね?」
「これは、そのっ、倉庫の中が薄暗くて足元が見えづらくて躓いてしまってっ」
 怒涛のように言い訳を並べるティレイラを無視して、シリューナは周囲を見渡す。所狭しと並ぶ壁のような幾つもの棚。ビロード張りの小箱や、硝子のケースが並ぶ。実際に身につけた状態を確認するための手、足、首元だけのトルソも、薄暗闇の中で白くぼんやりと浮かび上がっている。人影に見えないこともない。
 暗い倉庫に浮かぶ白い人影に驚き、転んだか何かで魔法陣を崩してしまい、本を頼りに自分で修復しようとした――といったところか。
 合点がいったので、ティレイラに向き直る。両手を組んで必死に許しを懇願する姿に、シリューナの中で熱い想いがふつふつと湧き上がる。
(本当に可愛いんだから……っ)
 造形は美しく、行動は可愛らしい。ああなんて類稀なる存在なのか。
 笑みが漏れそうになるのを堪え、瞼をそっと伏せる。もっと美しく、もっと可愛い姿を、どうしても見たくなってしまった。
「ティレ。私はあなたの師として、このまま無罪放免というわけにはいかないわ」
 ひゅっ、と指先で空をなぞる音。魔力に彩られた、ごく短い呪文。
 師の意図を察して、ティレイラの顔が一気に青ざめる。そういった反応すらもシリューナの愉悦となることも忘れて。
「掃除でも洗濯でも使いっ走りでもやりますから!」
「あら、私の気がそれで済むと思って?」
「修行も休まずこれまで以上に頑張ります、だからっ」
 シリューナに縋ろうとしたのか、一歩前に出ようとしたティレイラは、その場で上半身を揺らすだけに終わった。彼女の脚は既に、革製のブーツごと、白みがかった硬質の石へと変化していた。
 もちろん脚だけで済むはずがない。腰に、腹に、胸に、石化部位は容赦なく広がっていく。
「ごめんなさい、注意散漫でした、許してくださいお姉さまぁーっ!」
「もう遅いわ。お仕置きよ、ティレ」
 嬉しそうで楽しそうなシリューナの微笑みが、ティレイラの瞳に映った最後の映像だった。



 憐れみを誘う眼差しで見上げる娘の石像は、天に祈りを捧げているようにも見える。いいタイミングで石化したものだとシリューナは満足そうに頷いた。
「素敵ね、ティレ。あの女神像なんて足元にも及ばない」
 接合部もノミによる削り跡もない。硬いが滑らかで、指を滑らせれば吸いつくよう。
 頭頂から髪へ、そして頬へと優しく撫でながら、シリューナは感情の昂りを自覚せざるをえなかった。
「やはりあなたこそ、世界で――いいえ、この世で一番のオブジェだわ」
 前から、後ろから、横から、もちろん上も下も斜めも。魅力を堪能し尽くさんとあらゆる角度から舐めるように触れて、眺めて、確かめる。
 生ある者が石と化したこの瞬間にしか味わえないのだ。じっくりと心ゆくまま、オブジェとしてのティレイラの魅力を満喫することこそ、今この時のシリューナにとって至高であり、時の流れを後回しにしてでも実現すべきものだった。



 その後、シリューナの目にティレイラ以外のものが映るまでにかかった時間は、一般的に鑑賞と呼ばれる行動にかかる時間と比べて桁違いだった。
 切り替わった切っ掛けは本人にもわからない。だがそこでようやく、ほったらかしになっていた魔除けの石像と魔法陣のことが目に入った。魔法陣はまた組めばいいのだが、再度の構築というタイムロスを考えると、石像の引き渡し日には間に合いそうもない。
「困ったわねえ」
 まったく困っていない様子で腕を組む。とはいえ、依頼の不履行はできれば避けたいところ。仕方がないと決意して、もう一度ティレイラの硬い髪を撫でた。
「ティレ、あなたにもうひとつ術をかけるわ。魔除けの石像に魔力が溜まるまでの間、代わりに任を果たしてきてちょうだい」
 冷たい石造りの耳元に、幾つかの言葉を囁きかける。ティレイラを光が覆い、そして消えた。臨時魔除けの像の完成である。
 簡易な術ではあるが、術者の魔力が強力であるゆえ、魔力充填の時間稼ぎ程度であれば何ら問題ない。あるとすれば、穏やかでないティレイラの心中くらいだ。
(……おねえさまぁ……でしをれんたるにだすなんて……ひどいですうぅぅぅ……)
 石となりながらも残る意識は、魔力の影響でぼぅっと霞んでいる。夢心地にたゆたう合間に聞こえてきたシリューナの囁きへ、ティレイラが抗議の涙声を上げる。
 だが石像の身が発したその声は、決してシリューナに届きはしない。顔色ひとつ変えることもできない。
 されるがまま梱包され、翌日にはかの依頼人の元へ送られた。


  ***


 あれから何日経っただろうか。ティレイラはようやくシリューナの元へ帰ってきた。十二分に魔力の溜まった魔除けの像と交換に、当然のことながら石像のままで。
「お帰りなさい、ティレ。あなたがいない間はとても寂しかったわ。――あら?」
 歓待の抱擁をしようと両腕を広げたところで、シリューナの動きが止まった。ティレイラの白い肌に黒い汚れが幾つかついていた。出張先でついたのか、それとも運搬中か。シリューナの目元が鋭く光ったが、幸い拭けばとれる程度の汚れのようだ。
「私が綺麗にしてあげるわね」
 薄手のハンカチを取り出してティレイラの肌に添える。汚れが落ちているか確かめるため、吐息がかかりそうなほど近くに唇を寄せて。
「このきめ細かい肌。ひんやりと滑らかで……何度味わっても良いものね」
 シリューナが頬をうっすらと紅潮させながら丁寧に手を動かす。その一方で。
(おねえさまぁ……はやくもどしてくださぁい……)
 声なき声をあげ、流れない涙を流しながら、元の姿に戻りたいと願うティレイラだった。