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<PCシチュエーションノベル(グループ3)>


生体兵器と愛玩動物


「飲み過ぎだよ、リョウ先生。まだ夕方なのに」
 青霧ノゾミが、そんな事を言ってくる。
「酒は百薬の長なんてのは、お酒飲む人の言い訳でしかないんだからね」
「立派な事言うじゃないか、ノゾミ」
 言いつつ伊武木リョウはグラスを傾け、中身を体内に流し込んだ。
 燃えるような熱さが、胃に心地良い。
 最初はビールだったが、今はウイスキーだ。いつ切り替えたのかは記憶にない。
「正直に言ってごらん。誰かの受け売りだろう? それ」
「リョウ先生が言ってたんだよ。もちろん素面の時に」
「そう……だった、っけ?」
 伊武木は、ビーフジャーキーをかじり取った。
「いつ言ったかなあ、俺そんな事」
「昨日だよ!」
「昨日の俺には付き合えないなあ。ま、酔い潰れて倒れちゃったらノゾミに介抱してもらうさ」
「介抱ついでに襲っちゃうよ!? いい加減にしないと!」
「お、おいおい……それは何とか倫に反していないか」
「先生今、変な想像してるでしょ」
 ノゾミの両眼が、青く燃え上がる。可愛らしい口元が、牙を剥いている。
 カチッ……とスイッチを入れたような音が、彼の頭の辺りから聞こえた、ような気がした。
「そんな想像、以上の事……ボク、やっちゃうからねっ」
「それは見ものだな」
 伊武木の酒盛り相手が、ちびちびとウイスキーをすすりながら微笑する。
「少し辛味の効いたつまみが欲しかったところだ。俺の事など気にせず、やって見せろ小僧」
「さっきから気になってたんだけど……奈義先生。何であなたが、ここにいるの」
 ノゾミの青い瞳が、燃え上がりながら冷たい敵意を帯びる。
 某県山中、とある製薬会社の研究施設。
 ほとんど伊武木リョウの自宅と化している研究室内で、ちょっとした宴会が行われているところである。
 参加しているのは中年男性2名と、未成年1名。もちろんノゾミが飲んでいるのはウーロン茶だ。
「それで伊武木よ、研究の方はどうなっている。少しは進んでいるのか」
 手酌でウイスキーを注ぎながら、奈義紘一郎が訊いてくる。
「それとも、とうの昔に完成しているものを出し惜しんでいるところか?」
「そんな事はしないよ。研究成果は共有するのが、ここのルールだからね」
 だから、あの少年も伊武木から離れ、奈義のもとへ行ってしまった。
(いや……そんなルールは関係なく、俺がただ単に嫌われてただけかな)
 伊武木は苦笑した。
 ノゾミは、怒っている。
「奈義先生、ボクの質問に答えて欲しい。どうしてあなたがここにいて、リョウ先生と馴れ馴れしく口をきいているのかな」
「知りたいか、ならば教えてやる。伊武木はな、俺の」
 飲み仲間だ。奈義にとって自分など、良くてその程度のものでしかない。
 だがそう言わずに奈義は言葉を切り、グラスの中身を一気に呷った。ウイスキーの、オンザロック。
 氷だけが中に残ったグラスを、奈義がノゾミに向かって偉そうに差し出した。
「……続きが聞きたければ酌をしろ、小僧」
 ノゾミの両眼で、青い光が燃え上がった。
 グラスの中で、氷が激しく膨張した。
 奈義が、とっさに手を放す。いくらかは慌てた、のであろうか。
 手放されたグラスが、床に落ちる前に砕け散った。
 膨張し、あちこち尖って巨大なウニのようになった氷塊が、床に転がった。
「リョウ先生が言ってた……奈義先生は、研究者として尊敬出来る人だって」
 ゆらりと立ち上がりながら、ノゾミは呻いた。
「だからボクも、あなたを……百歩譲って、まあ尊敬くらいはしてあげてもいい。だけど好きにはなれない」
 少年の左右の瞳が、青く冷たく輝いている。
 冷たい炎というものが、あるとしたらこれであろう。伊武木は、そんな事を思った。
「好きになれなければ、嫌いになるしかないんだよ……」
「俺はこの場で、貴様に殺されてしまうのかな」
 奈義が、笑っている。
「人間を、虫けらのように殺戮する。それでこそのホムンクルスだ。いいぞ、殺し尽くしてしまえ人間など」
「おいおい、もう酔っ払っているのか奈義さんは」
 伊武木も笑った。場を和ませようとした、つもりである。
「もっとも、あんたは素面でも平気で言うからな。そういう事」
「我々は怪物を作っている。我々を、たやすく皆殺しに出来る怪物どもをだ。それを忘れてはいかん、という事よ」
「…………」
 ノゾミは、和んでくれない。冷たい炎を宿す両眼で、じっと奈義を睨んでいる。
 その時。耳障りな警報が、この研究室を含む施設全域に鳴り響いた。
「敵襲……のようだな」
 奈義が言った。
 どの敵かは不明だが、良いタイミングで来てくれた。伊武木は心の中で、密かに拍手をした。
 奈義が、ちらりとノゾミに視線を投げる。
「またしてもドゥームズ・カルトか、あるいはIO2か……何にしても小僧、貴様の出番ではないのか」
「あなたの命令は受けない。ボクは、リョウ先生を守るだけだ」
 研究室を出て行きながら、ノゾミは言葉を残した。
「そのついでに、あなたの事も守ってあげる……誰だかは知らないけれど、攻めて来た敵に感謝するんだね奈義先生」
 同じような事を、あの少年にも言われた。伊武木は何となく、それを思い出していた。


 皮膚を剥ぎ取った人体。一言で表現すれば、そうなる。
 剥き出しの筋肉はしかし、外皮同様の強靭さを持っているようだ。
 そんな姿の怪物たちが、襲いかかって来る。実は凶暴で肉食もするという、チンパンジーのような速度と勢いで。
 白兵戦だけで対応するには、いささか数が多過ぎる。
 ここだけではない。研究施設のあちこちで、ホムンクルスたちが防戦を行っているようだ。闘争の気配が、漂って来る。
「あなたたちが何者で、何が目的で、誰に命令されてどこから来たのか……そんな事は、どうでもいい」
 襲い来る怪物たちを、青く燃える瞳で見据えながら、ノゾミは呟いた。
 霧が、発生していた。怪物たちを、包み込むように。
「尋問するつもりはないけれど、何か喋りたければ喋ってもいいよ」
 霧の粒子が集まって凍結し、無数の氷柱と化し、怪物たちを全方向から刺し貫く。
「喋っても、許してあげるわけじゃないけどね……きらきら綺麗なダイヤモンドダストに変わる。その運命から、あなたたちは逃げられない」
 無数の、氷の矢あるいは針。それらを撃ち込まれた怪物たちが、体内から凍りついてゆく。そして砕け散る。
 白く凍った肉片が、キラキラと舞った。
 あの奈義紘一郎という男を、こんなふうに砕いてやれたら。
 そう思った事は、1度や2度ではない。
 ノゾミがそれを実行しない理由は、ただ1つ。
「リョウ先生が……あなたと一緒にいる時、とても楽しそうにしているから」
 白い冷気の霧が、ノゾミの両手に凝集する。
 そして冷たく、鋭利に、固体化してゆく。
「だから今日は……今日のところはね。奈義先生の代わりに、あなたたちに死んでもらうよ」
 砕け散った仲間たちの破片を蹴散らすように、怪物たちが襲いかかって来る。
 左右それぞれの手で、氷のナイフを握り構えたまま、ノゾミは彼らに向かって踏み込んで行った。


 グラスの中の氷を微かに鳴らしながら、伊武木は問いかけた。
「で奈義さん。結局、何なんだい?」
「何がだ」
「さっきノゾミに言いかけた事さ。俺って結局、あんたの何なのかな」
「敵だ」
 新しいグラスにウイスキーを手酌しながら、奈義が即答する。
「友達、とでも言って欲しかったのか」
「せめて、良きライバルとかさぁ」
「ライバルは、踏みつけ踏み越えて行くものだ。言ってみれば、踏み台だな」
 奈義が、グラスの中身を一気に干した。
「伊武木リョウ。貴様は俺の、踏み台だ」
「踏まれて悦ぶ趣味はないんだけどなあ」
 奈義はそれ以上、馬鹿話に付き合ってくれなかった。いきなり話題を変えてくる。
「あのノゾミという小僧……貴様に対して、いよいよ本気になってきたではないか」
「……どういう、意味かな」
「お前のためならば、自分の命を捨てる。他人の命とて、いくらでも奪う。頼もしい怪物に育ってきた、と言っているのだ」
「怪物とか化け物っていうのは……褒め言葉、なんだよな。あんたの場合」
 伊武木は俯き、意味もなくグラスを揺らした。氷が、またしても鳴った。
 ノゾミの事を怪物などと呼ばれたら、以前ならば激昂していたところだ。
 だが自分はどうなのか。あの少年を、人間として扱っているのか。
 自分はホムンクルスを、愛玩動物あるいは人形としか見ていないのではないか。
 奈義紘一郎はホムンクルスに、怪物としての力のみを求めている。生体兵器としての実用性のみを追求している。
 人形と怪物。果たして、どちらがマシであるのか。
「確かに……ノゾミは強くなったよ。頼もしいってのは、奈義さんの言う通りさ」
 戦闘の出来るホムンクルスが大勢、必要なのは確かである。
「この研究所も、安全とは言えないからな。IO2にも、いろいろ知られちゃったし」
「ここ以上に安全な場所はない。防衛用の戦力を、無限に作り出す事が出来るのだぞ」
 邪悪な笑みでもあり、子供のように無邪気な笑顔でもあった。
「怪物どもを、いくらでも作り出す。そのために必要な成長促進剤、すでに完成しているのだろう?」
「もう2、3、実験しときたいとこなんだけど……実験に協力してくれるはずだったお掃除お姉さんに、土壇場で断られちゃってね。他に協力してくれそうな人、探すのも面倒臭いし」
 伊武木は軽くグラスを掲げ、乾杯の仕草をして見せた。
「もう奈義さんに引き継いでもらっちゃおうかなあ」
「ほう、気前がいいな」
「俺の研究、本当に大事にしてくれそうな人……あんたくらいしか、いないからね」
 大事にしてくれる。有効に活かしてくれる、という意味で伊武木は口にしたつもりだ。
「あんたが俺の研究、いろいろ気にしてる理由ってさ」
「保険はあった方がいい。ただ、それだけだ」
 奈義は言いつつ、天井を見上げた。屋外であれば、空を見上げているところであろう。
「成長促進剤の、奪い合いが起こりそうだな……貴様の身柄を狙う者も、現れるかも知れんぞ」
「まだ大量生産出来る段階じゃないからねえ」
 研究成果は共有しなければならない、というルールが一応あるにはある。
 それを破れば、伊武木を快く思っていない者たちに、絶好の攻撃材料を与える事になってしまう。
(ただ、ね……研究者に、自分の研究成果を独り占めするなって言うのは無理なわけで)
 この奈義紘一郎にしたところで、秘蔵の研究データをいくらでも隠し持っているのは間違いない。他の研究者と共有する気など毛頭ないだろう。
「ま、奪い合いが起きたら起きたで……いい刺激に、なるんじゃないかな。そういう事にしとこうよ」
「とりあえず、酒はもうやめておけ」
 奈義が突然、聖人君子になった。
「自分では気づいていないだろうが伊武木よ、貴様は酒が強くない。せっかくの頭脳をアルコールで麻痺させるな。その頭脳以外に貴様、他人に誇れるものなど持っていないのだからな」
「確かに俺、頭の出来はいい方だと思うけど。それを他人に誇ろうって気はないよ」
 伊武木はウイスキーを呷り、グラスを空けた。
「ま、でも確かに今日は少し飲み過ぎたかな。このウイスキー1本、飲みきって終わりにしよう。奈義さん、あと少し付き合ってくれるかい」
「残りは、もらってゆくぞ」
 伊武木が手に取ろうとしたウイスキー瓶を、奈義が奪いさらって行く。
「おいおい、つれないなぁ」
「俺は元々、1人で飲むのが好きなのでな」
 研究室を出て行く間際、奈義は1度だけ振り向いた。
「貴様の馬鹿面を見ながら飲もうという気にも、たまにはなる。まあ、気まぐれだ」
 扉が、閉まった。
 遠ざかって行く奈義の足音を聞きながら、伊武木はソファーに横たわった。
「ノゾミ……早く20歳に、ならないかなぁ……」
 成長促進剤が本当に完成すれば、あの少年に17歳、18歳、19歳そして20歳の誕生日を迎えさせてやれる。
 一緒に、酒を飲む事も出来る。
「それまで、お前が……ここに、いれば……な」
 呟きながら伊武木は目を閉じ、意識を失った。
 いささか飲み過ぎたのは、間違いないようであった。