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<東京怪談ノベル(シングル)>


外道忍群(7)


 クナイを振るう細腕、躍動する太股、捻転するボディライン。
 全身の各所から、サーボモーターやアクチュエータの微かな駆動音が聞こえて来る。
 それらの音に合わせて、左右2本のクナイが交互に、あるいは同時に閃いて琴美を襲う。
 首筋を狙う斬撃、心臓を狙う刺突。
 目で見て反応出来るものではなかった。肌で感じられるものだけを頼りに、琴美はかわした。かわせぬものは、クナイで弾いた。受け流した。
 ふわりと揺れる黒髪の周囲で、火花が散る。ティッシュペーパー程度なら燃やしてしまいかねないほど、激しい火花。髪が焦げてしまわぬかどうか、それが琴美は気になったが無論、そんな場合ではない。
 相手の黒髪も、人工物とは思えぬ色艶を振りまきながら、柔らかく揺れ動いている。
 揺れていると言えば、胸もそうだ。本物と同じく、短めの着物の下に黒のインナーを着込んでいるが、それら衣装に押し込められた胸の膨らみは、たわわに実った果実の如く豊麗で、戦闘の躍動に合わせて揺れる動きも自然なものだ。材質は恐らくシリコンの類であろうが、そうは見えない。
 そして、その美貌。
 鋭く冷然と整った、その顔立ちは、あまり機嫌が良くない時の自分のようだ、と琴美は思った。機嫌が良くない時に鏡を見て、戦闘のイメージトレーニングをしている。そんな気分である。
 もちろん今、目の前で左右2本のクナイを振るっている相手は、鏡に映った自分などではない。
 現実に存在する、もう1人の水嶋琴美であった。
「私は、お前になる……そのために、お前を殺す」
「ドッペルゲンガーに出会った人間は必ず死ぬ、というわけですのね」
 琴美は膝を曲げ、身を屈めた。クナイの斬撃が、超高速で頭上を通過する。
 しゃがみ込む形の回避。それ共に琴美は身を捻り、左脚で通路を掃いた。
 ロングブーツに包まれた美脚が、路面すれすれの低さで弧を描いていた。
 その蹴りが、相手の足元を薙ぎ払う。
 もう1人の琴美が、転倒した。
 男の武装犯罪者の、アキレス腱を断裂させた事のある蹴り。だがこの相手は、後方にふらりと転倒しただけだ。
 否、転倒ですらない。
 本物の琴美と寸部違わぬ流麗な肢体が、後方に倒れつつ路面に両手をつき、軽やかに倒立する。
 その両手が、軸となった。倒立した細身が猛回転し、両脚が若干はしたなく開いて弧を描く。
 機械仕掛けの美脚が、まるでヘリコプターのローターの如く、左右立て続けに宙を裂いた。
 クナイを構え、踏み込もうとした琴美を、その蹴りが迎え撃つ。
 踏み込みかけた足で、琴美は即座に後方へと跳躍し、蹴りをかわした。
 回転蹴りの躍動を終えた両足が、ふわりと路面に降り立つ。回転の軸となっていた両手が、左右のクナイをしっかりと握り直す。
 2人の琴美は、いくらか間合いを開き、対峙した。
「さすがは私……手強い、ですわね」
 琴美は微笑んだ。鏡に微笑みかけたような気分だ。
「それほどの力をお持ちなら、無理をしてまで私になる必要ありませんわよ? 貴女は貴女として、忍びの道お行きなさいな」
「私の、忍びの道……それは、水嶋琴美に成る事だ」
 この相手は、しかし鏡とは違う。微笑み返してはくれない。
「水嶋琴美は2人も要らない。だから、お前を殺す」
「私は別に何人いても構いませんわよ? 貴女のような出来の良い模造品なら、いくらあっても水嶋琴美の名前に傷は付きませんわ。劣化コピーなら、容赦なく叩き潰しているところですけれど」
 琴美は、微笑を消した。
「水嶋琴美にこだわり続ける限り……貴女、出来の良い模造品の域を出る事など絶対に出来なくてよ」
「出来る。お前を、倒しさえすれば」
 琴美の声にそっくりな人工音声が、微かに熱を帯びた、のであろうか。
「私は、お前に成れなければ、もはや何者にも成れない……だから私が、水嶋琴美に成る」
「それは無理。何故なら貴女、忍びの戦いというものを、まるでご存じありませんもの」
 当たり前と言うべきか、純粋な戦闘能力は全く互角である。正面切っての戦いでは、恐らく永久に勝負はつかない。
 だが。正面からクナイや蹴りを応酬するだけが、忍びの戦いではない。
「教えて差し上げても、よろしくてよ? 忍びの戦いを……ッッ!」
 琴美は跳躍し、路面に転がり込んだ。
 直前まで琴美が立っていた辺りで、火花が爆ぜた。銃弾だった。
「さすがに、上手くかわすものだね」
 白衣の機械人。その左手が、硝煙を発している。
 金属製の五指は、全て銃身だった。
「だけど白兵戦の最中に銃で狙われて……いつまでも、かわし続ける事が出来るかな!?」
 5つの銃口が、一斉に火を噴いた。
 後方へと跳びながら、琴美はクナイを振るった。
 左右2本の大型クナイが、小刻みに動いて銃弾を跳ね返す。
 軽やかにステップを踏む足元で、銃撃の火花が散る。
 今ここで、もう1人の琴美に斬りかかって来られたら、ひとたまりもない。だが。
「私が……」
 銃撃が、止まった。
 機械人の左腕が、切り落とされていた。
「私が、水嶋琴美になるための戦いを……邪魔するな」
 もう1人の琴美が、獣のように踏み込みながら2本のクナイを振るっている。
「お前……! 僕を、裏切……」
 機械人の人工音声が、途中で潰れた。
 金属製の顔面も、6割以上が機械化された身体も、白衣もろとも切り刻まれてゆく。
 迷う事なく、琴美は駆けた。銃撃回避で開いてしまった間合いを、疾駆で詰めた。
 そして、右のクナイを一閃させる。
 金属製の頸椎を、配線の束もろとも切断する。その強烈な手応えを、琴美は右手で握りしめた。
「これが……忍びの戦い、ですわ」
 自分の首を刎ねた。琴美は一瞬、そう思った。
 刎ねられた首が、路面に転がる。頸部の断面からは、鮮血の代わりに火花が溢れ出す。
 それはもはや、水嶋琴美の頭部によく似た、金属製のオブジェに過ぎなかった。
 頭部を失った人型機械の残骸が、もう1つの残骸と一緒に横たわっている。こちらはすでに人型の原型を失い、金属屑と化している。先程まで、白衣の機械人であった残骸。
 自分の死と共に、この発電所は暴走する。地球内部のエネルギーが噴火の如く溢れ出し、まずはこの町が吹っ飛んで消え失せる。彼自身は、そんな事を言っていた。
 だが、発電所内は静かである。何か起こる様子はない。予兆すらない。
「……上手くやって、下さいましたのね」
 異変の予兆を感じさせない静寂に向かって、琴美は語りかけた。
 返事があった。
「この町を守る。それが、あたしたちの務めだから」
 小さな女の子が1人、そこに佇んでいた。
 竜の角と尻尾を生やした、幼い少女。着物は血まみれでズタズタに裂けたままだが、それほど深手を負っているわけではない。
 小さな手に抱えたタブレット端末を、撫でるように操作しながら、少女は言った。
「そいつの身体と、発電所のシステムとの連結……とっくに切っておいたわ。それにしても」
 愛らしい顔が、歪んだ。憎悪に近い表情だ。
「腐れ外道ってのは、あんたのためにあるような言葉よね。権力の牝犬らしい戦い方、よぉく見せてもらったわ」
「貴女も負けず、外道な戦い方が出来るようにおなりなさいな」
 憎悪の形相に、琴美は背を向けた。
「手段を選ばず、この町を守る。それが、貴女たちの……否。この忍群ただ1人の生き残りである、貴女の使命なのですから」
「おめでたく出来てるのね。犬の頭ってのは、やっぱり」
 小さな身体を屈めながら、竜の幼女が嘲笑った。
「あたしたちはね、徳川幕府以前から人知れず世代を重ねてきた一族……あの洞窟に隠れ住んでた連中だけで全員、なわけないでしょ?」
 嘲笑いながら彼女は、琴美の頭部によく似たオブジェを拾い上げた。
「この町だけじゃあない。県議会、警察……それどころか日本全国いろんな所に、あたしたちの一族は入り込んでいる。あんたみたいに権力の犬をやってる奴らもいる。ただ静かに暮らしてるだけの連中もいる。あたしたちみたいなのも、そりゃあいるかもね」
「余計な事は考えずに、この町をお守りなさい」
 琴美は、すでに歩き出していた。ロングブーツが、高らかに足音を響かせる。
「貴女に出来る事はそれだけ、なのですから」
「あんたは……結果として、この町を守ってくれた。それは感謝してあげる」
 琴美の背中を睨み、呻きながら、竜の幼女が、小さな両腕でオブジェを抱き締める。愛おしそうに、大切そうに。
「……だけどあたしは、あんたを絶対に許さない」
 仲が良かった、のかも知れない。友達、あるいは姉妹のようなものだったのかも知れない。
 考えても、意味のない事ではあった。